月9最多主演女優・中山美穂さんの『すてきな片想い』はなぜ名作の中でも「ドラマ最高傑作」と言われるのか
2025年4月30日(水)11時0分 マイナビニュース
●「お別れの会」から出演作を見ようとする動き
22日、昨年12月に亡くなった中山美穂さんの「お別れの会」が東京国際フォーラムで行われ、関係者ら約800人、ファン約1万人が参加した。
喪主を務めた妹・中山忍のコメントや小泉今日子の弔辞が涙を誘った一方、ファンの間で見られたのは「中山さんの作品を見よう」という動き。映画では4Kリマスター版が公開中の1995年公開『Love Letter』があがっているが、ドラマでは1990年放送の『すてきな片想い』(フジテレビ系、FODで配信中)をあげる声が目立つ。
デビュー作の『毎度おさわがせします』(TBS系)から、中山美穂役を演じた『ママはアイドル』(同)、月9デビュー作『君の瞳に恋してる!』(フジ系)、織田裕二とのラブストーリー『卒業』(TBS系)、遠距離恋愛がテーマの『逢いたい時にあなたはいない…』(フジ系)、シングルマザー役に挑んだ『For You』(同)、木村拓哉とのダブル主演『眠れる森』(同)など名作ぞろいの中、なぜ『すてきな片想い』が支持を集めるのか。
ドラマ解説者の木村隆志が改めてその魅力を掘り下げていく。
○恋愛ドラマ全盛期でも際立つ純度
『すてきな片想い』は中山さんのファンのみならず、往年の月9視聴者からも評判がいい。
1987年のスタートから90年代前半にかけて、月9では『君の瞳をタイホする!』『君が嘘をついた』『君の瞳に恋してる!』『同・級・生』『世界で一番君が好き!』『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』『逢いたい時にあなたはいない…』『あすなろ白書』『君といた夏』など恋愛ドラマのヒット作が量産された。
中でも飛びきりピュアな恋模様が描かれたのが『すてきな片想い』。ひたすら一人の男性を想い続けるヒロインの純愛が今なお支持を集める理由だろう。今春は初対面の男女が夫婦生活を始める『波うららかに、めおと日和』(フジ系)の評判が高いが、35年前も今も純愛ドラマの希少価値は高いということかもしれない。
物語は、海苔問屋に勤める地味で恋に奥手なOL・与田圭子(中山美穂)が、スカートのファスナーが開いている姿や転んで生理用品をぶちまけたところを野茂俊平(柳葉敏郎)に見られてしまうシーンからスタート。
ある日、圭子は同僚・仁科友美(和久井映見)から紹介された男性に思い切って電話をかけてみると、意外にも意気投合して会うことになった。しかし、待ち合わせ場所に現れたのは失態を見られた野茂で、圭子は恥ずかしさのあまり逃げ帰ってしまう。さらに圭子は野茂との電話中、とっさに自分の名前を「林なな(※本棚の林真理子と吉本ばななの名前を見て)と偽名を名乗ってしまった。
その後、電話に加えて会う機会ができたことで野茂への想いは深まっていくが、親友・落合妙子(相原勇)に彼への恋を宣言されて言い出せなくなる。そんな彼女の周辺では、野茂の親友・潮崎豊(石黒賢)、高校の同級生・瀬戸哲雄(東幹久)、同僚・仁科友美も含め、片想いが交錯していく……。
●「歴代最遅ペース」の恋愛模様
『すてきな片想い』は翌91年放送の『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』と合わせて月9の“純愛三部作”とされた。視聴率や社会的な反響では2作に及ばない一方で、恋の純度では大きく上回り、それが現在までの支持につながっている。
恥ずかしすぎる出会いと偽名を使ってしまったことに加えて、平和主義で受け身な圭子の性格もあって、ラブストーリーの進展としてはドラマ史に残る最遅ペース。想いを伝えることすらままならず、彼への気持ちが増していき……そんな圭子を見守る視聴者はやきもきしながら、最終話のハッピーエンドだけをひたすら待ち続けた。
散々やきもきさせられ、待たされたからこそ、クライマックスのカタルシスは月9史上トップクラスと言っていいだろう。それは令和における配信での一気見でも変わらないはずだ。
そんな恋愛ドラマ史上、最遅ペースでも飽きさせずに全10話を楽しませた立役者は、脚本を手がけた野島伸司。圭子は「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」の徳川家康タイプ、仁美は「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」の織田信長タイプ、妙子は「泣かぬなら泣かせてみようホトトギス」の豊臣秀吉タイプと三者三様に分け、これをセリフとして使いながら物語を進めていくなどのうまさが随所に光った。
当時、野島は『君が嘘をついた』『愛しあってるかい!』に続く連ドラ3作目の若手脚本家であり、翌年の『101回目のプロポーズ』まではピュアな世界観を作り上げていた。以降、物議を醸す過激な展開のドラマを連発しただけに意外かもしれないが、表現方法の違いこそあれ野島の真骨頂は当作のようなピュアな世界観だろう。
圭子は21歳の設定だったが、当時中山さんも早生まれの20歳であり、同学年のOLを演じたことになる。すでにトップ女優で“美人”の代名詞的な存在であり、ドジで地味なOLを演じることへの反発もありそうなものだが、世の女性たちは自分に置き換えて圭子の恋を応援していた。その後、中山さんは月9の女優最多主演記録を作るが、すでに類い希な主演女優だった様子がうかがえる。
○平成初期を感じられる数々の仕掛け
最後に平成初期の連ドラならではのポイントをいくつかあげておこう。
主題歌は中山さん自身の「愛してるっていわない!」だった。80年代の連ドラは女性アイドルによる主演+主題歌が多かったが、90年代に入るとそれがほぼ消滅。90年代はアーティストセールス全盛の時期であり、連ドラでは洋楽の主題歌も増えていた。それでも中山さんと「お別れの会」で弔辞を務めた小泉今日子は例外だっただけに、当作を見れば当時のムードが感じられるだろう。
そして当作を語る上でもう1つ忘れてはいけないのは、登場人物の名前。与田圭子、野茂俊平、潮崎豊、佐々岡ケン(中野英雄)の苗字は、同年のプロ野球新人投手から名付けられ、その他でも落合、秋山などがいた。当時のプロ野球人気を象徴するプロデュースであり、「スポーツニュースですらメジャーばかりで国内なし」が多い現在とは隔世の感がある。
さらに、撮影に全面協力した京王線の電車や、スポンサーであるトヨタの新車が次々に登場するなど、平成初期の乗り物を楽しむのもいいだろう。
40代以上にとっては見れば当時の恋を思い出すような作品であり、若年層にとっては現在の恋愛ドラマにはないもどかしさやいじらしさを新鮮に感じるのではないか。
日本では地上波だけで季節ごとに約40作、衛星波や配信を含めると年間200作前後のドラマが制作されている。それだけに「あまり見られていないけど面白い」という作品は多い。また、動画配信サービスの発達で増え続けるアーカイブを見るハードルは下がっている。「令和の今ならこんな見方ができる」「現在の季節や世相にフィットする」というおすすめの過去作をドラマ解説者・木村隆志が随時紹介していく。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら