スターバックスとユニクロは、なぜコーヒースタンドと普段着の常識を覆せたのか?

2024年8月20日(火)4時0分 JBpress

「これでいい」ではなく「これがいい」と思ってもらうことが、これからのブランドには必要だ。現在、似たような商品・サービスが量産され市場に溢れている。それは、他社も同じ手法を取ってデータを集め、分析し、商品開発をしているからだ。だが、デザインの力を経営に取り入れることで、自社の強みや力を発揮した、より魅力的で長く愛される新しいブランドを生み出すことができるかもしれない。本連載では、『デザインを、経営のそばに。』(八木彩/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。元電通のアートディレクターが15年の経験と豊富な事例を基に、デザインの力でブランドの魅力を引き出すための考え方とプロセスを解説する。

 第4回は、スターバックスとユニクロを例に、独自の「ブランドコンセプト」を創り出す考え方を紹介する。

<連載ラインアップ>
■第1回 フェラーリ、ポルシェ、エルメスは、なぜ他のブランドに代替されないのか
■第2回 なぜ「いい感じにしてください」で「いい感じ」にならないのか? ブランドの独自性をデザイナーと発見する秘訣とは
■第3回 ナイキ、スターバックス、無印良品、資生堂は「ブランドの人格」をどうつくっているのか?
■第4回 スターバックスとユニクロは、なぜコーヒースタンドと普段着の常識を覆せたのか?(本稿) 
■第5回 ワークシートで分析、スターバックスの「サードプレイス」、ユニクロの「LifeWear」はどのように生まれたか?(8月27日公開)
■第6回 ブランドの「らしさ」を凝縮するネーミングのポイントと、ステートメントの開発法とは(9月3日公開)

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【スターバックスの例】

 有名な例ですが、スターバックスのブランドコンセプトは「サードプレイス(第3の場所)」です。

 サードプレイスという概念は、社会学者のレイ・オルデンバーグが1989年に著書『サードプレイス——コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』(忠平美幸訳、みすず書房)の中で提唱したものです。

 当時のアメリカは、価値観の断片化が進んだ結果、過剰なハイテンション社会になりました。職場では競争のプレッシャーが強く、家庭にもいろいろな問題があります。家(第1の場所)と職場(第2の場所)を往復する人が多く、非常にストレスフルな状況でした。

 そのような状況の中で、ドイツのビアガーデンやイギリスのパブ、フランスやイタリアのカフェのような、「人々には居心地のいい第3の場所が必要なのではないか」という発想から、スターバックスのコンセプトは生まれました。

 つまり、スターバックスの商品は単にコーヒーを提供するだけではなく、コーヒーとともに心安らぐ体験を提供することなのだと言うことができます。

 現在のスターバックスでの体験を改めて思い返してみても、いわゆるコーヒースタンドとは異なる点が多く、サードプレイスというブランドコンセプトに基づいて今も運営されていることがよくわかります。

 例えば、飲食店では、回転率を上げて、たくさんのお客様に利用してもらうことを目標に設定することが多いのですが、スターバックスでは居心地のよい椅子が用意されており、長い時間くつろぐことができます。タバコを吸いたいお客様を逃してしまう可能性があるにもかかわらず、禁煙を徹底し、店内の居心地のよさを重視している点も特徴的です。

 また、スターバックスは、ブランディングを徹底するために、自社で直接店舗運営を行う「直営方式」を採用しています。

 ほとんどの大手企業はフランチャイズ方式を採用しており、一見こちらのほうが効率がいいように感じられますが、フランチャイズ方式は、本部と加盟店という関係が生まれ、本部としては安く簡単に展開できるというメリットがある一方で、それぞれの加盟店に判断を委ねているため、ブランド管理が難しいというデメリットがあります。

 スターバックスは一見効率が悪いように見える直営方式を通じて、ブランド管理を徹底しているのです。スターバックスの例を、サーチライトの図で整理してみると、上の図のようになります。サードプレイスというブランドコンセプトが、コーヒースタンドの常識を変え、新しい市場をつくり出したことがわかります7 8

7 参考文献 レイ・オルデンバーグ『サードプレイス—ー コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』(忠平美幸訳、みすず書房、2013)

8 参考文献 楠木建『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社、2010)

【ユニクロの例】

 もう一つの例として、ユニクロについても考えてみたいと思います。日本を代表するアパレルブランドのユニクロは、ブランドコンセプトに「LifeWear」を掲げていて、公式サイト9には、次のような説明があります。

