愛媛の農園、オーストラリアの介護職、兵庫のパン工房に共通する、人口減少下で人並み以上に「稼ぐ」ヒントとは?

2024年6月24日(月)4時0分 JBpress

 もはや明るい未来はない。人口減少下で経済成長はできない、この状況は変えられない…そんな悲観論が蔓延する日本。これから「成長」していくには価値循環こそがカギとなる。本連載では、『価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図』(デロイト トーマツ グループ/日経BP)の一部を抜粋、再編集。日本社会に存在する壁を乗り越えて、「今日より明日が良くなる」と実感できる社会を実現するための具体的な道筋を見ていく。

 第1回は、「個」を豊かにすることで好循環を生み、日本全体の成長を促す構想を解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 愛媛の農園、オーストラリアの介護職、兵庫のパン工房に共通する、人口減少下で人並み以上に「稼ぐ」ヒントとは?(本稿)
■第2回 「一人負け」している日本の賃金上昇率、賃上げを実現するための付加価値とは?
■第3回 SBSホールディングスは、なぜ「1人当たり付加価値」を年平均10%増加できたのか?(7月8日公開)
■第4回 自転車界のインテル、世界最大手の自転車部品メーカー・シマノはなぜ高成長を遂げたのか(7月22日公開)
■第5回 食の宅配を劇的に変えた、オイシックス・ラ・大地のビジネスモデル(仮題)(7月29日公開)
■第6回 「モビリティー大国」に転換、自動車業界の生き残りをかけた大きな変化とは(仮題)(8月5日公開)
■第7回 「モノ偏重」の壁をこわす、世界に先駆けるモビリティーデザインとは?(仮題)(8月19日公開)
■第8回 「よそもの排除」「指揮者不足の壁」を乗り越える日本の勝ち筋とは(仮題)(8月26日公開)

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はじめに

 はじめにショッキングなデータをご紹介しよう。

 7.7%——。これは、内閣府の「国民生活に関する世論調査」(2022年度)にある「あなたのご家庭の生活は、これから先、どうなっていくと思いますか」という質問に対して、「良くなっていく」と答えた人の割合だ(図表0-1)。裏を返せば9割以上の人が、将来の暮らし向きについて、どんなに良くても「現状維持」が精一杯と考えているのだ。これが、今の日本を覆っている「空気」である。

 人口減少と少子高齢化により、日本経済の長期衰退の流れは止めようがない、という悲観論は根強い。果たして、人口減少の流れが不可避な中で、一人ひとりが「明日は今日よりも良くなる」と感じて希望を持って生きていくことはできないものだろうか。

 私たちデロイト トーマツ グループは、昨年刊行した『価値循環が日本を動かす〜人口減少を乗り越える新成長戦略』(2023年、日経BP、以下前著)において、人口増加に依存しない経済成長のあり方を提唱した。価値循環とは、人口が減少する環境下でもヒト・モノ・データ・カネのリソースを「循環」させることで付加価値を高めて成長できる、という考え方であり、人口減少の悲観論からの脱却を促すものだ。

 本書『価値循環の成長戦略』は、前著の考え方をより推し進めて、人口減少下で「個の豊かさ」をいかに高めるかに主眼を置いて提言を試みる。

 人口減少の時代こそ、人の数ではなく「個」に目を向ける“好機”と捉える新たな発想を持つべきではないか。それが本書の時代認識である。人口が減るということは、一人ひとりの存在価値、いわば「希少性」が高まることを意味する。

 これまで日本は、ともすると「全体」の規律や効率性を優先してきたが、その一方で、一人ひとりの可能性の実現や豊かさの実感という点では立ち遅れてきた。近年においてダイバーシティーやウェルビーイングが注目されていることは、その裏返しでもある。これからの時代は、一人ひとりの付加価値や個人としての豊かさに軸足を置き、「質的な成長」を最優先で追求するモデルに転換することが求められているのだ。

「希少性」を増す個々の人に光を当て、一人ひとりが価値を発揮し輝くには、日本全体の経済規模を大きくして結果的に個が豊かになるという捉え方から、個を豊かにすることに主眼を置き、その集合体として全体が成長する、という考え方に発想を転換する必要がある。

 本書の目的は、人口減少下にあっても価値循環を通して、一人ひとりの付加価値や豊かさの向上につながる道筋を描くことにある。そうしたシナリオを描き、個々人が、企業、地域、産業などあらゆるレベルで実践することで、将来への手応えと予見可能性を高めて、1人でも多くの人が「明日は今日よりも良くなる」と感じられる日本社会の指針になることを目指している。

