失敗から学ぶDNAが埋め込まれたトヨタの「アンドン・システム」実は多くの人が理解していない「肝心な点」とは?
2025年5月22日(木)4時0分 JBpress
「失敗は成功の母」とは言われるものの、実際には、失敗の危険性の高いことに挑むのは勇気がいる。特に減点主義が蔓延している日本企業では、あえてリスクを冒さない“無難”志向が強く、それがイノベーションを阻害する要因とも指摘される。そうした中、グローバルで成功している優良企業の事例を交えながら、失敗を類型化し、失敗を通じて生産性を向上させるためのフレームワークを提供しているのが、『失敗できる組織』(エイミー・C・エドモンドソン著、土方奈美訳/早川書房)だ。同書の内容の一部を抜粋・再編集し、そのポイントを紹介する。
世界の自動車産業をリードするトヨタグループの源流となった豊田自動織機で行われていた「アンドン・システム」は、ミスを早期に発見する品質管理手法としてだけでなく、経営手法としても注目に値する。
ミスに気づく
佐吉少年は1867年に日本の農村で生まれた。母は地域で栽培された綿花ではた織りをしていた。佐吉は父親から大工の技を学んだが、発明家らしい探求心や好奇心があり、賢い失敗の大切さもわかっていた。
古い納屋で木材を加工するのが好きで、初めてはた織機の改良版を作ろうとして失敗したときには躊躇(ちゅうちょ)せずに壊した。
24歳のときに木製織機で初めての特許を取得すると、すぐに織機製造の会社を設立した。1年後、工場は倒産した。だが佐吉はくじけずに織機の発明、革新、改良を続けた。30歳までには日本初の蒸気を動力とする織機を発明した。このとき興した会社は成功した。
1920年代には、豊田自動織機は日本の織機の90%を製造し、1929年にはイギリスの大手紡織機械メーカー、プラット・ブラザーズに特許権を売却した58。佐吉は息子の喜一郎に、会社の未来は自動車製造にあると言い続けた59。喜一郎は特許の売却益を元手に、のちのトヨタ自動車を設立した。
ただ、豊田佐吉が残した最も重要なレガシー(遺産)は、織機のエラー管理技術だった。縦糸が切れるアクシデントが起きたら、機械が自動的に停止するようになっていた。貴重な材料をムダにしないように、誰かが糸の状態を整えるまで機械は稼働しない。
58. “The Story of Sakichi Toyoda,” Toyota Industries(2021年11月11日に閲覧), https://www.toyota-industries.com/company/history/toyoda_sakichi/. 以下も参照。Nigel Burton, Toyota MR2: The Complete Story(Ramsbury, Marlborough, UK: Crowood Press, 2015).
59. Satoshi Hino,Inside the Mind of Toyota: Management Principles for Enduring Growth(New York: Productivity Press, 2006), 2.
この機能を説明するため、佐吉は「人間の手を借りた自動化」を意味する「自働化」という言葉をつくった60。今日、トヨタの自動車工場で自働化の思想を最もよく表しているのが有名な「アンドン」と呼ばれるヒモだ。
作業チームの誰かが現場で問題に気づいたら、あるいは問題の兆候に気づいたら、問題が深刻化するのを防ぐために自分の作業台に垂れているヒモを引っ張るのだ。
トヨタのアンドン・システムは有名だが(そしてそのような権限を現場の労働者に付与することなど想像できなかったアメリカの自動車メーカーの経営者には、ばかげていると思われたが)、たいていの人はそれがなぜ機能するのか、肝心の点を理解していない61。
ヒモを引っ張ると、品質上の問題が発生したかもしれないというシグナルが即座にチームリーダーに送られる62。ヒモを引っ張ることで即座に組立ラインが止まるわけではなく、しばし遅れて(約60秒。それぞれの組立作業のサイクルタイムと呼ばれる)ラインは停止する。
このわずかな時間に、チームメンバーとリーダーが一緒になって状況を診断するのだ。ヒモが引かれたほとんどのケース(12回中11回)では問題はすぐに解決され、ヒモがもう1度引かれる63。2度目にヒモが引かれると、ラインは停止されない。
一方、問題がすぐに解決しなければ、2度目にヒモが引かれることはなく、ラインは自動的に停止し、問題対応が行われる。製品がムダになることはなく、組立ラインからは完璧な自動車が送り出される。
エレガントで実用的なアンドン・システムだが、私にとってそれはシンプルなリーダーシップの知恵を体現するものだ。そこから伝わるのは「みなさんの意見を聞かせてほしい」というメッセージだ。
「みなさん」とは現場に最も近い人々、すなわち現場作業の質を判断するのに最適な立場にいる人々だ。ミスを報告した従業員は叱責されたり罰を受けたりするどころか、感謝され、じっくり観察する能力を評価される。
世界中にあるトヨタの工場のどこかで数秒おきにアンドンが引かれているという状況がなぜ実現しているのか、よくわかる64。品質向上が積み重なり、日本のちっぽけな織機会社が世界的な大手自動車メーカーに発展した理由もここにある。
アンドンが秀逸なのは、欠陥製品の発生を防ぐための品質管理手段として機能することに加えて、エラー・マネジメントの以下の2つの重要な側面を体現していることだ。(1)小さなミスを深刻な失敗に発展する前にキャッチすること、(2)ミスの報告者を責めないこと。後者はハイリスク環境において安全を担保するうえできわめて重要な役割を果たす。
