『ウィキッド ふたりの魔女』を見る前に知ってほしい5つのこと。妥協を避けた“2時間41分構成”の意義

2025年3月7日(金)20時40分 All About

『ウィキッド ふたりの魔女』を見る前に知ってほしい5つのことを解説します! 2部構成にした意図や、物語の始まりにある良い意味での「居心地の悪さ」などを、ぜひ知ってほしいのです。(※画像出典:(C) Universal Studios. All Rights Reserved.)

3月7日より『ウィキッド ふたりの魔女』が劇場公開中です。本作は絶賛に次ぐ絶賛が寄せられ、ブロードウェイミュージカル原作映画史上、最大の全米興行収入という大ヒットを記録。第97回アカデミー賞では作品賞をはじめ合計10部門にノミネートされ、美術賞と衣装デザイン賞の2部門を受賞しました。
その時点でもう「間違いない」のですが、念押しとして申し上げておきましょう。本作は老若男女に文句なしにおすすめできる、映画およびミュージカルの魅力をめいっぱい堪能できる、全方位的に優れたところしかない大傑作だったと……!
1939年の映画(その原作の児童小説やミュージカルの)『オズの魔法使』の前日譚でもあるため、そちらを後でも前でもいいので見ておくのがおすすめですが、物語は独立している上に難しいところが一切ないため、予備知識ゼロでも全く問題なく楽しめるでしょう。
そのため「いいから今すぐ映画館に行ってください。以上!」で終わりにしてもいいほどなのですが、「このことを前もって認識しておくといいよ」というポイントがいくつかあるのも事実です。大きく5つに分けて紹介しましょう。

1:上映時間は2時間41分! でもあっと言う間

本作の最大の注意点は、上映時間が2時間41分と長いことです。言うまでもなく直前のトイレは必須。お子さんと見る場合は特に注意が必要ですし、トイレのために席を離れることもいっそ覚悟しておいた方がいいかもしれません。ただ、見終わってみれば、この世で最も濃厚かつ短い2時間41分だと確信しました。豪華絢爛(けんらん)な画と、きらびやかでメロディアスな楽曲の数々はもちろん、重層的な物語や個性豊かなキャラクターの魅力もとても大きく、退屈する暇など1秒たりともなかったのですから。
そもそもがミュージカルという形式であり、それぞれの楽曲と後述する美術や衣装をじっくりで魅せているからこそ、必然的な長さともいえます。2時間41分という数字を過剰に気にする必要はないですし、「もう終わり?」「あっという間」「短すぎる」とさえ思うことを期待してほしいくらいです。

2:2部作の第1部! それは監督が「致命的な妥協」を避けたから

タイトルからは分かりませんが、本作は全2部作の第1部にあたり、原作のブロードウェイミュージカルの第1幕までの物語が描かれています。キリの良いところまで物語が進むとはいえ、「途中で終わる」ことを前提に見た方がいいでしょう。しかも、第2部『Wicked:For Good(原題)』は、アメリカでは2025年11月21日公開予定とされているものの、日本での公開日は未定です。「この続きを待たないといけないなんて! 早く見せてくれ!」と、良くも悪くも「飢餓感」を覚えてしまうかもしません。
とはいえ、2部作で構成したのは、ブロードウェイミュージカル『ウィキッド』の大ファンだったジョン・M・チュウ監督の切実かつ誠実な思いによるものです。自身のInstagramで、「曲を削ったり、登場人物を減らしたりしようとすると、長年にわたって私たちを楽しませてくれた原作に対しての致命的な妥協のように感じました。そうしないため、大きなキャンバスを手に入れるために、映画を1部完結ではなく2部作として制作することにしました」と語っているのですから。
2部作かつ、前編だけでも2時間41分という大ボリュームでこそ、楽曲と画をすみずみまで堪能できるのはもちろん、後述する愛すべきキャラクターの心情もより深く描かれていたのだと、本編を見ればこそ、監督の言葉も併せて実感できるはずです。
余談ですが、日本での劇団四季による『ウィキッド』の総上演時間は約3時間(2幕構成/休憩20分含む)でした。そちらを見た人も、映画が多大なリスペクトを捧げていること、歌やキャラクターやシーンがカットされていないことはもちろん、より広く深く『ウィキッド』を堪能できることを期待してもいいでしょう。

