収入は増えないのに物価は上昇し続ける…国民にだけ我慢を強いる自民党政権の「無責任」を許していいのか
2024年12月21日(土)7時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu
※本稿は、山崎雅弘『底が抜けた国 自浄能力を失った日本は再生できるのか?』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
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■同じ日に報じられたニュースの“矛盾”
自民党政権が、一般国民の暮らしを本気で守る気があるのかどうか。そんな疑問をさらに深める二つのニュースを、NHKは2024年9月2日に報じました。
一つ目は、「食品の値上げ 今月は1300品目余 5か月ぶり1000品目超に」という値上げのニュース。二つ目は「4〜6月 国内企業の経常利益 35兆円余 四半期で過去最高」という、日本の大企業の業績が絶好調だというニュースでした。
ニュース番組やネット記事では、こうしたニュースは別々に報じられるので、いくつかの関連ニュースを頭の中で組み合わせて全体の状況を俯瞰するという思考の習慣(いわゆる「メディア・リテラシー」)がないと、これの何がおかしいか気づかずにやり過ごしてしまうでしょう。しかし、実はこの二つは国民が組み合わせて考えるべき内容です。
なぜなら、物価高による国民生活の圧迫と、増進し続ける大企業の利益という対照的な状況は、自民党政府が誰のための政治をしているかを如実に物語っているからです。
■値上げの要因の一つは「賃金の引き上げ」
一つ目の値上げのニュースで、NHKは、冷凍食品などの「加工食品」757品目と、アイスやチョコレート製品などの「菓子」169品目、ウイスキーやコーヒー飲料などの「酒類・飲料」135品目を含め、計1392品目が同月に値上げされると伝えました。
値上げの要因については、調査を行った帝国データバンクの分析として、異常気象などに伴う原材料高や物流費および包装資材にかかる費用の増加、そして「最低賃金の引き上げに伴う人件費の増加」などを列挙しました。
この最後に指摘された「最低賃金の引き上げに伴う人件費の増加」という値上げの原因は、きわめて重要な意味を持っています。なぜなら、岸田首相が国内での物価高への対策として、繰り返し語ってきたのが「賃金の引き上げ」だったからです。
■「物価高を上回る所得増」の3つの問題点
2024年だけでも、1月30日の施政方針演説、3月28日の二四年度予算成立後の記者会見、5月31日の首相官邸での大手企業経営者との懇談、7月19日の軽井沢での経団連の会合、7月25日の首相官邸での記者会見などで、岸田首相は「物価高対策としての賃上げ」や「物価高を上回る所得増」という政策をアピールしました。
けれども、一見もっともらしいこの政策には、重要な「欠落」が三つあります。
まず、月給制でない事業者や年金生活者の状況改善に何の効果も期待できないこと。
次に、経済的な余裕がない企業(特に中小企業)は政府の要請に従えないこと。
そして、政府が企業に「賃上げを要請」すれば、企業側は「人件費の上昇」を理由に商品の価格にそれを転嫁して、さらなる「物価高」を引き起こすという本末転倒。
■収入増の取り組みが物価高を悪化させてしまう
月給制の正社員や非正規社員とアルバイトは、企業側が設定する月給や日給をアップすれば単純に「賃上げ」が実現しますが、個別契約の自営業者や個人事業主、商品の売り上げで収入を得ている店舗などは、それほど話が単純ではありません。
岸田首相が特定企業に「賃上げ要請」を行っても、個別契約の報酬額はさまざまな理由で総合的に決定されるもので、一律にいくらアップという月給制のような方策は適用できません。
そして、店内で作った食品や製品を店頭で販売する店舗の場合、収入を増やすには商品の価格を上げるしかなく、それでは逆に物価高をさらに悪化させる結果となります。
不思議なのは、こうした「物価高対策としての賃上げ」が内包する大きな問題点について、欠陥だと指摘する声がメディアの報道に見当たらないことです。新聞社やテレビ局などで働く記者たちは、月給制の正社員ばかりなので、月給制でない形態の労働環境や年金生活者の暮らしについては、特に関心がないのかもしれません。
そして、テレビのニュース番組や情報番組は、効果がない政府の物価高対策を「欠陥」だと批判する代わりに、「物価高の状況を乗り切るための我慢と工夫」を国民側に呼びかける、まるで戦時中のような内容ばかりを放送しています。
■政府の失態である物価高が「天災」?
