「俺の客に電話するな」営業vsマーケの対立を越え、驚くような成果を出すために米SaaSスノーフレークは何をしたか?
2025年5月9日(金)4時0分 JBpress
圧倒的な成果をもたらすマーケティング戦略として、売上高1000億円超のBtoB企業が導入するABM(アカウント・ベースド・マーケティング)。日本でも関心が高まっているが、情報や知識の不足から「周回遅れ」の感は否めない。本稿では『法人営業は新規を追うな 重要顧客と最高の関係を築くABM』(庭山一郎著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。日本のBtoB企業がABMを強化すべき理由と具体的な実践ノウハウを、事例を基に解説する。
日本では営業とマーケティングの「壁」が指摘されるが、両者を有機的に連携させるためにはどうすればよいか。ABMの観点から、米SaaS企業スノーフレークの例を見ていく。
ABMの思考は営業とマーケの溝を埋める
ABMのターゲット企業を選定するとき、基本的には「既存顧客」の中から選びます。
それは既に信頼関係が築けていること、付き合いが長ければ長いほどその企業に所属する個人情報を名刺交換によって保有していること、そして、その企業を担当しているアカウントセールスの頭の中には、SFAやCRMに書かれていない顧客の情報が豊富に存在することなどが理由です。
ただ多くの場合、その大口顧客を担当しているアカウントセールスは徹底的に対面で顧客と向き合っているので、マーケティングと連携した経験を持っていません。マーケティングというものは新規の顧客開拓や新製品の販売で使うもので、既存製品を買っていただく既存の大口顧客には不要だと考えている人が日本では経営層にすら多いのです。
ですから、経営者がABMを採用しても、アカウントセールスチームが強烈に抵抗するのはある意味「普通のこと」です。これをシンフォニーマーケティングでは「俺の客問題」と呼んでいます。
「俺の名刺はデジタル化しないから」
「俺の客に勝手にメール配信するのは止めてくださいね」
「まさか俺の客に勝手に電話とかしませんよね?」
こうした言葉をアカウントセールスから何度言われたか分かりません。しかし、このマーケティングと連携した経験のないアカウントセールスチームがひとたびABMに協力し始めると、驚くような成果が出ます。セールスチームが持っている顧客情報はそれほど重要なのです。
ABMは顧客にフォーカスをしたコンテンツマネジメントを行います。場合によっては顧客のキーパーソンが悩んでいる今最も優先度の高い課題をリサーチし、その課題解決のヒントをコンテンツ化することまでやります。フォームやランディングページをその企業専用につくることが普通ですが、場合によっては部署や個人専用のランディングページまで作成します。そのランディングページのデザインテーストやコピー、そしてコンテンツは、アカウントセールスチームの情報に基づいた最適なものです。
ABMでターゲット企業を選定する場合基本的には「既存顧客」の中から選ぶべきと書き、その理由も説明しました。しかし、ABMの定義には「既存顧客」の文字はありません。それは新規顧客を獲得する場合でも活用できる戦略だからです。もちろん社内の個人情報がないか、少ないでしょうし、取引がないのでまだ信頼関係もありません。営業の持っている顧客情報も限定的なはずです。それでもABMは効果を発揮します。
2023年にシンフォニーマーケティング主催で、エンタープライズBtoBに特化したカンファレンス「IGC Harmonics」の第1回を東京ステーションホテルにて開催しました。このイベントで、シンフォニーマーケティングのアドバイザーで私の古い友人のスティーブ・ゴシック氏がシリコンバレーから来日して講演し、米スノーフレーク(Snowflake)が大手通信会社との新規契約をABMの手法で獲得したケースを語りました。
スノーフレークは会社としても営業部門としても大手通信会社との契約を獲得したいと考えていたので、マーケティング、SDR(Sales Development Representative)、セールスでクロスファンクショナルチームをつくり、ターゲット企業の情報を収集しました。米国には「インテントデータ」と呼ばれる意思を持った行動データを合法的に入手する方法がいくつも存在します。
BtoBの場合、何かを購入したり契約したりすることは目的ではなく、課題の解決手段です。そこで発注する前に、課題の解決手段をリサーチします。
もし自分が選択した手段よりもはるかに効率のよい手段があったことが後で分かれば、社内での立場がとても悪くなるからです。その情報収集の行動をインテントデータとして入手できるのです。スノーフレークはターゲット企業のキーパーソンが高速データアクセスに強い関心を持っていることを突き止めました。
そしてこの「高速データアクセス」はスノーフレークの最も得意な価値、すなわちDoVの一つだったのです。これがとても重要なポイントです。自分たちの得意技で解決できる課題を持っている相手だからビジネスチャンスなのです。
それが分かればあとは、自分たちが顧客の課題解決の力になれることを伝えるだけです。そのテーマでさまざまなコンテンツを用意し、キーパーソンごとに専用のランディングページを作成し、いくつかの手段でそのランディングページに招待しました。ランディングページを訪問し、ホワイトペーパーや動画を参照したタイミングで、SDRからのコールによって数週間以内にキーパーソンとの面談の承諾を獲得し、セールスにリレーして大型受注を獲得しました。
このケースはスノーフレーク社内で話題になり、企業や営業チームがとりたいと思っている企業を狙い撃ちできる手法として次々にクロスファンクショナルチームが立ち上がり、年間で数百のキャンペーンを回すようになったとのことでした。
こういう実績が出れば、マーケティングと営業の壁など存在するはずもありません。
マーケティングが営業を嫌うのは、いくら案件を出しても営業が相手にしてくれないからであり、営業がマーケティングの案件をフォローせず、フィードバックもしないのは、そんな案件から受注が取れると思っておらず、ただ自分たちにとって余分な仕事を増やされたと考えているからです。
しかし営業担当も本当は、担当している顧客の中に行けていない事業所や会えていないキーパーソンが必ず存在し、なんとかしたいとチャンスを狙っています。そこにマーケティングが貢献するなら一緒にやらない理由などないのです。
だから、経営戦略の柱にABMを据え、高い目標を設定することは効果があります。既存顧客の売り上げを30%伸ばせと言われれば、いつも通りの営業活動でのオーガニックなストレッチでは達成不可能ですから、アカウント営業もマーケティングと連携せざるを得ないのです。
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筆者:庭山 一郎