本郷和人『光る君へ』藤原のトップたちが「関白」の職をめぐって争うのも仕方ない!? その役割は<天皇の補佐>どころか…
2024年5月14日(火)12時30分 婦人公論.jp
関白をめぐっていざこざが続く『光る君へ』ですがーー。写真は豊臣秀吉の跡を継いで関白に就任した秀次の像(写真提供:Photo AC)
大石静さんが脚本を手掛け、『源氏物語』の作者・紫式部(演:吉高由里子さん)の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』(総合、日曜午後8時ほか)。第十九話は「放たれた矢」。道長(柄本佑さん)が右大臣に任命され公卿の頂点に。これを境に先を越された伊周(三浦翔平さん)との軋れきが高まって——といった話が展開しました。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生が気になるあのシーンをプレイバック、解説するのが本連載。今回は「関白」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!
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関白をめぐって
ドラマ内にて道隆・道兼兄弟が疫病で相次いで死んだことで、空いた関白の職。
いろいろあって、一条天皇は道長に関白の職を与えることを決意しましたが、道長側が「関白になると自由に動けなくなる」と断ってしまいました。
ききょうからは「人気も無い上、権勢欲もなさそうだし、道長様が関白になるのは無理」とまで言われる始末ですが、はたして…
そうしたドラマの展開を踏まえて今回は、そもそも関白とはどういうもので、朝廷において、どのように意思の決定が行われるかについて、説明しましょう。
朝廷の意思とはつまり<天皇の意思>
まず、もっとも重要なことですが、朝廷の意思とは、朝廷のトップに立つ<天皇の意思>に他なりません。
本郷和人先生が監修を務める大人気の平安クライム・サスペンス!『応天の門』(作:灰原薬/新潮社)
では天皇はどのようなときに意思を表明するのかというと…。
自発ではなく、受け身。
自ら社会の問題点を探すことはせず、誰かが天皇の判断を求めたときにのみ、それに応えるかたちで決定を下すのです。
天皇の意思は、側近くに仕える<蔵人>へ伝達されます。
蔵人は蔵人所を形成する実務官。2人の蔵人頭がリーダーで、部下には五位の蔵人や六位の蔵人などがいます。政務に携わるのは、蔵人頭と五位の蔵人です。
かれらは天皇の意思を<上卿>に伝えます。
上卿は「しょうけい」と読む。大臣、大納言、中納言、参議から成る上級貴族のうち、1人がその一件を担当して、上卿を務めます。大臣、大納言、中納言、参議は全部で30名とか40名の規模です。現在の大臣にあたるとイメージして下さい。
天皇の意思は弁官に示され、文書に
大臣は総理を中心とする閣議を催すわけですが、上級貴族たちも合議を行います。それを「陣の議」とか「陣の定」、「仗の儀」などと呼びます。
上卿は天皇の意思をさらに<弁官>へ示します。
弁官は史もしくは外記と諮って、これを文書にします。こうして記され、関係者に下される文書が「官宣旨」。これが朝廷の正式な政務の文書です。
形式は官宣旨と同一で、「太政官印」などの判を押した「太政官符」というものもあり、これが朝廷でもっとも格が上なのですが、判を押すときに煩瑣な手続きが必要なため、次第に作成されなくなりました。
とにかく「平安時代では太政官符は例外的なもので、官宣旨が正規な文書」という理解で大丈夫です。
蔵人と弁官は「実務にあたる貴族」
さて、先ほど述べた蔵人のうち、五位の蔵人は、経験を積むと弁官に昇進します。
弁官は左と右、大中少があり、定員各1。一番上位が左大弁。下位が右少弁。予備がひとり設けられましたので、全部で7人。このうち、中弁か大弁の有能な者は、蔵人頭になります。
ですから、蔵人と弁官は「実務にあたる貴族」として一括りにすることができますね。ぼくは彼らを「中級実務貴族」と呼んでいます。
これに対して上卿になる人たちは、既に述べたように重要な会議に出席して議論をする「上級貴族」です。
彼らは現在の閣僚たち、と形容しましたが、要するに政治家です。それから、官宣旨の作成に携わる史や外記ですが、彼らは貴族ではあるのですが、官位は六位止まり。五位には昇進できません。それで、官僚のような役割を果たす彼らを、ぼくは「下級官人」と呼んでいます。
「関白は天皇の補佐役である」という理解は正確ではない
官宣旨の文末には必ず以下のような文言が記されます。
「A宣す、勅をうけたまわるに『なになに』てえれば、だれだれ宜しく承知し、宣によりてこれを行え」。
Aは上卿です(たとえば大納言藤原朝臣公任、とか)。勅は天皇の意思を意味する言葉で、ごく簡潔に示される。「なになに」がその中身(たとえば「請いによれ」とか「誰々に意見を聞け」とか)。だれだれ、はこの一件の当事者(たとえば東大寺、とか)もしくは管轄機関(たとえば信濃国、とか式部省とか)。
さて、ここまで読んでみて
「あれ? 藤原氏のトップたちが就任を熱望してきた“関白”はどこに?」
そんな疑問が生じたかもしれません。
先ほど、「勅」というのは天皇の意思を指し示す言葉だ、と申しました。ところが、関白が置かれて政務に携わるとき、「勅」は天皇ではなく、関白の判断なのです。
この点から指摘できることは、「関白は天皇の補佐役である」という理解は正確ではない、ということ。
天皇の大権を「関り白す、あずかりもうす」関白とは、実は天皇の代理として天皇の仕事を丸ごと担う、第二の天皇。これ以上なく大変な重職だったのです。
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