三、四日前に開けた牛乳パックを「ノーン!」と叔母に取り上げられ…<貯蔵室はいっぱいでも冷蔵庫はがらがら>なフランス人の秘密

2024年3月28日(木)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

外務省発表の『海外在留邦人数調査統計』(令和4年度)によれば、フランスには36,104人もの日本人が暮らしているそう。一方、40代半ばを過ぎて、パリ郊外に住む叔母ロズリーヌの家に居候することになったのが小説家・中島たい子さんです。毛玉のついたセーターでもおしゃれで、週に一度の掃除でも居心地のいい部屋、手間をかけないのに美味しい料理……。 とても自由で等身大の“フランス人”である叔母と暮らして見えてきたものとは?

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どのように旬の素材を使うのか見ておかなきゃと


私が部屋を借りているところの隣りは農家で(一応、東京です)、畑で穫れたものを「無人販売」している。

新鮮な野菜が買えて嬉しいが、けっこうチャレンジャーな人が野菜を作っているようで、こんなの作ってみました、とばかりに珍しい野菜もときどき並んでいて驚く。生では食べられません、と注意書きしてあるイタリアのトマトや、普通の店では見ないルバーブなども季節になると置かれ、こちらも馴染みない食材にチャレンジして、食卓が豊かになった。

畑の向かい側にはアメリカンスクールがあり、子供を送迎する欧米人のお母さんたちも、こんなところにルバーブが! と彼女らにとっては馴染みある食材を嬉しそうに買っていく。フキとよく似ているそれは、同じように繊維質で、赤みがかっていて、中には真っ赤なものもある。味はイチゴに似ていて、ジャムなどにすると酸味が爽やかでとても美味しい。

叔母のロズリーヌも私が滞在中にルバーブでデザートを作ってくれた。

本場のそれは、太くて、味が濃く、清涼感のある日本のものとは別物と思えるぐらいだけれど、旬を楽しむ素材であることは間違いないようだった。隣りの「無人販売」のおかげで、季節の作物を以前よりも知るようになったからこそ、ハーベスト(収穫)を楽しむということでは筋金入りのフランスのキッチンで、叔母がどのように旬の素材を使うか、これは見ておかなきゃと思うようにもなった。

「ノーン!」


叔母の家の冷蔵庫の中は風通しがいい。そもそも、なぜものをあまりそこに入れないのかといえば、基本的にフランス人は古いものを食べないからでは? と私は見ていて感じた。

たとえばこんなことがあった。滞在中、叔父夫婦にモン・サン=ミッシェルまで連れて行ってもらった。一泊二日で観光を終えて、叔父の家にもどってきた私は、小腹が空いたのでキッチンに行って冷蔵庫から牛乳パックを出して飲んでいた。すると、

「ノーン!」

叔母がすごい勢いで飛んできて、そんな古いものを飲んではダメです! と取り上げられた。

「もう飲んじゃった」と言うと、大丈夫か? と毒でも飲んだように私の顔をまじまじと見つめる。三、四日前に開封したものだから、問題ないと思うのだが。

その叔母の反応から、フランスって酪農王国なんだなぁ、とも思った。言うまでもなく、チーズやクリームなどの乳製品が豊富にある国で、新鮮なものを食べることにこだわるようだ(チーズは長く寝かすものもあるけど、それも食べごろに大変こだわる)。

生ものは美味しいうちに食べるというのが基本


野菜に関しても、叔母が庭で作っている、穫れたて、食べごろの野菜が優先的に食卓に出される。新鮮であること、美味しいときにいただくことが、なによりのごちそう、というのが伝わってくる。

はんぱに古いものは食べないから、おかずをタッパーに作り置き、というのは見なかったし、冷蔵庫には乳製品と、開封したピクルスのビンと、自家製ドレッシングぐらいしか入っていない。

もちろん買い置きしてある食料がないわけではなくて、むしろそれは日本人の家よりもある。

ガレージのよこには、欧米ならではの食料貯蔵室(パントリー)という小部屋があり、長期保存が可能な食料品はそこにストックされている。豆、穀物、ドライフルーツ、菓子、調味料、ビン詰、缶詰、そしてワイン。小さな棺桶ぐらいある冷凍庫もあって、凶器になりそうな肉の塊も入っている。

週末に人が来るときにはそれを前日から解凍して、一気に料理して、食べてしまう。

貯蔵室は食料でいっぱいだけれど、日々使う冷蔵庫はがらがらというのが面白い。貯蔵できない生ものは、美味しいうちに食べるというのが基本なのだろう。

バターを冷蔵庫に入れるとまずくなる?


私も独り暮らしを始めた頃、冷蔵庫が壊れてしまって、しばらくそれなしで生活したことがある。肉、魚、野菜などは食べるぶんだけ買ってきて、新鮮なうちに食べてしまうというのは、食卓がシンプルになるけれど、案外悪くなかった。


「うちの田舎じゃ、バターは冷蔵庫に入れない。まずくなるから」(写真提供:Photo AC)

でも、大好きなある食材を保存するためには、やっぱり冷蔵庫は必要だなと思っていたが、その概念すらもフランスで覆されてしまった。ソフィーの家に滞在していたとき、彼女の夫ニコラ(彼は生粋のフランス人)が私たちに語った衝撃の事実。

「うちの田舎じゃ、バターは冷蔵庫に入れない。まずくなるから」

そうなの!?

さすがに私もこれには驚いた。バター大好きでも、室温のまま置いといた方が美味しいだなんて、知らなかった。でもソフィーは、

「それは、あなたの田舎だけ」

と冷ややかに返していたから、現代のフランスでは、もはや古き慣習なのかもしれない。とはいえニコラの実家も、できたてのフレッシュなバターがすぐ手に入る環境にあるんだな、とうらやましく思った(そして寒い地方だと思う)。

※本稿は、『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』(幻冬舎文庫)の一部を再編集したものです。

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