会社と社員が互いに「選び合う」、ソニーに今も息づく創業者・盛田昭夫の「独自の人材観」

2024年12月3日(火)5時55分 JBpress

 2024年3月期決算において、売上高13兆円超と過去最高の業績を発表したソニーグループ。2008年度からの7年間には連結純損失の累計が1兆円を超え、危機的状況が続いた。まさに「どん底」の状態からソニーはどのようにして復活を遂げたのか──。その要因について、経済ジャーナリストの片山修氏は「ソニーの創業精神の本質を継承し、時代に適応する働き方を実現した点にある」と分析する。2024年9月、書籍『ソニー 最高の働き方』(朝日新聞出版)を上梓した同氏に、ソニー復活の背景にあった人事改革と、ソニー独自の人的投資の考え方について聞いた。(前編/全2回)


「ハードとソフトの融合」を目指して働き方を変化させた

──著書『ソニー 最高の働き方』では、ソニーで働く22人へのインタビューを通して、同社の企業文化や人事制度について紐解いています。なぜ、ソニーの働き方に着目したのでしょうか。

片山修氏(以下敬称略) 現在のソニーの働き方は、これからの日本企業にとっての模範になると考えたからです。

 近年、技術の発展により、「ハードのものづくり」から「ソフトのものづくり」へと時代が変化しています。ハードからソフトへ事業をシフトさせるためには、新しい時代に合わせた働き方が必要になります。

 この潮流を受け、ものづくり企業の代表的存在であったソニーも、ハードとソフトの融合を目指して働き方を変化させてきました。

 ソニーは2004年度からテレビ事業が赤字に転落し、2008年度からの7年間における連結純損失の累計は1兆円を超えました。それが現在では売上高13兆208億円、営業利益1兆2088億円(2023年度決算)と躍進を遂げています。「なぜ、ソニーはよみがえったのか」を知るために取材を始めたことが、本書の執筆のキッカケです。


ソニー改革の柱「人材に関する3つのシフト」

──働き方については、どのような点に着目したのでしょうか。

 特筆すべきは、ただハードからソフトへと事業をシフトしただけでなく、「創業精神の本質を継承し、時代に適応する形へと働き方を変化させていること」です。 ソニーの前身である東京通信工業の「設立趣意書」には、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」とあります。つまり、ソニーは創業以来、個性溢れる人材が力を発揮できる場の提供に注力してきました。この創業精神こそが、最大の成果を生む「最高の働き方」を実現する今日のソニーをつくっているのだと思います。

 ソニーは企業の成長において重要な「3つのシフト」を実行しました。3つのシフトとは、「ヒトのシフト」「スキルのシフト」「マインドのシフト」です。

 ヒトのシフトでは、全従業員の8割を占めていたエレクトロニクスに携わる人材を、ソフトウエアエンジニアへとシフトさせました。スキルのシフトでは、ソフトウエアを組み込みからクラウド系に移行させることに加え、AIやデータサイエンスへとスキルをシフトさせています。そして、マインドのシフトではマーケットの変化に合わせ、従業員に新しい技術の獲得や学び直しを促しました。

 こうした改革を進めた結果、2000年度は売上高の約69%をエレクトロニクスが占めていましたが、現在では売上高の約57%をエンタテインメント事業が占めるに至っています。

 企業が成長し続けるためには、「企業が保有する資産をどう活用するか」という視点が重要です。そのためには時間をかけてでも、3つのシフトを着実に実行することが重要だと分かります。

 ソニーグループの執行役専務で人事・総務担当の安部和志氏は、「最も重要で困難だったのはマインドのシフトだった」と振り返っています。個を大事にする企業文化があるからこそ、今の仕事に思い入れやプライドを持っている従業員が多く、組織の都合では簡単に動いてくれません。テクノロジーのトレンドが大きく変わろうとしている中、皮肉にも個を大事にする文化が時代への適応の難易度を上げていたのです。