60. Burton, Toyota MR2, 10.
61. James P. Womack, Daniel T. Jones, and Daniel Roos, The Machine That Changed the World: The Story of Lean Production—Toyota´s Secret Weapon in the Global Car Wars That Is Revolutionizing World Industry(London: Free Press, 2007)(『リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える。:最強の日本車メーカーを欧米が追い越す日』ジェームズ・P・ウォマック他著、沢田博訳、経済界、1990年)
62. Kazuhiro Mishina, “Toyota Motor Manufacturing, U.S.A., Inc.,” Harvard Business School, Case 693-019, September 1992 (revised September 1995).
63. Ibid.
64. David Magee, How Toyota Became #1: Leadership Lessons from the World’s Greatest Car Company,paperback ed. (New York: Portfolio, 2008).
ミスから学ぶ
どんな分野でも熟達するためには、その過程で必然的に犯すことになる多くの過ちから、積極的に何かを学ぼうとする姿勢が必要だ。
タニトルワ・アデウミは10歳で史上最年少の全米チェスマスターとなったが、そのときの言葉はタイトル同様、およそ10歳のものとは思えなかった。「僕は、自分は負けることはない、ただ学習しているだけだと自分に言い聞かせています。なぜなら負けるというのは、試合中にミスをしたということです。だからそのミスから学び、(結果として)学習する。だから敗北は自分にとっての勝利なのです65」
チェスでは技術や知性だけでなく、練習が物を言う。ただ1日10時間練習して、盤上で駒を動かせばいいという話ではない。数えきれないほどのミスを犯しても(そしてたくさんの試合に負けても)、その具体的ミスがなぜ敗北につながったかを研究しなければ、卓越したプレーヤーにはなれない。
プロスポーツ選手も同様で、平均台から落下したり、シュートをはずしたり、三振を喫したり、転んだり、負けたり、ビリになったり。だが自分やチームメイトがミスをする動画を観て、何が悪かったのか、どの技術が弱かったのか分析する。コーチもどうすれば改善し、そうしたミスの頻度を減らせるかアドバイスする。
ローイングの選手は練習を重ねるなかでオールを正しい角度で漕げるようになる。飛び込み選手は飛ぶ前にどこまで体を曲げるか学習する。ゴルフ選手は正確にボールの芯をとらえる方法を学習する。女子プロゴルファーとしてメジャー大会を制したヤニ・ツェンは「失敗からは常に何かを学べる」と語っている66。
一流のアスリートの手法から、私たちは何を学べるだろうか。彼らは可能性——今日は手が届かなかったが、明らかに手の届く範囲にある偉業——に意識を集中することで、失敗と対峙する方法を学習するのだと私は思う。今日の自尊心を満たすより、明日の目標を大切にする生き方を、彼らは教えてくれる。
人間はミスをするという事実に対して健全な考え方を育むことは、ミスをキャッチし、修正するための第一歩であり、また最も大切な一歩かもしれない。そのうえこうした行動を補完し、サポートするようなミス防止の仕組みを導入すると、成功の確率は劇的に高まる。
65. Mary Louise Kelly, Karen Zamora, and Amy Isackson, “Meet America’s Newest Chess Master, 10-Year-Old Tanitoluwa Adewumi,” All Things Considered, NPR, May 11, 2021, https://www.npr.org/2021/05/11/995936257/meet-americas-newest-chessmaster-10-year-old-tanitoluwa-adewumi.
66. “Yani Tseng Stays Positive After 73,” USA Today, November 1, 2012, sec. Sports, https://www.usatoday.com/story/sports/golf/lpga/2012/11/15/cme-group-titleholders- yani-tseng/1707513/.
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筆者:エイミー・C・エドモンドソン,土方 奈美