業界の定説に反したアイリスオーヤマの「農作業用の半透明タンク」が大ヒットした理由とは

2024年6月26日(水)4時0分 JBpress

 バブル崩壊(1990年代初め)、リーマンショック(2008年)、コロナショック(2020年)など経済的な危機に見舞われるたびに大きく成長してきたアイリスオーヤマ。その秘訣について、同社の大山健太郎会長は「ピンチをチャンスに変える経営」ではなく、「ピンチが必ずチャンスになる経営」の結果と説く。同氏の著書『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』(日経BP)では、「経常利益の50%を毎年投資に回す」「新製品比率50%に設定」といった独自のKPIとともに、会社を変える「15の選択」を提示している。本連載では、同書の内容の一部を抜粋・再編集して紹介する。

 第2回は、誤解されがちな「顧客視点」の本当の意味について論じる

<連載ラインアップ>
■第1回 アイリスオーヤマの“憲法第1条”「利益を出せる仕組みこそ重要」はなぜ生まれたか
■第2回 業界の定説に反したアイリスオーヤマの「農作業用の半透明タンク」が大ヒットした理由とは(本稿)
■第3回 「経常利益の50%を毎年投資に回す」アイリスオーヤマの深謀遠慮
■第4回 アイリスオーヤマの強さの源泉「プレゼン会議」はどのように行われているのか(7月10日公開)
■第5回 組織を腐らせる「ヌシ」を生まないために、アイリスオーヤマが構築した独自の仕組みとは(7月17日公開)
■第6回 ニューノーマル時代の勝ち残りに直結する、アイリスオーヤマの5つの企業理念とは(7月24日公開)

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マーケットインではなくユーザーイン

「顧客を中心に経営を組み立てる」というと当たり前のように聞こえるかもしれませんが、多くの会社は十分にできていません。注意しなければならないのは、顧客は誰かということです。アイリスでいえば、顧客は小売店なのか、それとも消費者なのか。

 そこのところを明確にするには、経営を3つの型で捉えるといいと思います。「プロダクトアウト」「マーケットイン」「ユーザーイン」です。プロダクトアウトと対になる言葉としては、マーケットインが一般的ですが、経営で重要なのはユーザーインの思想です。

 順に説明しますと、プロダクトアウトは、自社独自の強みを深掘りすることで勝負する戦略。かつては需要が供給を上回っている状態でしたから、松下幸之助氏が提唱した「水道哲学」のように、とにかくモノを大量に安く作ることが、企業経営の模範とされました。

 現代においてプロダクトアウト型が通用しなくなったわけではなく、製造業なら品質、価格、納期などを極めれば勝つことができます。ただ、外的環境の変化や競争条件の変化で需要がなくなれば、せっかくの強みが帳消しになる危険性は常につきまといます。

 次にマーケットインですが、これは業界や市場の要望に応える戦略と私は位置づけています。独自性の高くない製品でも、市場で必要とされるものはたくさんあります。価格競争に耐えるだけの資本力や営業力のあるメーカーは、マーケットイン型で戦うことができます。ただし、市場の競争環境によって業績が上下するので、資本力に劣る中堅・中小企業が利益を上げるには無理があります。オイルショックで大赤字を出した、かつてのアイリスがその典型です。

 プロダクトアウト型、マーケットイン型の経営が間違いというわけではないのですが、環境変化に翻弄されない会社をつくろうとすれば、ユーザーの動きをしっかりとらまえたユーザーイン型の経営ということになります。

 アイリスのように生活者向けの製品を作っている場合、ユーザーとは「エンドユーザー(使う人)」のことです。使う人が「これは役に立つ」「これは安くて使い勝手がいい」などと満足するかどうかを考えるのが、ユーザーインの思想です。

「買う人=使う人」とは限りません。技術者はどうしても、プロダクトアウトの発想になりやすい。また営業社員は、マーケットインの発想になりがちです。営業社員にとっての直接の顧客は問屋や小売店のバイヤーですが、彼らのニーズは大抵、流通のニーズです。流通は、文字通り製品を流すことが役目であり、必ずしもエンドユーザーのニーズとは一致しません。

 例えば、多数の製品を扱う問屋は、売れるかどうか分からない斬新な新製品よりも、安定して売れる製品を扱いがちです。確実に利益が得られる製品をメーカーの営業社員に求め、うのみにした営業社員がそれがエンドユーザーのニーズだと開発に伝える。そうしたニーズのずれはよくあることです。マーケットのニーズとユーザーのニーズを混同しているのです。

 ユーザーとカスタマー(顧客)は違います。問屋は、メーカーにとってのカスタマーではありますが、ユーザーではないのです。しかも、問屋などの流通企業は、製品の性能ではなく、あちらのメーカーのほうが価格が安いからという理由で仕入れ先を切り替えることがあります。顧客のニーズを聞いても安泰ではありません。マーケットのニーズとユーザーのニーズのずれを放置し、修正せずにいると、いずれ行き詰まります。

