なぜ「スーパーの店内」はどこも似ているのか…鮮度を優先する「インストア加工」を広めた兵庫のスーパーの名前
2025年5月16日(金)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_
※本稿は、中井彰人・中川朗『小売ビジネス 消費者から業界関係者まで楽しく読める小売の教養』(クロスメディア・パブリッシング)の一部(中井彰人氏執筆部分)を再編集したものです。
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■なぜスーパーのレイアウトはだいたい同じなのか
スーパーの食品売場に行くと、レイアウトには定番があって、左側から入口を入ると、生鮮品の売場が建物の壁づたいに、青果、鮮魚、精肉の順で並んでいて、ぐるっと回った右側に惣菜売場、というパターンが多いのではないかと思います。そして、売場の中央部にチルド商品や飲料、一般食品各種(いわゆる工場で生産された加工食品)が集められている、というのが一般的なイメージでしょうか。
実は、こうした売場のレイアウトは、日本型スーパーという独特の仕組みが背景となっています。生鮮品がなぜ壁に沿ってあるのか、というと壁の向こう側に、生鮮品を小分けにしたり、パック詰めする(流通加工といいます)ための作業場が設置されているからです。売場の壁がガラス張りになっていて、その向こうで店のスタッフが作業している姿が見えるので、言われてみれば、と思い出される方も多いのではないでしょうか。
本来のスーパーの仕組み(チェーンストア理論といいます)では、こうした流通加工の作業工程は、物流センターや加工センターといった専用の施設で、複数店舗のパック詰めなどを一括で処理して、各店舗に配送するというのが効率的です。しかし、日本のスーパーでは各店舗で作業する方式がスタンダードとなっています。これは50年ほど前に、兵庫県の関西スーパー(現H2Oリテイリング・グループの関西フードマーケット)が生み出した「インストア加工」という手法が、全国のスーパーのスタンダードとなったことによります。
■日本型スーパーの標準になった「インストア加工」
関西スーパーは、当時の日本の消費者が生鮮品の鮮度に敏感であることに注目し、店舗で切り分けることで鮮度劣化を防ぎ、また、それを売場の壁面をガラス張りにして、今パック詰めしているという様子を見せることで、消費者に鮮度を視覚的にもアピールしたのです。この手法は阪神間の消費者に大いに支持され、関西スーパーは一躍、繁盛スーパーとして全国的に有名になりました。そして、ここからが凄いのですが、関西スーパーはこのノウハウを、教えを乞う全国各地の同業に無償で伝授するという驚くべき行動に出ました。その結果、このインストア加工は、全国のスーパーに拡散し、やがて日本型スーパーといわれるデファクトスタンダードとなったのです。
■スーパーが「冷蔵庫代わり」だった
日本の消費者が鮮度にうるさい、ということは今でも言われることですが、その背景は一説では、当時、世界一魚を食べる消費者であったから、と言われています。ご存知の通り、魚は鮮度劣化が早いため、消費者は鮮度に対するチェックが厳しく、その感覚で野菜や肉類もチェックしていました。また、日本の都市部は、人口が密集していて、店舗までの距離が短いこともあり、スーパーを「冷蔵庫代わり」にして毎日買物に行く、という習慣もありました。こうした背景もあって、スーパー業界では、鮮度を優先するインストア加工を基本とした日本型スーパーが標準となりました。
写真=iStock.com/Yagi-Studio
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日本型食品スーパーは、インストア加工を採用して鮮度を優先したため、効率性は不十分な仕組みとなりました。その結果、日本のスーパー業界では規模の利益が十分働かず、欧米のような大手小売業による寡占化が進みませんでした。地域毎に地元のスーパーが頑張っていて、地域食文化を支えている、という状況は、日本ならではのものなのです。
しかし、こうした労働集約的な店舗運営は、デフレが長く続いた平成の時代には温存されてきましたが、インフレ環境に転換した今、高騰する人件費や人手不足で採算が合わなくなりつつあります。日本型食品スーパーも生産性向上に向けた変革を迫られるようになっているのです。
■現代日本の流通でも力を持つ「問屋」
「そうは問屋が卸さない」という言葉、そう簡単には思う通りにはならない、という意味で使われる慣用句ですが、江戸時代に、問屋が納得しなければ商品を仕入れることができず、商売もできないくらい大きな力を持っていた、ということから生まれた、と言います。そんな問屋は、現代日本の流通においても大きな存在感を持っています。