3:「シスターフッド」の魅力を突き詰めた尊さと、社会的な問題提起も

本作のあらすじは、緑色の肌を持ち誤解されがちなものの、強い魔法の力を見出す「エルファバ」と、天真らんまんで野心的だけど、魔法の才能はないため心にわだかまりがある「グリンダ」という、対照的な2人の女性が大学で出会い、最初こそ衝突してしまうも、次第に友情を育んでいくというものです。
近年では女性たちの連帯や絆を描く「シスターフッド」ものの映画がトレンドであり、本作はその魅力を突き詰めているとも言えるでしょう。それぞれが異なる欠点や悩みを持ち、互いに慰め合うだけなく、いつしか心が通じていく……その過程が尊さに満ちあふれているのですから。
さらに、普遍的な社会の問題を描いていることも重要なポイントです。例えば、エルファバが緑色の肌のために幼少期からいじめられ、大人になっても侮蔑的な目で見られ、本人にとっても深刻なコンプレックスとなっているのは、ルッキズムや人種差別のメタファーと取れます。
さらに、劇中ではとある陰謀により、不当な社会的制裁がまかり通ってしまう、はっきりとファシズムの問題も描かれています。現代の社会、特にSNSでは「どちらかが悪くてどちらかが良い」といった二元論で議論されがちですが、本作では「悪(Wicked)とされる人物は本当に100%の悪なのか」という根本的かつ重要な疑問を投げ掛けているともいえます。娯楽として楽しむだけなく、身近な人間関係や、大きな社会的な問題を見つめ直すきっかけにもなる作品なのです。
また、本作の後日譚に当たる『オズの魔法使』も、知恵がないため脳みそを求めるカカシ、臆病なために勇気を求めるライオン、失くしてしまった心臓を取り戻そうとするブリキの木こりという、それぞれ大きな問題を持つキャラクターが友情を育んでいく物語。
それぞれが当時の労働者階級の人たちを表しているという分析もされ、意外な結末も相まって「表面的に見えることと本質は異なることもある」「そして大切なこと知る」ことが示されています。今回の『ウィキッド』にも、その精神性がはっきりと受け継がれているのです。
余談ですが、グリンダ役のアリアナ・グランデと、エルファバ役のシンシア・エリヴォは、相手を尊重して自分たちの肌にタトゥーを入れたのだとか。 アリアナはエルファバのイニシャル“E”をハートで囲んだものを脚の裏側に、シンシアは同じところにグリンダの“G”を入れたそうです。演じた俳優同士の結びつきが、本編での強い友情に説得力を持たせたというのも、言うまでもないでしょう。

