浪曲師として初の人間国宝・京山幸枝若「義理人情、親孝行が普遍的に詰まった芸。ゴールではなくスタートやと」
2025年2月20日(木)12時0分 婦人公論.jp
(撮影:中西正男)
昨年12月、浪曲師としても吉本興業所属タレントとしても初の人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された2代目京山幸枝若さん(70)。2月28日は大阪・なんばグランド花月で「人間国宝認定記念公演」も開催します。かつて隆盛を誇った浪曲というジャンルに身を投じる中で感じる世の中の変化。そして「今からがスタート」と語る心根にあるものとは。
(取材・文・撮影:中西正男)
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人間国宝に認定
いわゆる人間国宝の報告の電話があったのは去年の6月末だったと思います。
完全に寝耳に水で、まさかそんなお話が自分にいきなりやってくるとは思っていなかったので、きょとんとしていたら向こうのほうから「もしかして、詐欺やと思ってませんか?」としゃれた問いかけもしてもらいました。(笑)
それくらい驚いてましたし、本当に詐欺じゃないかとも思うほどでしたけど、担当の方が私のこれまでの経歴だとか、どこでやったどの公演をもとに認定に至ったかを細かく説明してくださる中で「あ、これは本当のことなんだ」と思えていった感じでした。
まさかという思いはあったんですけど、なんとか浪曲に光を当てる意味でも大きなきっかけはないものか。明治、大正、昭和にすごく流行っていた芸ではあるが、もう今はほとんどの方が浪曲と言ってもピンとこない状態にもなっている。その状態を何とかしたいとは強く思ってきたので、浪曲が重要無形文化財に認定されたことはただただうれしいことだと心底思っています。
人間国宝に認定されて、自分自身は特段何かが変わったということはないんですけど、景色が変わったというか、周りの状況が変わったというのは感じています。関西の演芸では最初に桂米朝師匠が認定されていろいろなお話もうかがっていたんですけど、まさかそれが自分にもとは思ってませんでした。これを機に浪曲という言葉だけでも知ってもらう。好き嫌いの前に、まずは知ってもらわないと何も始まりませんからね。
浪曲になじみのある人は本当に少ない
私の小さい頃でも、すでに浪曲と言えば銭湯で年寄りがうなっているというくらいのもので「なんかよく分からんけど、年寄りが好きなもんなんやな」という意識でした。そこから何十年も経ってるわけですから、当時若いあんちゃんだった私らがもう70歳、80歳になっているわけです。風呂屋でうなっていたおじいさんはとっくにいなくなってしまっている。となると、リアルに浪曲が好きで、浪曲になじみのある人は本当に少ない。それが現状だというのは強く噛みしめています。
また、単に馴染みがないということだけでなく、今の社会における人の心のカタチみたいな変化も浪曲を遠ざける大きな要素だと思っています。
なぜ昔は浪曲が流行っていたのか。人と人との結びつきが強くて、近所で食べ物の貸し借りをしたり、しょう油を借りたらかぼちゃの煮物もつけてお返しをしたりするとか、そういう関係が当たり前のようにありました。しかも戦争もあって、みんなが本当に大変な中で暮らしていた。人の情がなければ成立しないほどみんなが貧しかった。義理人情、親孝行といったものが普遍的に詰まっていたと思うんですが、今はそういうものが薄くなりました。
受け手の側に「これはグッとくる話だ」という感覚がないと、これはね、もう本当にどうしようもないんです。いくら義理人情の詰まった話をしたところで「で、それがどうしたんですか」と言われると、もうその先がない。終わりなんです。
9代目横綱・秀の山雷五郎を描いた「情け相撲」という話がありまして、崖っぷちの相撲取りのお母さんから息子に勝ち星を譲ってやってほしいと秀の山が頼まれるんです。迷いながらも秀の山は土俵に上がるんですけど、実際に取り組みが始まるとやっぱり真剣勝負の血が騒いで本気で倒しにかかる。厳しいのど輪攻めをした時に、パッと顔を見ると、苦しんでいる相手の力士の顔がそのお母さんにそっくりだった。その瞬間、力が抜けて負けるんです。
あくまでも本気で勝とうとしたが一瞬の情が出てしまう。ここの味が一番のポイントでもあるんですけど、多くの今の若い人からすると「八百長」という一言で終わってしまう。この感覚の違いというか、それがある中でどう浪曲を楽しんでもらうのか。ここはすごく難しい話だと感じています。
なんとかここで踏ん張って次の世代につなげる
ただ、一方で今の時代こそ、人情だとかそういうものが実は求められるとも思うんですけどね。これほどそれが詰まったものはないとも思いますしね。
1991年、先代の京山幸枝若が亡くなった時にもこれは何とかしないといけないと考えて、浪曲の教室を作りました。それを根気よくやってきて34年。今の弟子である京山幸太、京山幸乃ができました。なんとかここで踏ん張って次の世代につなげる。それしかありませんし、本当に自分がやらないと消えるとも感じています。どん底に落ちているから、怖いもんはない(笑)。その強みもあるんですけどね。
本当にね、こんなことを自分でやっていて言うのはアレなのかもしれませんけど、浪曲ほどエエもんはないとも思うんですけどね。人情というのはもともと人間が生まれた時から持っているものやと思いますし、誰にでもそこはあるはずなんですけどね。
なくしたらアカン。だからこそ、今回重要無形文化財になったのかなとも思いますし。人間国宝の認定式に行かせてもらった時に、ふと、これはゴールではなくスタートやと思ったんです。ここから何としても浪曲を知ってもらう。できたら親しんでもらう。それを残りの人生をかけてやらないとダメなんだ。そう改めて思ったというか。
もうこの歳ですから、ここから浪曲がものすごく栄えるという景色までは見られないかもしれません。ただ、なんとか“土台”だけは見たい。「これだけの“土台”があるならば、この先、立派な“建物”ができるはずだ」というものだけは見たいなと思っています。
■京山幸枝若(きょうやま・こうしわか)
1954年4月1日生まれ。兵庫県出身。本名・福本一光。初代京山幸枝若に師事し浪曲デビュー。京山福太郎を名乗る。75年から吉本興業所属。2004年、2代目京山幸枝若を襲名。公益社団法人浪曲親友協会会長を務めている。文化庁芸術祭(大衆芸能部門)大賞、芸術選奨文部科学大臣賞などを受賞。24年12月、人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定される。2月28日には大阪・なんばグランド花月で「人間国宝認定記念公演」を開催する。弟子に京山幸太、京山幸乃がいる。
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