作詞家・松本隆氏が明かす“最大のライバル” 「ある時期から...」 今でも感じるプレッシャー「常にある」

2025年5月22日(木)22時53分 スポーツニッポン

 作詞家の松本隆氏(75)が22日放送のBS日テレ「作詞家・松本隆ことばの冒険〜A面だけじゃ語れない〜」で、“最大のライバル”について語る場面があった。

 1975年の太田裕美「木綿のハンカチーフ」を始め、作詞家として70〜80年代に数々のヒット曲を手掛け、81年の寺尾聰「ルビーの指環」は160万枚の大ヒットを記録。ほかにも大滝詠一さんのアルバム「ALONGVACATION」や松田聖子「風立ちぬ」「赤いスイートピー」など多くの名曲を生み出し、一時代を築いた。

 「詞の総数が2100曲と言われているが大部分がその4〜5年、1979年から84年ぐらいの間の話だと思う」と多忙を極め、「疲れちゃった。もう無理。1回全て外して再構築しないと自分が壊れちゃうと思った」と一時仕事をセーブ。その間に日本の伝統芸能や西洋のオペラなど“古典”を見直して自らの栄養にしたという。

 第一線から距離を置いていた松本氏だったが、97年リリースのKinKiKidsのデビュー曲「硝子の少年」でヒットメーカーとして“復活”。「よく頼んでくるなと思った。こんなブランクのある人間に。まだ賞味期限があるのかなと思って詞を書いてみたら意外といいあがりで、まだまだ賞味期限がありそうだなって」と当時を振り返った。

 「硝子の少年」は「ルビーの指環」を超える大ヒットとなり、「あんな凄い売り上げは2度とないと思っていたら、休んだ挙句それを軽々と超えちゃったんで、ちょっとやる気が出た。もうちょっと行けるかなみたいな」と笑う。

 プレッシャーは「今でもある。常にある。どんな時も」と明かし、「自分はライバルですってみんな言うじゃない?そういうふうに言うスタイルだなと思ってたら、自分の身に降りかかってみるとマジで自分がライバル。他人なんかどうでもいい、他人に負けるとは思わないけど自分には負ける」と実感を語る。「だから『ロンバケ』作った時の松本隆に勝とうと思ったら本当に大変。ある時期から常に松本隆がライバル」とヒットメーカーだからこその名言を口にした。

スポーツニッポン

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