9 参考文献 ユニクロ.〝AboutLifeWear〟

「LifeWearとは、あらゆる人の生活を、より豊かにするための服。美意識ある合理性をもち、シンプルで上質、そして細部への工夫に満ちている。生活ニーズから考え抜かれ、進化し続ける普段着です。」

 これまでのアパレルブランドは性別、年齢、社会的属性、好みのテイストなどで細分化し、ターゲットに合った商品を開発するのが常識でした。

 この常識を覆したのがユニクロです。ユニクロは、フリース、ジーンズなどの日常着や、ウルトラライトダウンやヒートテックなどの機能衣料を中心に成長を遂げ、その後、ビジネススーツなどのフォーマルウェア、デザイナーズコラボラインなどへも領域を拡張。今や、あらゆるカテゴリーの洋服をユニクロで購入できるようになりました。

 ユニクロがこれだけ成長した最大の理由は、「服に興味がない人10」というターゲット設定にあると言われています。「ファッションのことなど考えたくない」「ファッションセンスに自信がない」「服を選ぶことがストレスだ」と感じる人のほうが大多数だと見極め、LifeWearというブランドコンセプトが生まれることになったのでしょう。

10 参考文献 WWD .“気がつけばみんな「ユニクロ」を着ている 平成に起きたアパレル革命”

 他のアパレルブランドが、トレンドを追いかけ、ターゲットを絞って商品を開発する一方、ユニクロは「生活ニーズから考え抜かれ、進化し続ける普段着」という新しいファッションのあり方をこのブランドコンセプトで規定しているのです。

 ユニクロの例を、サーチライトの図で整理してみると、このようになります。

 LifeWearというブランドコンセプトが、これまでのアパレルブランドの常識を変え、ユニクロは日本を代表するブランドへ成長しました。

 スターバックスやユニクロの事例からもわかるように、ブランドコンセプトが明確になれば、これまでにない、新しい定義をつくることができ、新しい市場を創出することにつながります。

 ブランドコンセプトは、ビジネス用語として一般化しているため、ほとんどのブランドが、公式サイトやパンフレットにブランドコンセプトを掲げていますが、他のブランドでも言えるような内容を掲げている場合がとても多いのです。

 他のブランドと似たようなブランドコンセプトでは、革新的な商品や新しい市場をつくることはできません。

 優れたブランドコンセプトは、サーチライトを照らし変えることで、新しい常識を見つけることができるものです。

■「ブランディング」と「マーケティング」を混同しないように注意

「ブランディング」と「マーケティング」は、明確に認識を分けておきたい言葉です。プロジェクトを始める時に、この2つの言葉をチームの中でもごちゃ混ぜに使っていることが多々ありますが、それぞれ目的が異なるので注意しましょう。

 私は、2つの違いを、「ブランディングの目的は、好きになってもらうこと」「マーケティングの目的は、売ること」だと整理しています。

 本書では、「売るから好きへ」と何度か説明していますが、決して「売る」ことを否定はしていません。しかし、「売る」ことだけを目的にしてしまうと、実現できないことがあることも事実なのです。

 例として、ユニクロの施策を紹介します。

 ユニクロはテレビCMや新聞広告、店内に置かれた雑誌など、様々なメディアを縦横無尽に使ってブランディングを行っています。これらのツールは著名なフォトグラファーによる写真や、アート性の高いイラストレーションが使われ、上質な世界観でつくられていて、ブランドに格を与え、ブランドのファンを育てる役割を果たしています。

 同時に、ユニクロはチラシもずっと制作しています。チラシでは商品の値段や特徴をわかりやすく訴求するデザインが採用されており、マーケティングに振り切って制作されています。

 狙いに応じて、メディアと表現を使い分けているいい例だと思います。 

<連載ラインアップ>
■第1回 フェラーリ、ポルシェ、エルメスは、なぜ他のブランドに代替されないのか
■第2回 なぜ「いい感じにしてください」で「いい感じ」にならないのか? ブランドの独自性をデザイナーと発見する秘訣とは
■第3回 ナイキ、スターバックス、無印良品、資生堂は「ブランドの人格」をどうつくっているのか?
■第4回 スターバックスとユニクロは、なぜコーヒースタンドと普段着の常識を覆せたのか?(本稿) 
■第5回 ワークシートで分析、スターバックスの「サードプレイス」、ユニクロの「LifeWear」はどのように生まれたか?(8月27日公開)
■第6回 ブランドの「らしさ」を凝縮するネーミングのポイントと、ステートメントの開発法とは(9月3日公開)

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筆者:八木 彩

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