あれだけ"自分勝手なルール"を世界中に押し付けたのに…EUに「トランプ関税」を批判する資格はあるのか
2025年5月12日(月)8時15分 プレジデント社
フランス・ストラスブールの欧州議会で行われた「ウクライナにおける公正で持続可能かつ包括的な平和のためのEU支援」に関する討論で発言するウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長(=2025年5月7日) - 写真=EPA/時事通信フォト
■自国第一主義はEUも同じ
米トランプ政権は「相互関税」の名の下で一方的な追加関税を世界各国に課そうとしたが、投資家が国債・株式・通貨の「トリプル安」という強烈な冷や水を浴びせたことで、トーンを引き下げている。一方で、わが国もさることながら、米トランプ政権が殊更に敵視する中国や欧州連合(EU)も、米国に対して自由貿易体制の堅持を訴える。
写真=EPA/時事通信フォト
フランス・ストラスブールの欧州議会で行われた「ウクライナにおける公正で持続可能かつ包括的な平和のためのEU支援」に関する討論で発言するウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長(=2025年5月7日) - 写真=EPA/時事通信フォト
とはいえ、EUが本当に自由貿易体制の旗手であるかというと、果たしてそれは疑わしい。経済力で米国と中国に劣るEUは、グローバルに政治力を行使するため、規制の輸出にまい進してきた。電気自動車(EV)シフトがその端的な事例となるが、一方で域内のEV市場が中国製EVの脅威に晒されると、一転し追加関税を課す始末である。
こうしたEUの態度は、典型的な「ムービング・ゴールポスト」である。自らに有利なようにグローバルなルールを定めようとし、それが自らに不利となった場合に、その修正を試みる。確かにEUはトランプ政権下の米国よりは自由貿易体制を重視しているが、だからといって保護主義でないかといえば、中国への対応は保護主義そのものだ。
それに、日系メーカーが圧倒的なシェアを持つ炭素繊維について、EUがその利用を禁止することを検討していることも保護主義の動きと見做されて仕方がない事例だ。EUは現在、廃棄車のリサイクルを規定する「ELV指令」の改正を目指しているが、立法府である欧州議会は、4月上旬に示した改正案で、炭素繊維を有害物質に指定した。
自動車に用いられる炭素繊維は、日系メーカーが世界で5割以上のシェアを持つとされる。自動車向けに用いる炭素繊維は用途全体の一割程度であるようだが、近年ではEVを軽量化するために炭素繊維を利用するケースが増えている。結局のところ、EUが炭素繊維に強みを持つ日系メーカーを潰しにかかっているという疑念が湧いてくる。
■インドに接近する思惑
他方でEUは、インドに急接近している。インドは14億以上の人口を抱えていることもあり、その経済規模はすでに世界5位にまで達している。出生率も2以上をキープしており、引き続き人口増が見込める有望なマーケットでもある。中国との間で様々な摩擦を抱えるEUは、代わりにインドを重視する姿勢を鮮明にしているのである。
写真=iStock.com/Aleksandra Aleshchenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aleksandra Aleshchenko
例えば2024年12月に再任された欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は、二期目の最初の外遊先としてインドを選び、ナレンドラ・モディ首相と会談を行った。欧州委員会の経済・財政総局(ECFIN)による景気予測にもインドが取り上げられるようになり、EUのインドへの期待や関心が着実に高まっていることが窺い知れる。
この流れの中で、EUはインドとの自由貿易協定(FTA)の締結・発効を急ぐようになっている。スイスなどEU未加盟の4カ国から成る欧州自由貿易連合(EFTA)は2024年3月に、また英国は25年5月6日にそれぞれインドとFTAの締結で合意に達した一方で、EUとの協議は2007年に開始されたものの、長年にわたり停滞している。
米トランプ政権による圧迫が現実化したことでEUはインドとの関係を深めようと躍起になっているが、一方で「価値観」を重視するEUがインドとの間で相互互恵的な通商関係を締結できるかという疑問がある。つまりEUは、人権や民主主義、法の支配の尊重という価値に加えて、近年は環境重視の姿勢を鮮明にし、他国にも同調を迫る。
インドはその独立以来、普通選挙制に基づく議会制民主主義を維持しているが、一方で廃止されたはずのカースト制度が依然として社会に大きな影響を及ぼす国でもある。そうした国に、EUが自らの価値観の同調を迫るような姿勢で臨めば、インドも反発する。とはいえインドだけを特例扱いすれば、EUに対する他国の反発を生みかねない。
■自らの都合でルールを変えてきた
近年、EUとインドの貿易は急拡大しているが、これはEUがインドで製油された石油製品の輸入を増やしているためだ(図表1)。そのインドは、中東のみならずロシアから大量の原油を輸入していることで知られる。つまりEUは、インドを経由してロシア産の原油を輸入していることにもなる。こうした現状は容易には変わらないだろう。
出所=EU統計局(ユーロスタット)
EUとしては、FTAを発効することで、インドに対して自らが得意とする工業品の輸出を増やし、貿易赤字を是正したいところである。しかしその期待に反してEUのインド向け貿易赤字が拡大した場合、EUはその是正を図ろうとするだろう。欧州委員会が中国向け貿易赤字の是正を重視していることは、意外に知られていない事実である。
冒頭の炭素繊維の事例が端的に示すように、EUには自らの都合でルールを頻繁に変える傾向がある。日本はEUとの間で2019年2月に経済連携協定(EPA)を発効させているが、日本の対EU貿易が盛り上がりを欠くのは、そうしたEUの一貫性の無さによるところが大きい。つまりEUはEUで、米国と同様に、不確実性を抱えている。
2025年3月2日に行われた「Securing Our Future」ロンドン・サミットの参加者(画像=Christophe Licoppe, © European Union/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
インドも実利的であるから、こうしたEUの不確実性を理解しているだろう。米トランプ政権による圧迫があるため、インドもEUとの関係の緊密化には前向きと判断される。しかし、それはあくまで「敵の敵は味方」の理屈であり、自らの都合でルールを変えるEUに対して、インドは一定の不信感と警戒感を持っていると考えられる。
■EUを「自由貿易の旗手」とは言えない
そもそも自由貿易体制は、戦間期のブロック経済の取り組みが第二次世界大戦を招いたことへの反省から、米国が主導して作り上げたものだ。その米国もまた、世界の自由貿易体制に組み込まれている。トランプ大統領の問題は、その仕組みを理解しないまま一方的な見直しを図っている点にある。ゆえに大統領の思惑通りには事が進まない。
自由貿易体制を維持することは、日本のみならず世界経済にとっての最優先事項だ。その意味で、日本は中国やEUを含めた諸外国と協力する必要があるが、一方で各国にはそれぞれ思惑があることも事実である。中国が自由貿易体制を重視する最大の理由は、過剰生産能力を抱えていることにある。その解消のためには輸出が欠かせないからだ。
EUはEUで、貿易にその価値観を反映させる傾向が強い。一般的には貿易障害だと考えられることも、自らが普遍的だと定める価値観に基づき、それを正当化する。EVシフトしかり、今般議論されている炭素繊維の取り扱いなどが、そうしたEUの姿勢を端的に物語っている。EUが自由貿易の旗手であるという評価は必ずしも当たらない。
確かに米国への対応で日本を含めた世界各国が連帯する可能性も意識されるが、同時に各国の利益誘導に向けた動きも加速するのではないか。外需産業に支えられている日本としては、そうした各国の思惑が先行する中で不利益を被ることがないように、米国のみならずEUや中国に対しても粘り強い働きかけが求められるところである。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)