卸売販売額を小売販売額で割った値をW/R比率といい、数値が大きいほど卸売の存在感が大きいことを示す指標とされていますが、日本は海外と比較してもかなり大きいことが知られています。製造業者と小売業者の間に多段階の問屋を経由する、複雑な流通経路になっているため、かつては海外から日本市場参入の非関税障壁であると指摘されていたほどです。
■スーパーと問屋は一体で大きくなっていった
江戸時代、日本では、海運を使って、各地の米や産品を大阪に集め、大消費地江戸へ送るという国内商品流通の仕組みが確立されていました。そのため、日本独特の卸売業者としての問屋という仕組みが完成しており、明治以降もその流れを汲んだ卸売業が商品流通の中間機能を担うようになっていきました。様々なジャンルやエリアの問屋で構成された問屋ネットワークがあることで、生産者と小売店は商品情報や物流という中間流通機能を利用することができたのです。これにより、各地の中小零細業者の商品を集めて、消費地の中小零細小売業者にも商品を届けることが可能でした。
戦後の高度成長期になると、日本でもチェーンストアが各地で勃興するのですが、黎明期のチェーンストア≒スーパーマーケットは、各地の小売店から発祥しているため、問屋ネットワークの中間流通機能をそのまま利用しながら規模拡大を進めたので、スーパーと問屋は一体で大きくなっていきました。その結果、日本では大手小売業といえども、問屋との共存関係を維持しており、寡占化が流通段階の短絡化には直結しませんでした。
■グローバル大手が日本市場を「捨てた」理由
こうした独特の流通構造を完成させた日本の流通業界は、国内各地の多様な中小メーカーが生き残ることが可能な環境でもありました。海外においては小売とメーカーは直接取引が基本であり、効率上、取引先メーカーの数も限られることから、メーカーの数が圧倒的に少ないようです。問屋が機能している日本では、消費者にとっては多様なメーカーの商品の選択肢がある、というメリットがあるのです。
中井彰人・中川朗『小売ビジネス 消費者から業界関係者まで楽しく読める小売の教養』(クロスメディア・パブリッシング)
とくに食品に関しては、かつて旧藩時代に培われた地域毎の多彩な食文化があること、また、和洋中+エスニックと世界中の食文化が浸透する日本の食卓への対応も多様なメーカーの存在が必要とされている、と言われています。
こうした独特の多層構造の流通システムは、チェーンストアの本家である欧米から見ると、後進的で非効率だとしか見えないでしょう。また、確かに生産性から考えると欧米型システムの方が効率的だ、というのも事実なのでしょう。ただ、欧米とは異なる日本の消費者ニーズに適合させると、日本型流通構造になる、という面もあるのではないでしょうか。
2000年代には金融危機の後、小売業界にも大再編時代がありましたが、その際、グローバル小売大手カルフールやウォルマートが日本進出を試みましたが、結果的には事実上撤退しています。これは、グローバル大手が日本小売に負けた、ということではなく。日本の消費者が求める売場作り、品揃え等に応えるためには、グローバルスタンダードと異なるローカライズが必要だということが判明したため、非効率であるとして日本市場を捨てた、と考えています。いい悪いではなく、日本の小売市場は、やはり「ガラパゴス」ではあるのでしょう。
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中井 彰人(なかい・あきひと)
流通アナリスト
みずほ銀行産業調査部を経て、nakaja lab代表取締役。執筆、講演活動を中心に、ベンチャー支援、地方活性化支援なども手掛ける。著書『図解即戦力 小売業界』(技術評論社)、共著『小売ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)。東洋経済オンラインアワード2023ニューウエーヴ賞受賞。
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中川 朗(なかがわ・あきら)
デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員
大阪大学大学院文学研究科文化表現論修了。シンクタンク、金融機関などで産業調査・国内消費の分析業務に従事。みずほ銀行産業調査部では小売・消費財産業のアナリストとしてサブセクターヘッドを担う。北海道から沖縄、海外は韓国・香港まで幅広く、大手流通や専門店、卸、EC、テック企業を調査。消費の構造変化と企業戦略について産業調査レポート・記事を執筆。2025年5月設立されるデロイトトーマツ戦略研究所に参画予定。
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(流通アナリスト 中井 彰人、デロイトトーマツ ファイナンシャルアドバイザリー/DTFA Institute主任研究員 中川 朗)