4:「バッドエンド」を示しているような始まり、そしてミュージカルの意義

切なくも苦しく、また良い意味で居心地の悪さを感じたのは、物語が「西の悪い魔女」ことエルファバが死んだという知らせを受け、市井(しせい)の人が喜び踊るというミュージカルシーンから始まることです。グリンダにとっての最愛の友人が、多くの人にとっての「悪」になってしまう、あまつさえ死んだことが人々から喜ばれてしまうという、これから語る過去の物語が、表面的には「バッドエンド」とさえ読み取れる終わりを迎えるのだと、最初にネタバラシしているような構造があるのです。
もちろん、それも意図的なもの。少なくとも幸せいっぱいの物語の結末ではないことが分かっているからこそ、その過程にあったことをどう捉えるかが、観客それぞれに委ねられているとも言えるでしょう。
そのために、劇中で描かれるグリンダとエルファバの友情が刹那(せつな)的でより愛おしいものに思えてもきますし、その友情が長くは続かないという残酷さが、より胸に迫るようにもなっているのです。併せて、ミュージカルという「ネガティブに思えることにも、そうではない感情を感じさせる」表現の意義を大きく感じることができました。
例えば『アナの雪の女王』で主人公の1人のエルサが氷の塔に閉じこもってしまうのは、それだけなら後ろ向きでネガティブな選択ですが、その時の高らかな歌声とメロディアスな楽曲もあって、その真逆のような「開放感」までも感じるシーンになっていました。
今回の『ウィキッド』における具体的なクライマックスは秘密にしておきますが、初めに示されたバッドエンドにつながるであろうエルファバの選択は悲しいことのはずなのに、やはり「それだけでない」感情と決意が、シンシア・エリヴォの「魂」を込めたような歌声のおかげでありありと分かりますし、相反する要素が同居しているような複雑さこそが大きな感動を呼ぶのです。ミュージカルという手法に限らず、決して一面的ではない人間の心情を知るという、創作物および映画という媒体の意義さえも、再確認できたほどでした。
さらに余談ですが、序盤のミュージカルが「喜びの感情に満ちているようだけど、側から見ると戸惑ってしまう」ことや、女性同士の関係性や友情の尊さが描かれていること、キャラクターの本質的な魅力が示されていく過程などから、日本のアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』も連想しました。こちらは3月14日24時からNHK Eテレで地上波初放送もされるので、ぜひ併せて見てほしいです。

5:美術賞と衣装デザイン賞受賞も大納得の、誠実な制作過程

本作は強力なライバルを破ってアカデミー賞で美術賞と衣装デザイン賞を受賞しており、本編を見ればそれも大いに納得できることでしょう。
大規模なVFXが使われているだけでなく、実際の巨大なセットも作られており、それは「俳優にとって現実の場所のように感じられるようにしたい」という意図もあったそうで、900万本にもおよぶ本物のチューリップを植えたりもしたのですから驚きです(なお、撮影後にチューリップをはじめとする植物は地域に買い戻されたり、劇中の屋根の材料として再利用されたのだとか)。衣装を担当したポール・タゼウェルによると、自身の役割で重要だったのは「エルファバとグリンダという主役ふたりの相違を、衣装を通して描くこと」だったそうです。
実際に、その2人の対照的な性格、あるいは価値観を覆す旅路や、深い絆までもが衣装に反映されています。「エルファバの服は暗くてザラついていて、質素で硬派で角張っており堅苦しくてキリッとした個性」を、グリンダの服は「明るくて艶めくデザインで洗練された雰囲気」を示し、タゼウェルは「シルエットは似ていながら、細かいところでハッキリと枝分かれする」ことも意識していたのだとか。
他キャラクターの衣装にも言うまでもなく確かな意図とこだわりが込められており、それらを見るだけでも楽しめるでしょう。また、エルファバの妹の「ネッサローズ」は車椅子生活を送っているキャラクターで、彼女を演じているマリッサ・ボーディもまた11歳のときの交通事故をきっかけに、車椅子ユーザーになった俳優です。
制作陣は彼女のために、セットだけでなく撮影現場全体のバリアフリー化に取り組み、常識を塗り替えようと決意。障がいコーディネーターとして車椅子を長年使用しているシャンテル・ナサリも起用し、彼女は制作過程のあらゆる局面で意見を伝えるという重要な役割を担いながら、ボーディ専用の控え室に使う最新式トレイラーハウスの特注に貢献したのだとか。このように美術や衣装に最大限の労力をかけ工夫がされていることはもちろん、制作過程そのものが誠実だからこそ、ここまで世界中から絶賛される大傑作が誕生したとも思えるのです。
これ以上は言うことはありません。世界最高峰のエンターテインメントを、映画館ですみずみまで堪能してほしいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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