 “個が輝く”——。実は、目を凝らしてみると、そのきっかけともなる新たな動きは日本各地ですでに出始めている。そうした動きの一例を見てみよう。

● 農業は「もうかる仕事」として人気が高まっている。愛媛県でかんきつ類を中心に農園を営む人は、4年間自衛官として働いた後に一念発起して農業の道に入った。高級かんきつ類に的を絞って高収益農業を追求しており、「農家はもうからないイメージがあるが、そんなことはない。高収入で、やったらやっただけもうけられる」と意気込む。農林水産省のデータによると、49歳以下で起業して農業に新規参入する人の数は、過去10年余りの間に約3倍に増えている。

● アニメの作画を担うアニメーターの仕事は、低賃金・長時間労働が「当たり前」とされてきた。しかし、人手不足が深刻化する中で、アニメ制作会社が一定以上の実力のあるアニメーターを「囲い込む」動きが顕在化し、それに応じて平均年収も上昇傾向にある。日本動画協会によると、近年、アニメ市場の規模は海外が国内を上回る勢いで急速に伸びてきている。こうした中で、現状の倍以上の報酬を手にする例も出現しつつあるといわれている。

● 国際的なスノーリゾートとして知られる北海道のニセコでは、時給アップや賃上げの動きが激しい。2023〜2024年の冬シーズンは、ホテルの清掃スタッフの時給が2000円程度に上昇した。あるホテルでは、特に人員確保が難しい接客スタッフの賃金を約25%増額したという。インバウンド(訪日外国人)客数の急速な回復を受けて、従業員やアルバイトの争奪戦が過熱したことが大きな要因だ。

● 兵庫県丹波市の山間部にある通販専門のパン工房は、東京の大手企業で働いていた人が脱サラして立ち上げた。そのときどきで手に入る食材を基にレシピを考えるため、商品は「おまかせセット」のみ。注文を受け付けるのは数カ月に1度にもかかわらず販売するパンはすぐに売り切れる。地元丹波を中心に、顔の見える生産者が手掛けた食材を適正価格で買い取ることにこだわっており、地元の小さな経済圏の中心となっている。

● 日本で介護職に就いていたある人は、オーストラリアに渡って現地の介護現場で仕事をするようになって、月収が日本にいた時の3倍以上の80万円程度に跳ね上がった。しかも、日本と違い残業はほとんど無く、余暇に医療英語の勉強をする余裕もできたという。

 人口減少下の日本経済は、全体で見ると多くの業種で長らく深刻な人手不足にある。にもかかわらず、人材のミスマッチは一向に解消せず、賃金の上昇もまだ限定的で不十分な水準が続いていた。しかし、このようにミクロレベルで個別の動きに目を凝らせば、やりがいのある仕事を見つけて人並み以上に「稼いで」いる人たちもたくさんいる。

 そのような事例から浮き彫りになるのは、既成の常識や慣習にとらわれずに、業種・業界や地域・国などの間の見えない「壁」を乗り越えて、新たな市場や成長機会の開拓に積極的に挑戦するヒトや企業の存在だ。

「壁」をものともせずに果敢に動くヒトが、人並み以上に「稼げる」チャンスをつかむ。様々な「壁」を乗り越えて新たな事業を興し、他社よりも「稼げる」機会を提供する企業に、やる気と能力にあふれたヒトが集まり、その企業がますます成長する。さらに、こうしたヒトや企業を熱心に誘致・勧誘した地域の経済は活性化し発展していく——。こうした好循環が、“個が輝く”ことを起点に日本各地で芽生え始めている。

 これからの日本社会は、全体を優先するがあまり個を劣後しがちだった同調性が強い空気を変え、自律した個が輝き、かつ互いが「壁」を乗り越えてつながることで、真に“協調”する社会へと変化を遂げることが求められている。

<連載ラインアップ>
■第1回 愛媛の農園、オーストラリアの介護職、兵庫のパン工房に共通する、人口減少下で人並み以上に「稼ぐ」ヒントとは?(本稿)
■第2回 「一人負け」している日本の賃金上昇率、賃上げを実現するための付加価値とは?
■第3回 SBSホールディングスは、なぜ「1人当たり付加価値」を年平均10%増加できたのか?(7月8日公開)
■第4回 自転車界のインテル、世界最大手の自転車部品メーカー・シマノはなぜ高成長を遂げたのか(7月22日公開)
■第5回 食の宅配を劇的に変えた、オイシックス・ラ・大地のビジネスモデル(仮題)(7月29日公開)
■第6回 「モビリティー大国」に転換、自動車業界の生き残りをかけた大きな変化とは(仮題)(8月5日公開)
■第7回 「モノ偏重」の壁をこわす、世界に先駆けるモビリティーデザインとは?(仮題)(8月19日公開)
■第8回 「よそもの排除」「指揮者不足の壁」を乗り越える日本の勝ち筋とは(仮題)(8月26日公開)

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筆者:デロイト トーマツ グループ

JBpress

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