スタンフォード大の難病解析プロジェクトで活躍、ソニー「プレステ」がギネス記録の偉業に貢献できた理由

2024年6月19日(水)5時45分 JBpress

 全世界で「最も売れた家庭用ゲーム機」である「プレイステーション」(以下「PS」)。他社に先駆けた進化を続け、業界のビジネスモデルまでも変化させた。そのPS事業において7年間にわたりCTOを務めたのが茶谷公之氏だ。前編に引き続き、2023年11月に著書『創造する人の時代』(日経BP)を出版した同氏に、PSがゲーム業界のみならず幅広い分野で世界の評価を集めた理由や、新たな価値を生み続ける組織の秘訣(ひけつ)について聞いた。(後編/全2回)

■【前編】「人に崩される前に自分で崩す」…プレステを“世界で最も売れた家庭用ゲーム機”に育てたソニーの流儀
■【後編】スタンフォード大の難病解析プロジェクトで活躍、ソニー「プレステ」がギネス記録の偉業に貢献できた理由(今回)
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PSのもう一つの魅力「ノンゲーム」

——前編では、AI時代に価値が高まる「つくれる人」の条件や、歴代のPSが仕掛けた「ゲームチェンジ」について聞きました。PSは「最も売れた家庭用ゲーム機」としても知られていますが、ここまで世界に広まった背景にはどのような要因があるのでしょうか。


茶谷公之氏(以下敬称略) 要因はさまざまですが「製品を世界に広める」という意味では当時、ゲーム以外の機能を意味する「ノンゲーム」の分野を強く意識していました。ノンゲームアプリで一番人気があったのが「torne(トルネ)」というハードディスクレコーダーの代わりになるアプリです。
 家電メーカーが作るハードディスクレコーダーには、PSほど速いプロセッサーは搭載されていないため、ユーザーによっては動作が遅いと感じることがあります。一方で、PSの能力を最大限に使うと高速で滑らかなインターフェースが実現できます。ゲームで使い慣れたコントローラーを操作して、番組表を見たり、録画予約をしたりできることで、一般的な家電製品では体験できない操作感を味わえると好評でした。

——ゲーム機でテレビを快適に見ることができるのは、高機能なPSだからこそ提供できる体験ですね。

茶谷 他にも、スタンフォード大学と一緒に進めた「Folding@home」(FAH)というプロジェクトがあります。これは世界中のPCにデータを配り解析してもらい、計算結果を戻すことで難病の治療法を見つけようとする、「分散コンピューティング」の技術を活用したプロジェクトです。PS事業は社会貢献の一環として参画しました。


スタンフォード大の難病解析で「ギネスの偉業」に貢献

——難病解析のプロジェクトでは、PS3をどのように活用したのでしょうか。

茶谷 当時、PS3の演算性能は一般的なPCの約25倍の速さでした。PS3が1台あればPC25台分の計算処理を肩代わりできるわけです。PS3はその能力を遺憾なく発揮し、プロジェクトの1日の処理量は2倍以上に増え、2007年3月の開始から半年を待たずに1P(ペタ)FLOPS(1秒に1千兆演算)の処理能力に達しました。

 この人類史上初の成果が評価されたことで、ギネス記録にスタンフォード大学のプロジェクトが認定され、PS3もその偉業に大きく貢献したと記録されています。

 さらに、単に計算するだけでは面白くないので、参加者の場所を地球儀のグラフィックス上で可視化する仕掛けも作りました。これは社会貢献の度合いを可視化したことが評価され、2008年にはグッドデザイン賞の金賞を受賞し、広く話題を呼びました。

——なぜ、PSはビジネス以外の分野でも功績を残すことができたのでしょうか。

茶谷 最初のきっかけは社員の一人が「面白そうだ」と言い出して、プロトタイプを作って持ってきたことでした。社内でいろいろな議論はありましたが、最終的には「これができるのはプレステ以外にないよね」という結論に至り、プロジェクトが本格スタートしました。

 こうした取り組みに挑戦できる土壌があったことで、優秀なエンジニアが活躍できたという側面もあると思います。PSは「多くの人を楽しませたい」「わくわくさせたい」という目的を持った人が集まったことで、常に新たな価値をつくることができたのではないでしょうか。


優秀なエンジニアは「壮大なコンセプト」に魅了されて集まる

——茶谷さんがソニーに入社された当初から「つくれる人」が集まる組織風土があったのでしょうか。

茶谷 私がソニー入社後に配属された開発研究所は、伝説のエンジニアである木原信敏氏が所長を務めており、優秀なエンジニアが次々と育っていました(前編「『人に崩される前に自分で崩す』…プレステを“世界で最も売れた家庭用ゲーム機”に育てたソニーの流儀」を参照)。技術者にとって魅力的な環境だったと思います。