 メーカーが、自社の製品を売ってくれる問屋や小売店を大事にするのは至極当然のことです。しかし、その先にいる真のユーザーを見ることが経営の要点なのです。


「透明タンクは売れない」と言った問屋

 具体例を挙げましょう。オイルショックの後、アイリスが着目したのが園芸業界でした。

 1970年代の園芸といえば、一般的には商店街の種屋さんで種を買い、屋外に置いた素焼きの植木鉢で育てるというものでした。生活が豊かになるにつれ、もっと自由に、そして室内でも草花や観葉植物を楽しむ時代が来ると、私は考えました。

 園芸業界を調べると、どの会社も2ケタの利益率を上げているが、大きな会社はない。しかも、私たちが手掛けていたプラスチック製育苗箱の製造ノウハウを生かせる。また、消費者向けのビジネスのほうが好不況の影響を受けにくいはず。こうしてアイリスは、プラスチック鉢を出発点に、B to B商品からB to C商品へと軸足を移していくのです。

 具体的に、どんなプラスチック鉢を作ったか。

 素焼き鉢は重くて、落とせば割れる。長く使うとコケやカビが生えるなど、取り扱いが面倒でした。それに対してプラスチックは軽くて、カラフルで、壊れにくく、安価です。既に業務用の鉢はプラスチックに置き換わりつつありましたが、消費者向けはまだ手つかずでした。理由は、消費者は早く花を咲かせたいと水と肥料をどんどんやり、根腐れさせるからです。素焼き鉢であれば、鉢自体が水を通すので、やりすぎた水は鉢の外へ流れ出てくれます。

 そうした素焼き鉢のメリットを考慮し、プラスチック鉢の底をメッシュ構造にすることによって、アイリスは扱いづらい植木鉢を生まれ変わらせました。1981年のことです。この製品のヒットを皮切りに、顧客目線で多種多様な製品を投入したアイリスは、プラスチックの園芸用品においてナンバーワンになるのです。

 このようにユーザーのニーズを素直に捉えればヒット商品を開発できますが、流通企業がその壁になることがあります。

 1980年代、農作業に使う薬液噴霧器のタンクの色は、黄色が当たり前でした。しかし、これでは農薬がどれくらい入っているか、見ただけでは分かりません。透明なタンクなら、残りが見えて便利なのではと私は考えました。

 なぜ黄色ばかりだったかというと、農機具業界では「タンクを黄色にしておけば、直射日光に当たっても、中の薬が変質しない」というのが定説だったからです。小売店は「タンクが黄色でないと売れない」とまで断言していました。

 でも、よく調べるとおかしい。農薬は水で薄めて使うのですが、使用説明書を見ると「その日のうちに使い切ってください」と書いてある。水で薄めた農薬は何日も持たないからです。どのみち、2日、3日と使わず、1日で使い切るなら、直射日光の影響はほぼないはず。そこで、半透明タンクの噴霧器の販売に踏み切りました。

 一応、小売店の意見も汲んで、黄色いものと半透明のものと二本立てで売り出しました。すると、売れるのは半透明のものばかり。その後、黄色いタンクは見かけなくなりました。


積み上げ式の値決めからの脱却

 このように買う人ではなく、使う人の立場になって考えることで、新たな市場を創造することができるのです。ユーザーは法人ではありません。部品会社なら部品を買ってくれる会社ではなく、部品を使う現場の人、あるいは部品を使って組み立てられた製品を使う人がユーザーです。ユーザーは心底欲しいと思うものには、どういう時代環境であれ、お金を払います。

 ユーザーの役に立たなければ、どれだけ小売店の購買担当者に気に入られても、店頭からは消えていきます。どんな業種であっても、ユーザーのニーズを取り込む仕組みを考えていかなければなりません。小売店は、直接ユーザーと接しているから大丈夫、ということは全くなく、ユーザーのニーズに合った製品を提供できていない店は客離れが起こります。

 自分たちはユーザーのことを、どこまで真剣に考えているだろうか。

 そう問い直すだけで経営は随分変わります。

 過度な値下げはマーケットの要望で、個々のユーザーはそこまで望んでいないことがほとんどです。経営者は、そこをはき違えてはいけない。あくまでもユーザーニーズに深く入り込んだ製品、サービスを考えるのです。日本企業はマーケットインの発想が強い。今していることは、「誰の要望なのか」と、まずは落ち着いて考えてみましょう。

<連載ラインアップ>
■第1回 アイリスオーヤマの“憲法第1条”「利益を出せる仕組みこそ重要」はなぜ生まれたか
■第2回 業界の定説に反したアイリスオーヤマの「農作業用の半透明タンク」が大ヒットした理由とは(本稿)
■第3回 「経常利益の50%を毎年投資に回す」アイリスオーヤマの深謀遠慮
■第4回 アイリスオーヤマの強さの源泉「プレゼン会議」はどのように行われているのか(7月10日公開)
■第5回 組織を腐らせる「ヌシ」を生まないために、アイリスオーヤマが構築した独自の仕組みとは(7月17日公開)
■第6回 ニューノーマル時代の勝ち残りに直結する、アイリスオーヤマの5つの企業理念とは(7月24日公開)

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筆者:大山 健太郎

JBpress

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