「父親は自殺だった」作品にも影響が…楳図かずおが亡くなる直前に初めて語った“両親の記憶”
2025年4月22日(火)12時0分 文春オンライン

楳図かずおは昨年88歳で亡くなった。
手塚治虫をお手本として東京・豊島区のトキワ荘に集い、日本マンガの黄金時代を築いた藤子不二雄の二人、石ノ森章太郎、赤塚不二夫らとほぼ同世代である。
だが、楳図は、手塚直系のヒューマニズムにあふれるトキワ荘のマンガ家たちとは、まったく違った世界を作りあげた。独力でホラーマンガのジャンルを開拓し、恐怖という要素をテコにして、人間性の奥にひそむ深く暗い衝動を描きだした。その意味で、手塚の対極に位置する、日本マンガの異端の巨匠なのである。
赤と白のボーダー柄のシャツを好んで着用し、自身がデザインした奇妙奇天烈な洋館にたった一人で住み、指で「グワシ!」という変なポーズをとる奇人としても知られる。だが、本当の姿はよく分からない。
本書『わたしは楳図かずお』は、その未知の人間像に光を当てる。これは楳図が死の2年前から亡くなる直前にかけて、自分の人生とマンガについて率直に語りとおした自伝なのである。これほど一貫して、正直な楳図の肉声が聞ける書物はほかに存在しない。
マンガファンにとって必読の本だが、マンガという職業に文字どおり命をかけた一人の日本人の記録としても抜群の面白さだ。そして、人間というものの不思議さと、その可能性の大きさに感動させられる。
楳図の恐怖マンガの出世作は、へび女が登場する「口が耳までさける時」だ。これは、彼が育った奈良県の村の伝説から来ている。幼い楳図は父から、へび女の伝説を子守歌がわりに語り聞かされたという。
しかし、本書で楳図は、このへび女が大好きな母の正体の分からなさから生まれたと語っている。こうして、楳図の恐怖マンガにへび女が頻出すること、そして、母親がつねに恐るべき存在であることの秘密が明かされてくる。
父親に関しても、本書では自殺だったと初めて断言している。このあたりの潔さには、どこか死を控えた遺書のような趣もある。
楳図マンガが単なるホラーをこえて、哲学的な深みをたたえるようになったのは、『漂流教室』や『わたしは真悟』といった人類の滅亡を題材にした長編SF作品によってである。
楳図は、これらのマンガの根底にあるテーマを「逆進化」と呼んでいる。あまりに進化しすぎた人間は、恐竜のように滅びるほかない。だが、高度な物質文明から退化することで、逆に、生命本来の力強さを回復できるのではないか。人間にとって、そのような生命のありかたは、子供のなかに見出すことができる、と。
だから、『漂流教室』は、親たちに別れを告げて夜空を駆ける子供たちの姿で終わったのかもしれない。
興味津々のエピソードがたっぷり盛りこまれたなかに、ときおり知恵の言葉が光って、読む者をはっとさせるのである。
うめずかずお/1936年、和歌山県生まれ。55年『森の兄妹』でマンガ家デビュー。『漂流教室』などで小学館漫画賞、『わたしは真悟』で仏アングレーム国際漫画祭遺産賞を受賞。他の代表作に『おろち』『洗礼』『まことちゃん』など。
ちゅうじょうしょうへい/1954年、神奈川県生まれ。フランス文学者。映画、マンガなどの分野でも執筆。著書に『カミュ伝』等。
(中条 省平/週刊文春 2025年4月24日号)