例えば、2023年7月18日にNHK「クローズアップ現代」が放送したのは、物価高をまるで「天災」のように捉えて対処を考える、次のような内容でした。
「食品の値上げが相次ぐ中、食費の節約志向が高まっている。そこに意外な落とし穴が。食事がパンや麺類など炭水化物に偏り、体や筋肉を作るたんぱく質が不足するなど、いつの間にか“低栄養状態”に陥る人が少なくないことがわかってきた。さらに持病を悪化させる危険も…。“値上げ時代”、私たちは節約をしながら、どう健康を守ればいいのか? 必要な栄養を確保する簡単なコツとは? 専門家と具体的な“秘けつ”を徹底検証する」
政府が有効な物価高対策をできていないから、食品の値上げが止まらないという根本的な原因と政府の責任には目を向けず、やむを得ず食費を減らす行動を「食費の節約志向が高まっている」などと、あたかもライフスタイルの選択肢のように表現し、「“値上げ時代”を前提化して「節約しながら健康を守る秘けつ」を紹介するという姿勢でした。
写真=iStock.com/Hakase_
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■まるで戦時中のようなメディアの報じ方
また、2024年9月13日に大阪の毎日放送が放送した「よんチャンTV」は、米が5キロで1000円値上がりしたと指摘したあと、「もち麦」という穀物を米に混ぜて炊けば、ごはんを「かさ増し」できるという「生活の工夫」を紹介しましたが、実際にそれをしているという市民は、こんなコメントを述べていました。
「2合ちょっとをもち麦にしたりして耐えてます。おいしくはないですね」
先の戦争中、日本国民は米不足への対処として、麦や芋、大豆、野菜の葉などを一緒に炊いて「かさ増し」していましたが、それと同じことが、現代の日本で起きています。
にもかかわらず、こうした事態を招いた原因が「自民党政権の失政」だと指摘したり、有効な物価高対策を打てていない自民党政権を批判したりする動きは、大手メディアの報道や情報番組に、ほとんど見当たりません。政府や国家指導部の失敗の責任を追及せず、国民側の工夫と我慢だけを推奨するという受け身の報じ方も、戦時中と同じです。
自民党は献金やパーティー券購入など、さまざまな形で大企業からの金銭を得ており、物価高という一般国民の暮らしに直結する問題への対応策も、必然的に大企業の利益に沿ったものばかりになります。言い換えれば、大企業の顔色さえうかがっていれば、それ以外の一般国民を無視してないがしろにしても、権力の座に居座り続けることができる。それが、2024年現在の日本です。
現在の自民党政府は、「自国民の暮らしを守る責任感の底」も抜けたかのようです。
■大企業は利益も内部留保も過去最高なのに…
NHKが2024年9月2日に報じた、「4〜6月 国内企業の経常利益 35兆円余 四半期で過去最高」というニュースも、自民党政権と大企業の親密な癒着関係が生み出した結果だと言えます。
財務省が発表した法人企業統計調査で、同年4月から6月までの国内企業の経常利益が35兆円余りとなり、四半期ごとの額としては「過去最高の数字」だと伝えました。
そして、見出しにはありませんが、金融と保険を除いた国内企業の23度の「内部留保」が、その前の年度より8.3パーセント増加した600兆9857億円で、12年続けて増加している中でも「過去最高の額」となりました。
写真=iStock.com/acilo
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内部留保とは、正式な会計用語ではありませんが、SMBC日興証券の公式サイトにある用語集のページでは、次のように説明されています。
「内部留保とは、企業が生み出した利益から税金や配当、役員報酬等の社外流出分を差し引いたお金で、社内に蓄積されたものを指します。社内留保ともいいます。総資産に対する内部留保の比率は、財務の健全性を示す指標としても注目されています」
■物価上昇分を差し引いた実質賃金はマイナス
これを読むと、十分な内部留保を持つことは、企業の財政を盤石なものにする上で有効なのだから、増え続けるのは望ましい状況であるかのように見えます。
しかし、2024年7月8日付の朝日新聞に掲載された、次のような記事と合わせて読むと、その見え方も大きく変わってきます。
「実質賃金26カ月連続減 過去最長を更新 基本給は31年ぶりの伸び」
厚生労働省が同日発表した5月分の毎月勤労統計調査(速報)によれば、労働者が実際に受け取った「名目賃金」は29万7151円で、29カ月連続でプラスだったものの、実質賃金の計算に使う5月の消費者物価指数が3.3パーセント上昇したため、物価上昇分を差し引いた実質賃金は、1.4パーセントのマイナスとなりました。
この報道が意味するところは、企業の「賃上げ(名目賃金の上昇)」は、現実には物価高対策として機能していないということです。
■「過去最低」の労働分配率が指し示すこと
そして、先に挙げた内部留保の資金は、本来なら従業員の賃金に上乗せして払うことも可能な「利益剰余金」ですが、それを賃金に回さずに貯め込むことで、結果として従業員の暮らしが「物価高で圧迫されている状況」を傍観し、放置しているとも言えます。
2024年9月6日付の朝日新聞は、「企業がもうけの中から人件費にどのくらい使ったかを示す『労働分配率』が、昨年度は大企業で過去最低の水準に落ちこんでいたことがわかった」と報じました。
山崎雅弘『底が抜けた国 自浄能力を失った日本は再生できるのか?』(朝日新聞出版)
記事は、国内企業の通期決算を集計した財務省の法人企業統計調査(2023年度)を元に同紙記者が分析した結果に基づく内容で、企業が生み出した付加価値に人件費が占める割合を「労働分配率」として算出したところ、金融・保険業を除く全産業では52.5パーセントとなり、1973年度の52.0パーセント以来の低さとなりました。
また、対象を資本金10億円以上の大企業に絞ると、34.7パーセントで、統計記録が始まった1960年以降で「過去最低」となりました。
企業の経常利益と内部留保は「過去最大」で、大企業の労働分配率は「過去最低」。
これは、何を意味しているのでしょうか?
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山崎 雅弘(やまざき・まさひろ)
戦史・紛争史研究家
1967年大阪府生まれ。軍事面に加えて政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争を分析・執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書に『[新版]中東戦争全史』『1937年の日本人』『中国共産党と人民解放軍』『「天皇機関説」事件』『歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』など多数。
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(戦史・紛争史研究家 山崎 雅弘)