「あなたは間違っている」とは絶対に言わない…「行列」北村晴男弁護士がクレーマーを黙らせる最強の切り返し
2025年5月16日(金)9時15分 プレジデント社
日本テレビ系『行列のできる相談所』に「史上最強の弁護士軍団」の一人として出演した北村晴男弁護士 - 撮影=今井一詞
撮影=今井一詞
日本テレビ系『行列のできる相談所』に「史上最強の弁護士軍団」の一人として出演した北村晴男弁護士 - 撮影=今井一詞
■カチンとした時、北村晴男弁護士なら…
「怒る」「腹が立つ」というのは、いろいろな場面がありますが、弁護士の私の場合はクライアントが「理不尽な要求をしてくる時」があります。例えば、客観的な証拠が逆の結論を示しているのに「この結論が正しい」「自分の記憶はこうだ(だから事実はこうだ)」と主張する人、あるいは「こちらを勝たせるのが当たり前だ」という姿勢の人がいるのです。そういうクライアントを前にすると、正直なところ「何言ってんの。無理でしょ」と思います(笑)。もちろん激怒ではないのですが、内心はムッとしている、怒っている状態なわけですね。
でもそこで「あなたの言うことは間違っている。私はこう思う」と自分が考えていることをそのまま言えば、トラブルになります。相手が激怒して手が付けられなくなったりしたら、マイナスしかありません。
■相手を黙らせる「最強の切り返し」
そこで「法律実務」を仕事とする私は、裁判になったと仮定して「この場合、裁判所はどう考えるか」という観点から説明します。「あなたの考え方もわからないわけではないですが、証拠を評価し、裁判所はこう考えます。ですので、あなたの主張は裁判所では通りません」と、裁判所の目線に徹します。本当は自分の意見、自分の価値観でもあるのですが、それは口にしないわけです。実際、裁判所の考え方と弁護士である自分の考え方が一致していることが多いですからね。
あるいはこんな言い方をする場合もあります。「あなたの言う通り主張することは可能ですし、その方向で全力を尽くします。ただし裁判になった場合、99%負けます」と説明し、合理的な範囲で比較的高めの弁護士費用をお示しし、「裁判に負けるとこの費用が全て無駄になってしまいます」と伝え、依頼されない方向に話をもっていきます。これでほぼ納得されます。
それでもなお、今度は裁判所批判を延々と続けたり、どうのこうのと話が続く時は、「当事務所ではとてもお受けできません」と申し上げ、お引き取り願います。
■ミスを引きずらない
発生したトラブルをスパッと解決することは、当人の精神的ストレス問題に加え、業務効率や社会的信用の上でも非常に大事だと考えています。
もう少し具体的にお話しましょう。
人間がやることですから法律事務所でも、ほかの仕事と同じようにミスをする可能性はあります。ですから弁護士過誤によって依頼人に損害を与えた場合の賠償金をカバーする「賠償責任保険」に加入しています。けれども今まで当事務所で賠償保険を使ったことはありません。
それはミスがゼロだったということではありません。法的な意味でミスか否かを明確にすることよりも、ミスを引きずらないことを重視してきた結果だと思っています。そして場合によっては躊躇なく依頼人との関係を断つということもありました。
ミスをしていないのに依頼者から強烈なクレームがくる。あるいはミスとも言えないレベルだが、多少こちらに落ち度があって相手からクレームがくることもあります。そういう時に不必要な争いをしないのです。その後に予想される担当弁護士や事務所全体のストレス、それに費やす時間をすぐさま考慮し、お付き合いを完全に断つのがベストな道だと思われる場合は、相手が納得できるだけの解決金を提示して和解し、委任関係を終了します。
依頼人との契約書には「着手金はお返ししない」と明記していますし、ある程度進めた案件であれば、着手金の何割かをお返しすればいいと思われるようなケースでも、全額お返しし、依頼人との関係を断ちます。
撮影=今井一詞
「法的な意味でミスか否かを明確にすることよりも、ミスを引きずらないこと」を重視すると話す - 撮影=今井一詞
■業務必然的に生ずるストレスなのか?
