倉本聰×江原啓之「樹齢50年の木が390円で売られている。自然を蔑ろにして進化を騒ぎ立てる風潮や社会への憤りが作品の原動力」

2025年3月18日(火)11時0分 婦人公論.jp


脚本家・演出家の倉本聰さん(左)と、スピリチュアリストでオペラ歌手の江原啓之さん。富良野の倉本さんのアトリエで(撮影:本社・武田裕介)

北海道・富良野の大自然の中に暮らす倉本聰さんを、江原啓之さんが訪ねました。倉本さん原作の『ニングル』がオペラ化され、江原さんがその舞台に演者として立ったことがご縁なのだとか。作品に込められた「真の豊かさとは何か」について、語り合います
(構成:丸山あかね 撮影:本社・武田裕介)

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作品作りの原動力は社会に対する怒り


江原 今朝、ホテルの窓からキタキツネを見ました。畑の中ではなく歩道を走っていたので、律儀だなと思わず笑ってしまったのですけれど。

倉本 彼らはルールを守るんですよ。

江原 ワハハ。それにしても、富良野はいつ来てもいいところですね。こちらへ拠点を移されて何年になりますか?

倉本 1977年からだから、50年近くになります。気づけば、僕は90歳ですよ。手は震えるし、脚も弱りましたが、首から上はしっかりしているので助かっています。頭がボケなけりゃ、創作活動は続けられるのでね。

江原 倉本先生の仕事の原動力とは何ですか?

倉本 一言で言えば「怒り」だと思います。社会や政治に対する憤り。もっと言えば、自然をないがしろにして、進化、進化と騒ぎ立てる風潮に怒りを覚えるんです。

江原 もう少し具体的に伺ってもいいでしょうか。

倉本 たとえば……。このあたりの樹齢50年と思しき樹木が、一本いくらで製材所と取り引きされていると思いますか?

江原 うーん。数万円といったところでしょうか?

倉本 いいえ、390円だって言うんです。

江原 えーっ!

倉本 チップや合板に使用されると言うけれど、木だって生きているわけでしょう? しかも生態系という秩序を保ちながら営みを続けているのです。なのに、人間は身勝手すぎますよ。

江原 最近、熊が山から下りてきて人家を襲うことが増えていますが、なぜ山から下りてきたのか? が問題で。人間が自分たちの行いをかえりみない限り、解決にはいきつけません。

倉本 僕は森の中で熊に遭遇したことがあるのですが、気づかぬふりをしていました。ヤクザと一緒で、意識すると絡まれますから(笑)。すると、しばらくウロウロしていて、静々と森の奥へ帰っていきましたよ。

江原 怖い思いをされましたね。

倉本 怖くはなかったです。家の中から毎日のように野生の動物を眺めていますが、熊だって狐だって純粋で優しい「いい目」をしていますよ。昔は人間も同じような目をしていたんじゃないですかねぇ。


「目には見えない存在の力に動かされているのだろうという感覚はありますね」(倉本さん)

見えない存在に動かされて


江原 ドラマ『北の国から』も、ピュアな心を取り戻してほしいという視点で描かれたのですね。

倉本 あれは、都会から電気も水道もない世界へ放り出された子どもたちがいたら、何を感じ、どう成長していくのだろうと思ったことがきっかけで手がけたドラマでした。

放送が始まったのは日本がバブルに沸く少し前でしたが、すでに日本中の誰もが文明の進化に触れて高揚していた。僕は得体の知れない危機感を覚えていたんですよ。

江原 先生は予言者であるとともに、スピリチュアリストであると思えます。私が先生の作品に強く惹かれるのは、その息吹を感じるからなのです。

倉本 自分では意識していません。ただ、目には見えない存在の力に動かされているのだろうという感覚はありますね。

江原 昨年オペラ化された倉本先生原作の『ニングル』は、まさにスピリチュアルな作品です。


日本オペラ協会公演『ニングル』で、カムイを演じる江原さん(c)公益財団法人日本オペラ振興会

倉本 まずはオペラ公演の成功、おめでとうございます。江原さんは原作にはないカムイ(神)の役を演じられたのだとか。

江原 血まみれになって、アリアを歌わせていただきました。

倉本 観たかったのですが、都合が合わなくて失礼しました。

江原 やはり先生の作品は奥深く、観客の心を揺さぶりますね。スタンディングオベーションが10分間も続きました。今年の9月に、東京での再演が決まりまして、全国公演も計画中です。

倉本 実のところ、僕はオペラ化の話を受けて、オペラ協会の人たちは無謀なことをなさると、ビックリしました。

江原 無謀というのは?

倉本 だってお金がかかるじゃないですか。小説『ニングル』を発表して、富良野塾で舞台公演をするまでに3年くらいかかったんですよ。金をかけずに演出するためには、さまざまな工夫が必要だったものでね。

オペラは豊かさの塊


江原 たとえば森をどう演出するか、といったことですね。

倉本 山って3種類あるんです。我々人間が訪れる「里山」、猟師など限られた人しか入れない「奥山」、そして神の領域である「嶽(だけ)」。海外でも「ウッズ」「フォレスト」「テリトリー・オブ・ゴッド」と分類されています。

江原 『ニングル』の舞台は、奥山と嶽の間でしょうか。

倉本 ええ。カナダのハイッダグワイという島の深い森へ行った時に、サルオガセという地衣類の植物が、馬の尻尾のような形状で木から大量に垂れ下がっていたのが印象的でした。

それを参考に舞台上でどう演出しようかと考えていたところ、岩国を訪れた折、繊維工場で裁断されて糸のほつれた布が大量に捨てられているのを見つけて、コレだと。思わず「くれませんか」と頼みましたよ。

その点、オペラは贅沢で、舞台装置も衣装も豪華だし。演者のほかにオーケストラがいるのでしょう?

江原 はい。東京フィルハーモニー交響楽団の方々によるフルオーケストラでした。

倉本 何人くらいで編成されているんですか?

江原 60人ほどでしょうか。そのほかに、合唱の人が20人くらい、場面を盛り上げるためのダンサーもいます。

倉本 はぁー。こんなこと言っちゃ悪いけど、無駄じゃないですか? 僕はオペラの芸術性を否定しているのではありません。ただ、オペラって豊かさの塊だという気がするんです。

江原 何やら耳の痛い展開になってきましたけれど……。

倉本 いやいや、オペラにかかる金の10分の1でもいいから、うちの貧乏劇団に回してもらえたら、という話で(笑)。僕は音楽が大好きなんです。

江原 舞台でも歌を効果的に使っておられますよね。

倉本 ええ。車での移動中も音楽をかけています。中島みゆきとか長渕剛とか。僕はハモりができるという特技があって、うまくいくと快感でね。音楽を作った人は偉大だと思うわけです。

原点は動物の鳴き声、あるいは木々のざわめきでしょう。音楽が進化してオペラという芸術が生まれたというところまでは理解しているのですが、オペラってよくわかんないんですよ。セリフでいいじゃないか。なんで歌うのかなって。

江原 そんな身も蓋もないことを言わないでください。(笑)

倉本 ごめんなさい。デリカシーのないことを言ってしまいましたが、どんな表現方法であっても、観た人に大切なことが伝わればいいのだと思ったから、オペラ化に同意したんです。

<後編につづく>

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