従業員の多様性がサステナビリティ・ガバナンス改革に果たす3つの重要な意義

2023年8月4日(金)4時0分 JBpress

 サステナビリティ経営の専門家である内ヶ﨑 茂氏(HRガバナンス・リーダーズ代表取締役CEO)が、「日本版サステナビリティ・ガバナンス」構築の必要性と考え方を解説する本連載。第4回となる本稿では、サステナビリティ・ガバナンスの構築をするうえで、従業員のダイバーシティの確保は3つの重要な意義を有すると考える。

(*)当連載は『サステナビリティ・ガバナンス改革』(内ヶ﨑 茂、川本 裕子、渋谷 高弘著/日本経済新聞出版)から一部(「第8章 日本版サステナビリティ・ガバナンスの構築」)を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
■第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
■第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
■第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
■第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ(今回)
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

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ダイバーシティの重要性

 日本企業は、女性管理職比率や女性取締役比率をはじめ欧米と比較してダイバーシティの観点で遅れをとっているといわれている。ただし、最近は多様な視点を取り入れたダイバーシティ経営を推進する動きが国内でも生じはじめている。

(日本経済新聞出版)

 たとえば、2018年6月に経済産業省はダイバーシティ経営の実践に向けて「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」を改訂した。行動ガイドラインでは、ダイバーシティについて、①ダイバーシティポリシーの策定など「経営戦略への組み込み」、②「推進体制の構築」、③ダイバーシティ経営の取組みを適切に監督する「ガバナンスの改革」、④「全社的な環境・ルールの整備」、⑤「管理職の行動・意識改革」、⑥「従業員の行動・意識改革」、⑦「労働市場・資本市場への情報開示と対話」という7つのアクションを求めている。

 また、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂でも「企業の中核人材の多様性の確保」が主要な改訂項目の一つとなり、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すこと、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである旨などが記されている。こうした国内動向を踏まえながら、本節では従業員や取締役のダイバーシティについて考察を行う。


① 従業員のダイバーシティ

 サステナビリティ・ガバナンスを構築するうえで、従業員のダイバーシティの確保は3つの重要な意義を有すると考える。

 第一に、マネージャー層のダイバーシティの確保は、将来の経営層のサクセッションプラン(後継者育成計画)を構築するうえで極めて重要である。不確実性の高まるニューノーマルな社会においては、経営陣のダイバーシティを強化することがリスクをチャンスに変えるビジネスモデルの構築に欠かせない。

 米国企業でも日本同様に、業績の安定している平時にはCEOの内部登用が多いといわれており、CEO候補のプール人財においては多様なキャリアを有する幹部や管理職の従業員を多数抱えている。CEOの人財要件を明確にして、各CxOのミッション・ステートメントやジョブ・ディスクリプションを可視化することで、多様性のある人財開発への道程が明確になると考えている。

 第二に、企業の中に多様な視点を取り入れることで、新たな商品・サービスを生み出すなどのイノベーションが促進されたり、不合理あるいは危険な意思決定を容認する集団思考に陥ることを防ぐ機能が期待されている。企業内での非連続のイノベーションを創出するためには、ダイバーシティに加えて、インクルージョン(受容)が重要であるといわれている。

 別の言い方をすると、ダイバーシティの効いたメンバーでイノベーションを創出するためには、お互いを信頼・尊重し合う企業文化や心理的安全性(サイコロジカル・セーフティ)の確保された組織風土がダイバーシティに富む論議を展開するうえで重要であり、最後に見解の相違があっても、会議で決定したことを実行に移すためには、パーパスに共感するチームとしての一体感も欠かせない。人種・民族・宗教などのダイバーシティの効いた欧米企業では、ダイバーシティ・マネジメントのトレーニングを絶えず続けることでダイバーシティをイノベーションの力に変える不断の努力をしている。

 第三に、組織に属する人がダイバーシティの効いた環境で、個性を活かして力を発揮できることは、人間的な成長を実感できる意味でも幸福(ウェルビーイング)度が高まると考えられている。パーパスに共感する従業員が一体感をもって、パーパスにアラインした仕事を行い、仕事とプライベートを統合して個人の生活を充実させるワーク・ライフ・インテグレーションを強化することで、従業員にとって働きやすい環境と、従業員の会社への高いロイヤルティと仕事へのモチベーションを維持することにつながると考えている。

 たとえば、ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、「ダイバーシティ&エクイティ&インクルージョン」を“Our Credo(我が信条)”に基づく重要な経営戦略として位置づけ、異なるバックグラウンド・信念・経験の価値を認め合い、各従業員がリーダーシップを発揮することのできる環境を創ることを目指している。

 したがって、従業員のダイバーシティの確保は、サステナビリティ・ガバナンス改革の文脈でとらえると、①取締役会が人財マップなどを活用した人財ポートフォリオ管理を通じて経営層のダイバーシティの確保を監督する仕組みであり、また、②取締役会がイノベーションをブルーオーシャンのビジネスモデルに転換するための組織風土・企業文化改革やダイバーシティマネジメントを監督する仕組みともいえ、さらには、③取締役会が人財マネジメントシステムやワーク・ライフ・インテグレーションの仕組みが機能しているかを監督する仕組みであると考えることもできる。

 2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂においても、ダイバーシティについて補充原則2-4①が新たに設けられ、「上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。

 また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである」と記されている。コーポレートガバナンス・コードで中核人材に関する多様性の確保が求められたことにより、サクセッションプランを考えるうえで候補となる人財の多様性を確保することにも通じると考えられる。

 従業員のダイバーシティの確保のゴールは、パーパスに根差したビジョンの実現、マテリアリティの解決に取り組むうえで強力な施策になりうると考えられる。イノベーションを生み出すにはチームメンバーのバックグラウンドの多様性に加えて、各個人が多様なバックグラウンドやパーソナリティを有していることも重要であろう。ハイパフォーマンス・チームを組成するためには、同質的なモノカルチャー(単一的な文化)の存在しない異質的なダイバーシティの効いたメンバーで構成される必要がある。

 つまり、ダイバーシティ&インクルージョンとは、「多様な人財を活かして非連続のイノベーションを起こす、パーパス実現に向けたサステナビリティ経営の戦略である」と考える。多様な属性(性別・年齢・国籍など)と多様な認知(見識・価値感・発想など)を組み合わせることは、ビジネス環境の急激な変化に迅速・柔軟に対応するためのサステナビリティ戦略なのである。たとえば、アート思考・デザイン思考・プランニング思考などといった多様な認知を有するチームを組成するのも検討に値する。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
■第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
■第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
■第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
■第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ(今回)
■第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

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筆者:内ヶ﨑 茂

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