ソニー流「管理しない人事」を支える充実の制度

——困難な状況にありながらも、企業文化を守りながらソフトウエアの人材を充実させることができたのはなぜでしょうか。

片山 ポイントは、ソニーの企業文化を具現化した「支援する人事」を実行したことにあります。

 一例として「社内募集制度」が挙げられます。これは創業者の一人である盛田昭夫氏が1966年に導入した制度で、2年以上在籍している従業員であれば、上司の許可なく希望する部署の公募にエントリーできる、というものです。応募した部署とマッチングが成立すれば、3カ月以内に異動が決定します。

 また、2015年度に導入された「ジョブグレード制度」では、賃金における年功序列の要素を一切無くしています。能力や年次に対してではなく、仕事の役割に応じて等級がつけられる制度です。これにより、ブラウン管テレビや組み込みソフトのエンジニアは、自らの賃金を上げるためには、時代の変化に応じて自らのスキルをシフトさせる必要性が出てきます。スキルのシフトは間接的に雇用を守ることにも繋がりますから、ソニーらしい雇用の守り方と言えるでしょう。

 他にも、社内兼業をすることでキャリアの幅を広げたり、他部署で自身の専門性を生かしたりできる「キャリアプラス制度」や、高評価を獲得した従業員が自ら他部署に異動できる「社内FA(フリーエージェント)制度」などがあります。

——従業員の希望や意思を尊重する制度が多数用意されているのですね。

片山 配置転換は従業員の同意を得た上で実行しないと、「やりたい仕事ができない」「正当に評価されていない」など、モチベーション低下につながる恐れがあります。ソニーの人事制度は、いずれも会社の一方的な命令で動く人事ではなく、常に選択肢があり、従業員が自分の意思でチャレンジできる設計になっています。キャリアの自律を基本とするソニー流の人事異動は「管理しない人事」とも表現できます。

 これらの人事施策の根底にあるのは、ソニーの従業員と会社が互いに「選び合い、応え合う」関係です。創業者の一人である盛田昭夫氏は、新入社員に対して「ソニーに入ったことをもし後悔することがあったら、すぐに会社を辞めたまえ。人生は一度しかないんだ。そして、本当にソニーで働くと決めた以上は、お互いに責任がある。あなたがたもいつか人生が終わるそのときに、ソニーで過ごして悔いはなかったとしてほしい」と伝え続けていました。

 つまり、従業員は会社が自分にとって「成長や挑戦をする場としてふさわしいか」を問い続け、会社はそれに応える環境を用意する、という関係性です。

 こうした関係性を踏まえて策定された人事施策だからこそ、ソニーにとって難しいチャレンジとなった「マインドのシフト」も乗り越えられたのだと考えています。


創業精神を盲従せずに「本質を継承」すべき

——日本企業はソニーの働き方や人事制度から何を学ぶべきでしょうか。

片山 ソニーの人材に対する考え方、そして人的投資の在り方を学ぶべきではないでしょうか。

 日本が「失われた30年」に陥った原因の一つに、「人材への投資」を怠ったことが指摘されています。近年、人的資本経営の重要性が叫ばれているように、企業価値の源泉は知識やアイデアといった無形資産へとシフトしています。このような状況において、人材への投資は不可欠です。

 その点、ソニーは業績が悪化して苦しい時期でも、人事のあり方を抜本的に見直し、人的投資を怠ることはありませんでした。こうした人に対する考え方こそが、ソニーがどん底から復活し、再び成長ステージに立つことができた要因だと考えています。

 ソニーは創業以来大切にしてきた「個を大切にする」という人材に対する考え方を「Special You, Diverse Sony(スペシャル・ユー、ダイバース・ソニー)」と再定義しています。「主役はあなた、多様性こそがソニーの競争力」という意味です。

 ソニーは、創業者である井深大氏と盛田氏の創業精神を、盲従するのではなく「戦略的に本質を継承すべき」対象と捉えています。こうしたソニーのユニークな考え方に注目してもらいたいと思います。

【後編に続く】「令和のソニー」をつくった吉田憲一郎会長CEO、「強烈な挫折経験」をバネにして抜本的に改革したこと

■【前編】会社と社員が互いに「選び合う」、ソニーに今も息づく創業者・盛田昭夫の「独自の人材観」(今回)
■【後編】「令和のソニー」をつくった吉田憲一郎会長CEO、「強烈な挫折経験」をバネにして抜本的に改革したこと

筆者:三上 佳大

JBpress

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