 当時、木原氏は人工知能言語のLISPを熱心に勉強されており、その機能を拡張した「木原LISP」を開発するなど、多くのエンジニアを魅了していました。自身で作られたプロダクトを研究所のメンバーに楽しそうに見せている姿が印象的で、「楽しくモノを作れることは幸せなことだ」と強く感じたことを覚えています。

——著書では、21世紀の産業史を変える人材を多く輩出した企業の例として、米ジェネラル・マジックを紹介しています。多くの才能ある「つくれる人」を集めることができたのはなぜでしょうか。
茶谷 ジェネラル・マジックは、アップルの主要エンジニアが独立して作った会社で、1990年代のシリコンバレーを風靡しました。ソニーやモトローラ、AT&Tなどの有力企業が出資し「世の中にすごいことが起こるかもしれない」という期待を持たせた会社です。
 創業からわずか5年で米店頭株式市場(ナスダック)に上場を果たしましたが、2002年には業務を停止し、会社としてはうまくいきませんでした。しかし、同社の取り組みを面白いと思うクリエーティブな人が集まり、一緒に仕事をしながら学び合うことで、優秀な人物を多数輩出しています。
 例えば、Androidを開発したアンディ・ルービン、米国オバマ政権のCTOを務めたミーガン・スミス、iPodの発案者トニー・ファデル、AdobeのCTOだったケビン・リンチなど、そうそうたる顔ぶれが並びます。

 壮大なコンセプトには、そこに魅了された優秀なエンジニアが集まります。優秀なエンジニアが集まれば、毎日が発見の連続になりますから、そこで起きた化学反応によってエンジニアの技術も磨かれていくのです。


利益が下がっても予算を減らしてはいけない

——PS事業は、今やソニーグループ全体を支える一大事業となっていますが、新たな挑戦をする際にはいくつもの技術に先行投資をしてきたはずです。収益を生まない段階で新たな技術に投資を続ける上では、どのような視点が必要でしょうか。
茶谷 たとえ収益が得られない時期であっても、先行投資の絞り込みは避けるべきでしょう。新規事業の予算の多くは「人への投資」を意味します。収益を生み出さないからといって予算や人員を減らしてしまうと、技術やノウハウを持った人を外部に流出させる結果を招いてしまうからです。

 新しいモノを作る際、失敗から得られる「知恵」や「ノウハウ」は言語化されず、そのほとんどは人の頭の中にだけ残っています。ここで人員を削ってしまうとノウハウが途切れることに加えて、当事者のメンバーのみならず社員の士気も低下させます。だからこそ、一度やると決めたら覚悟を決めて、ずっと投資するくらいの気持ちが必要です。

 一方、技術には賞味期限があります。技術自体に競争力がないと判断したのであれば、予算を削減せざるを得ないでしょう。技術の価値をしっかりと見極めて、不要な業務はその理由を考えて減らすという心構えが求められます。

——新たな価値をつくるためには、収益が得られない時期の我慢が鍵というわけですね。

茶谷 日本の企業は一度の失敗で諦めてしまうケースが多いので、もっと積極的に失敗すべきだと思います。例えば、ロケットの打ち上げに失敗した場合、米国であれば「あの高さまで飛んだから良かった」という評価が得られる一方、日本は謝罪が求められる印象があります。アポロ計画も最初は失敗続きだったことを思い出し、「最初からうまくいくわけがない」というサイエンス感覚を持つべきだと思います。
——新規事業への投資判断やサイエンス感覚など、ここ数十年で日本が忘れてしまったものを取り戻す姿勢が求められるのですね。
茶谷 戦後はモノが不足していたため、皆で作るしかありませんでした。現代の日本はモノが余る時代なので、新しいものを作る余地はないように見えるかもしれません。
 しかし、日本はさまざまな課題を抱えています。例えば、少子高齢化によって限界集落や買い物難民が増えているため、それをサポートできる産業をつくる余地があります。少子高齢化はネガティブに捉えられますが、巨大な実験市場と考えることもできるのではないでしょうか。
 特に、シニア市場というとヘルスケアや医療分野に目が行きがちですが、60歳から80歳くらいのアクティブシニアを対象に生きがいやQOLを向上させるプロダクトやサービスを考えてみると面白いと思います。そこで作ったプロダクトやサービスを磨き上げ、数十年後にシニア社会になる東南アジアに輸出すれば新しい外貨獲得手段も得られます。
 日本は大きなポテンシャルを持った国です。戦後に活躍した人たちのスピリットを学ぶことで、多くの社会課題を解決できるはずです。

筆者:三上 佳大

JBpress

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