親を就活に巻き込むオヤカク、オヤオリ…“学校化”が進む企業に忍び寄る「毒ハラ」とは?

2024年5月21日(火)21時45分 All About

保護者に内定承諾の確認や説明会を行う「オヤカク」「オヤオリ」をする企業が増えている。しかし企業危機管理の立場からすると、これらは非常にリスキーなものだ。社員の親からのクレームで業務どころではない、そんな未来が訪れるかもしれない。

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「内定をもらったあの会社は良くないから、パパから断っておいたよ」
「ママはオリエン聞いてあなたにピッタリの会社だと思ったわ、あそこに決めちゃいなさいよ」
そんな親子間の会話が当たり前の時代がやってきた。新卒採用市場で、内定者の保護者に企業側が確認の連絡を入れて承諾を得る「オヤカク」や、親を対象としたオリエンテーション「オヤオリ」が増えているというのだ。

売り手市場で増えた「オヤカク」実施企業

就職情報サイト「マイナビ」が2024年卒学生の保護者に調査をしたところ、なんと52.4%がオヤカクを受けたという。この背景には、少子化で人材獲得競争が激化して「売手市場」になっていることに加えて、就職や進路など何でも相談できる「仲の良い親子」が増えたこともあるそうだ。
つまり、喉から手が出るほど、優秀な新卒がたくさん欲しい企業としては、彼らの会社選びの判断に強い影響を与える「親を味方につける」ということが大事になる。
という話を聞くと、「わが社も新卒採用を強化するため、保護者対策に力を入れるぞ」と思い立つ人事担当者も多いかもしれないが、企業危機管理の立場から言うと、これは全くおすすめできない。
仮にオヤカク、オヤオリによって就職希望者が増えるというメリットを享受しても、それをはるかに上回るさまざまな企業リスクが想定されるからだ。 

仲良しだからこそ、何にでも口を出す親たち

その中でも最も可能性が高いと見られるのが、「毒ハラ」。つまり、「毒親によるハラスメント」だ。
ご存じのない人のために説明をすると、「毒親」というのは、わが子を自分の所有物のように「支配」して、過干渉や過保護だけではなく、時に教育虐待や暴言、暴力、ネグレクトという子どもにとって「毒」をまき散らす親のこと。近年は「毒親と一緒にいて気が狂いそう」などと悩みをネットやSNSで発信する子どもが増えている。
「へえ、そんなヤバい親を持つと子どもは苦労するね」とどこか遠い世界のことのように感じるかもしれないが、実は「毒親」は思っていた以上に世にあふれている。
2022年にserendipityが3000人の父母に調査をしたところ、「もしかして自分は毒親なのかもしれない」との回答が3割近くあった。また、「子どものすることや交友関係、仕事などを把握・管理していたい」も1割ほどいる。自覚症状がある毒親だけでもこれだけいるということは、自覚症状のない毒親や「予備軍」も含めたらかなり存在しているということだ。
つまり、世間的には「何でも相談するほど仲が良い」という親子が、実のところは支配と従属の関係で「子どもの交友関係から仕事まで親が全て把握して、あれこれ口出しをしている」というパターンもかなり多いということだ。

毒親がなぜ企業リスクになるのか

そんな「毒親」がなぜ「企業リスク」になるのかというと、オヤカクやオヤオリの普及によって「毒親」が企業とつながりを持ってしまうからだ。これまでわが子に放ってきた「毒」を、直属の上司や会社の人事担当者へまき散らすことが予想される。
「毒親」は愛するわが子を自分の思うようにコントロールしないと気がすまない。それが会社に入った途端、急に上司の厳しい指導や人間関係で悩み始めて元気がなくなったり体調も悪くなったりしたらどうか。自分の支配が及ばないところで、愛するわが子が第三者によって自分が全く望まないような姿へと変えられることに強い怒りと憤りを覚えるはずだ。

企業のモンスターペアレント対応が始まる

これまでの毒親の場合、そのフラストレーションをわが子にぶつけていた。「パワハラだと人事部などに訴えなさい」「そんな会社は早く辞めなさい」などと、あれやこれやと命令するのだ。会社では仕事や人間関係で疲弊して、家に帰れば毒親からあれやこれと口を出されるということで、精神的に追い詰められてしまう若者も少なくない。
しかし、オヤカク、オヤオリによって、このフラストレーションの向かう先がダイレクトに上司や会社へ向かってしまうようになる。突然、電話をかけてきて「うちの子が最近元気がなくて」と相談をしてきたり、会社に乗り込んできて、上司に「どういう指導をしているんですか?」などと詰め寄ったりするのだ。
そんなバカなことをする親などいないだろうと思うかもしれないが、会社から内定の承諾を求められたり、会社説明会などで「お父さん、お母さんも何か心配があったら遠慮なくおっしゃってください」なんて言われたりすれば、「この会社は親がわが子の問題に口を出す権利をオフィシャルに認めた」と勘違いをする親がいてもおかしくもない。
しかも、世の中には「親」という立場を振りかざせば、「わが子を預かる側」へどんな自分勝手で理不尽な要求ものませることができると勘違いしている親が一定数いる。
例えば2024年4月、奈良県天理市では、小学校や中学校の保護者の窓口を開設した。学校に乗り込んできて担任に理不尽な要求をする「モンスターペアレント」が深刻化しているからだ。
同市が教職員にアンケートを取ったところ、過去に保護者からの理不尽なクレームの心労により1日以上休んだことがあるか、または同等以上に業務に支障が出たことはあるか」という質問に対し、74.2%が「ある」と回答。具体的にどんな理不尽さかというと、自宅の壁を蹴って穴をあけた子どもの保護者から「学校によるストレスがあるからだ」と呼び出されて言いがかりをつけられたという。
このようなモンスターペアレントの問題は企業でも増えていくはずだ。

オヤカクで始まる会社の学校化

企業側は、入社をする際に保護者にも承諾を求めたり、オリエンテーションに参加をしてもらったりすることで、「ホワイト企業だとアピールできる」「親を味方につけられる」などと自分たちに都合のいいことばかりを想定しているが、実は「親がわが子が勤める会社へ注文をつける権利」を認める、という非常にリスキーな側面もある。
つまり、分かりやすく言えば、オヤカク、オヤオリというのは、モンスターペアレントに「会社=学校」という誤解を広めてしまう恐れがあるのだ。「会社の学校化」が進めば当然、ハラスメントも学校化していくというわけだ。
「上司のパワハラでうちの子がうつになった」「オヤオリで聞いていた話と違うぞ!」。そんな保護者からのクレームが殺到して、業務に支障を来す会社が続出——なんて未来がもうそこまできているのかもしれない。
この記事の筆者:窪田 順生
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経てノンフィクションライター。また、報道対策アドバイザーとしても、これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行っている。
(文:窪田 順生)

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