黒柳徹子「1日分の食べものは15つぶの大豆だけ」。空腹と悲しみの中、避難した防空壕でトットが考えていたこと

2024年4月18日(木)12時30分 婦人公論.jp


刊行記念会見での黒柳徹子さん(写真提供:講談社)

国内で800万部、全世界で2500万部を突破したベストセラー書籍『窓ぎわのトットちゃん』。実に42年ぶりに続編『続 窓ぎわのトットちゃん』が発売され、今話題となっています。今回この本から、「トットちゃん」こと著者の黒柳徹子さんが「戦争中の東京の冬」について記したエピソードを紹介します。

* * * * * * *

15つぶの大豆


戦争中の東京の冬は、いまよりもずっと寒かったと思う。

「寒いし、眠(ねむ)いし、おなかがすいた」

トモエ学園の行き帰り、トットたちはみんなでそう言いながら歩いていた。簡単な曲をつけて、自分たちのテーマソングみたいに歌うこともあった。

お米の配給制が始まったのは太平洋戦争が始まる前だったけど、しばらくすると、食べもの屋さんはどんどん閉まっていったし、戦争が長引くにつれて、サツマイモ、大豆、トウモロコシ、コーリャンなどが「代用食」として配給されるようになった。

毎日のお弁当が白いごはんから大豆に代わったときは、それはもう空腹に苦しめられた。

運動会のお弁当から、白いごはんがいっせいに消えてしまったときも、「去年の運動会のお弁当は、ママが作ってくれたあまいおいなりさんだったなあ」と思い返して、トットはとても悲しかった。

ある寒い朝、学校に出かけるときにママから、フライパンで炒(い)った大豆が15つぶ入っている封筒(ふうとう)を渡(わた)された。

「いいこと、これが徹子(てつこ)さんの今日1日分の食べものよ」

ママはトットの手に封筒を置いた。

「急いでぜんぶ食べちゃったらダメよ。帰ってきてもなにも食べるものがないから、いつ、何つぶ食べるかは自分で塩梅(あんばい)してね」

そうか。今日からお弁当はお豆だけなんだ。おなかがすいても、いっぺんに食べちゃいけないんだ。

「食べたら、お水をいっぱい飲むのよ。そうすれば、おなかがふくれるから」

ママは、何度もトットに念を押(お)した。

あっという間に消えてしまった


「15つぶかあ。じゃあ朝は3つぶにしよう」

そう決心して、学校に行く途中(とちゅう)にまず1つぶ食べた。

「ボリボリボリ」

奥歯(おくば)でかんでいると、1つぶめの大豆はあっという間に口の中から消えてしまった。それで2つぶめ。

「ボリボリボリ」

これもあっという間。気づいたら、もう1つぶ。

「あーあ。もう3つぶも食べちゃった」

学校に着いたトットは、ママに言われたとおりお水をたくさん飲んだ。

「さっき食べた大豆が、おなかの中で水をいっぱい吸ってふくらむんだわ」

トットは、おなかの中の様子を想像した。

「残りは12つぶかあ」

トットは、大豆の入った封筒をズボンのポケットにしまった。

空襲


授業を受けていると、お昼ごろに空襲(くうしゅう)警報のサイレンが鳴った。トットたちは、校庭のすみっこにある防空壕(ぼうくうごう)に避難(ひなん)した。

防空壕の入り口を閉めると、中はまっ暗になってしまう。最初のうちは体を丸めて息をひそめていたけど、なにもすることがないから、小さな声でお話をして時間をつぶした。

「アイスクリームを食べたことがある」とだれかが言って、トットも「私も」と言った。

なかなか警報解除のサイレンが鳴ってくれない。まっ暗な防空壕の中では、どうしても大豆のことを考えてしまう。

トットは我慢(がまん)ができなくなって、ポケットから封筒を取り出すと、一気に2つぶ、落とさないように注意しながら口にねじこんだ。

「ボリ、ボリボリ」

いますぐに、残りぜんぶを食べたくなった。でも、もしいまこれを食べてしまったら、家に帰ってから、なにも食べるものがなくなってしまう。

「がまん、がまん……」

そう思いながら、トットは考えた。


(写真提供:Photo AC)

「私はいま、大豆を10つぶ持っている。ひょっとしたら、もうすぐ、この防空壕に爆弾(ばくだん)が落ちて、みんな死んでしまうかもしれない。だったら、いま食べたほうがいいかもしれない」

「でも、防空壕には爆弾が落ちなくても、家が空襲で焼けてしまって、帰ったらパパもママも死んでしまっているかもしれない。そうなったらどうしよう。やっぱり残りの10つぶは、いまのうちに食べてしまったほうがいいのかなあ」

ぐるぐる、ぐるぐる、いろんなことを考えていると、トットは悲しくなってきた。

「家が焼けていないといいけど」

そう思いながら2つぶ食べた。

夢の献立


しばらくすると、「空襲警報解除」を知らせる声が聞こえてきて、トットたちはやっとのことで、防空壕から出ることができた。

「今日はもうこれで終わりです。帰っていいです」

先生にそう言われたけど、家が近づくにつれて焼けていないかが心配になってきた。でも、朝、出たときのままの家が見えてきて、ひと安心。

「ああ、よかった。家は燃えていないし、ママたちは生きている。それに、大豆もまだ8つぶ残っている」

トットは、ほっと胸をなでおろした。

おなかがすきすぎて眠れないときは、夢の献立(こんだて)を絵に描(か)いて遊んだ。

この遊びはママが発明したもので、食べたいごちそうの絵を描いて、「いただきます」「もぐもぐ」「おかわり」なんて言いながら、食べるマネをする。あまい卵焼きや焼いたお肉の絵を描いて、「もぐもぐ」をくり返していた。

配給は海藻麺(かいそうめん)とかいうものになってきた。

海辺に打ち上げられた厚い昆布(こんぶ)を粉にして、こんにゃくを、うどんのように長く伸(の)ばしたものに混ぜこんだのが海藻麺だ。

なんか、カエルの卵みたいでやだったけど、仕方がない。もう調味料もなくなってきていたので、ただお湯でゆでて、カエルの卵をズルズルとすするのだった。

※本稿は、『続 窓ぎわのトットちゃん』(講談社)の一部を再編集したものです。

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