本郷和人『べらぼう』<7歳>から母親に売春を強いられ、成長後も<男女問わず>客をとっていた唐丸。あらためて当時の性事情に照らして考えてみると…
2025年5月19日(月)10時43分 婦人公論.jp
(写真:stock.adobe.com)
日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築き、時にお上に目を付けられても面白さを追求し続けた人物“蔦重”こと蔦屋重三郎の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合、日曜午後8時ほか)。ドラマが展開していく中、江戸時代の暮らしや社会について、あらためて関心が集まっています。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生がドラマをもとに深く解説するのが本連載。今回は「性事情」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!
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男女問わず客をとっていた唐丸
冒頭に「番組の一部に性の表現があります」という注意書きのテロップが流れた、5月11日放送・第18回「歌麿よ、見徳(みるがとく)は一炊夢(いっすいのゆめ)」。
実際、ドラマ内では「腎虚」となった朋誠堂喜三二の”ある部分”が大蛇になって暴れ、それを斬り落とされそうになる、という驚きの展開が。
また、長い時を経て蔦重と再会した唐丸でしたが、夜鷹だった母親から、唐丸自身も7歳を過ぎると体を売るように強いられ、今も男女問わず客をとっている様子が描かれるなど、確かにこれまで以上に性の話題に踏み込んだ回になっていました。
そこで今回は当時の性事情について少し考えてみたいと思います。
男性同士の恋愛について
キリスト教が男性同士の恋愛を禁止していることは有名ですし、イスラム教も表向きは不可であるとしています。
ではこれに対し、日本の仏教界においてどうだったか?
奨励はされてないものの、厳しく禁じられてはいませんでした。
そもそも僧侶になるには五戒といって、少なくとも五つの戒を守らねばなりりません。
1,不殺生戒(ふせっしょうかい) 生き物を故意に殺してはならない。
2,不偸盗戒(ふちゅうとうかい) 他人のものを盗んではいけない。
3,不邪淫戒(ふじゃいんかい) 不道徳な性行為を行ってはならない。
4,不妄語戒(ふもうごかい) 嘘をついてはいけない。
5,不飲酒戒(ふおんじゅかい) 酒類を飲んではならない。
このうち3は、日本では、女性との性行為の禁止であると認識されていて、それは仏教伝来以降、しっかりと守られていました。
もちろん例外はありますが、だからこそ、肉食妻帯を許容する親鸞の登場がセンセーショナルだったわけです。
稚児物語
でも性の衝動を抑えきることはなかなか難しい。
このとき僧侶たちが選択した方法のひとつが、同性愛でした。特に剃髪する以前のお稚児さんたちが、その対象になったのです。
たとえば南北朝時代に成立した『秋の夜の長物語 (あきのよのながものがたり)』では比叡山の僧・桂海が三井寺の稚児である梅若と恋仲になります。それが原因になって延暦寺と三井寺の争乱となり、梅若の父である左大臣の屋敷が焼失します。
傷心の梅若は入水し,桂海は仏道修行に励んで、人々に敬愛される瞻西(せんさい)上人になります。実は梅若は桂海を導く観音の化身であり、僧侶と児の恋の悲劇は、愛欲が苦悩を経て悟りに至るという、宗教的なテーマになったのでした。
室町時代にはこうした「稚児(ちご)物語」が多く作られていますが、ここでの稚児は、はかなげで美しいもの、守られるべき存在です。
『義経記』(室町時代に愛読された)に描かれた牛若丸と弁慶の主従の絆などにも、この関係は影響しているようにぼくは思います。
武士の社会では違った傾向も
一方、武士の社会には、また違った傾向が見られます。
たとえば江戸時代末期の鹿児島で書かれ、明治時代に盛んに読まれた「賤のおだまき」という作品があります。
時は慶長元年(1596年)、島津家の家老、平田増宗の息子の平田三五郎は、言い寄ってくる青年たちに囲まれていたところを、通りかかった吉田大蔵に救われます。互いに惹かれ合った二人は、やがて結ばれます。
ここで注目すべきは、結ばれた二人が義兄弟の契りを交わし、武道に精進することを誓い合うのです。
そして慶長四年(1599年)の庄内合戦(この戦いは史実として存在しました)に出陣した二人は天晴れ、討ち死にを遂げました。
つまり武士の同性愛は愛欲にとどまらず、立派な武士に成長するための手段でもあった。この点で、男性と男性の恋愛は「精神的な価値が高いもの」と賞賛されました。
以上、ドラマ内の唐丸の悲惨な経験とやや話が異なりますが、あらためて整理をすれば「日本において、男性同士の恋愛はごく普通に存在した」と言えるでしょう。
しかも肉体的な強者がか弱く美しい相手を守るスタイルであったり、精神的にも肉体的にも強い二人が契りを結んで切磋琢磨するスタイルであったりと、複数のバリエーションがあり得たのです。
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