本来、正当な業務を行っていても、弁護士には事件終了までかなりのストレスがかかります。争う相手がいるため、なかなか解決できないことが多いですから。でもそれは業務上必然的に生ずる、正当なストレス。しかしそれに加えて、厄介な依頼者からくる余計なストレスが発生する場合が問題です。負荷は何倍にもなりますし、話が通じない相手なら説明に必要以上の時間をとられます。担当弁護士がうつ状態になったり、SNSで批判されるなど事務所の社会的信用に関わる事態にもなりかねません。
ですから、そういう時には経済的損失を被ってでも関係を断つようにします。以前、私がイソ弁(居候弁護士/事務所に雇われて勤務している弁護士のこと)だった時、兄弁(先輩のイソ弁)が、あるクライアントに手を焼いていました。理不尽極まりない要求を次から次にしてくるからです。でも当時、上司であるボス弁は、最後まで彼に担当させました。大手企業の有名な方でしたから、重要なクライアントという位置付けだったのでしょう。でも私がボスなら、間違いなく関係を断ちます。まずは相手から離れてくれるように誘導します。本来、それが上司の腕の見せどころではないでしょうか。
もしこれを読んでいる方で通常業務以上に、取引先と関わるたびに怒りがわくほどのストレスがあるなら上司に相談しましょう。また上司の立場の方は、「業務必然的に生ずるストレスなのかどうか」を見極める目をもってほしいですね。それが部下だけでなく、会社を守ることにもつながります。
■プライベートで「怒り」が少ないワケ
さて仕事では厄介な依頼人と関係を断つと述べましたが、プライベートでは「価値観の合わない人」は仕事以上に遠ざけるようにしています。つまり嫌いな人とは絶対に付き合いません。「この人はお金持ちで権力もあるから、嫌な奴だけど付き合おう」という発想はしない。若い時は嫌いな人とも、とことん議論しようとしました。「話せばわかる」という考えです。でも色々な経験をした結果、それは「ほぼ無理」ということがわかり、今はスパッと関係を断つようになりました。
撮影=今井一詞
プライベートでは怒りが少ないという北村弁護士。どのような方法でストレスと向き合っているのだろうか - 撮影=今井一詞
とはいえ私は比較的自己中心的で、感情的な人間です。特に「怒り」は自己中心的な発想から生まれやすいですし、生きていれば怒りたくなる時はあります。腹が立った時は自分を“外から笑う”ようなイメージで客観視するようにしています。感情って、第3者からみたら大抵滑稽な話なんですよ。滑稽だとわかっていると、たとえその感情があっても幾分冷静でいられます。
また自分で「怒り」に火をつけるようなこともしません。例えば「エゴサーチ」(ネット上での自分の評判をチェックする行為)をしないのは大事。自分を批判する人は必ずいますから、それを目にしてしまうと闘志が湧いてきて、反論が次から次に湧いてくるんです。自分の反論、相手からの攻撃、再反論……と、頭の中でぐるぐる思考が働くと眠れなくなってしまって(笑)。健康にも悪いし、仕事にも差し支えるので「エゴサーチはしない」と決めています。だからプライベートで頭にくるということはそんなにないですね。
みなさんも仕事でもプライベートでも、精神的な安定、そして自分の幸せを大切にしましょう。時には自己中心的でも良いのでは、と思います。(後編につづく)
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北村 晴男(きたむら・はるお)
弁護士
1956年生まれ。弁護士として主に一般民事(保険法、交通事故、債権回収、医療過誤、破産管財など)を専門としている。東京弁護士会、弁護士法人 北村・加藤・佐野法律事務所所属。YouTube「弁護士北村晴男ちゃんねる」を更新中。
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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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(弁護士 北村 晴男、ジャーナリスト 笹井 恵里子)