国際テロ組織の元戦闘工作員主人公、世界九つの国・地域で訳されるベストセラーに

2025年3月10日(月)15時30分 読売新聞

『平和の国の島崎へ』(c)濱田轟天・瀬下猛/講談社

 現代の日本で暮らす元戦闘工作員を主人公にした『平和の国の島崎へ』((はま)()(ごう)(てん)・原作、瀬下猛・漫画)が、国内外で話題を呼んでいる。講談社の漫画誌「モーニング」で現在、連載中だ。原作の濱田轟天さん(48)=写真=は「主人公が暴力の連鎖から自由になるためもう一度生き直す姿を、見守りながら描いています」と語る。(高梨しのぶ)

組織抜け 喫茶店で働く日常

『平和の国の島崎へ』濱田轟天・原作/瀬下猛・漫画

 本作企画時には起きていなかった戦争が、実際に起きた。「日常は、戦場と地続きであると改めて感じるようになった」と語る。

 主人公の島崎真悟は、幼少期に国際テロ組織に拉致され、戦闘工作員となった経歴を持つ。物語は、組織を抜け、30年の時を経て日本に戻った、39歳の島崎の日々が描かれる。島崎は商店街の喫茶店で働いたり、漫画家の手伝いをしたりしながら、組織の追っ手を幾度も退け、他の仲間たちとともに暮らす。

読者引き込む絵

 クッキーにわずかに混じった火薬やガンオイルのにおいに気づき、水入りのコップがテーブルから落ちるのを、すかさず後ろ手でキャッチする。過去を語らない島崎は、日常生活でも普通の人とは反応が違う。周囲の人は気にかけながらも、彼の根底にある優しさや素直さ、ひたむきさに触れ、関係性が築かれていく。

 「身体性が宿った線」と濱田さんが評する瀬下さんの絵も、読者を引き込む。「銃器一つを描くにも、人が使う道具としての生々しさが漂う。人物の表情にも温かさや、省略の美があり、良い意味できれいすぎない絵。もう、島崎が(ひょう)()していると思えるほどですね」と、全幅の信頼を寄せる。濱田さんが原作を描いて瀬下さんに送り、瀬下さんが解釈を加えて、仕上げていくスタイルを取っている。

テーマは「回復」

 濱田さんは少年時代からアニメや映画が好きだった。それらの作品の多くに戦争が関わり、軍事や政治、経済、地理、食文化、宗教などへと興味が広がった。2000年にちばてつや賞(一般部門)に入賞し、職業漫画家を目指したが挫折した。様々な職業を経て、09年頃から漫画を発表し始め、本作が漫画原作デビューとなった。作品には、自身が親しんできたことがふんだんに盛り込まれている。

 根底を流れるテーマは「回復」だという。「人生という木の幹をねじ曲げられた人が、上へ伸びていこうとする、回復の過程を描きたい」と強調する。

 「誰しも傷ついた経験があると思います。戦場で心身ともに傷ついた島崎の回復には、他者が必要なんです。ダイアローグだけが、人間を前進させる。作品を通じ、僕も、読者と手紙のやりとりをするつもりで描いています」。特徴的なタイトルには、その「手紙」の意味合いを込めた。

 本作は、昨年12月に第8回さいとう・たかを賞に輝いたほか、宝島社の「このマンガがすごい!2024」オトコ編で5位にランクインした。累計発行部数は100万部を突破し、海外ではアメリカ、フランス、ドイツ、アルゼンチン、韓国など九つの国や地域で翻訳出版されている。2月下旬には、最新8巻が刊行された。

 各話の終わりは、毎回のように<島崎が戦場に復帰するまで>あと何日、と不穏なカウントダウンがつけられる。

 「ルートは現状、複数ありますが、向かう結末は決まっている」

 きっぱりと、明かした。

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