「物語の好みに、男も女もない」……漫画家のちばてつやさん、若き日に気づかされた
2025年5月23日(金)15時15分 読売新聞
岩佐譲撮影
『最後のひと葉』O・ヘンリー著/小川高義訳(新潮文庫) 649円
転校した東京の小学校では、漫画の大好きな同級生と大親友になった。歴史あるお寺の一人っ子で、一緒に同人誌も作った。母に燃やされてしまった小さな漫画本を思い出しながら、作品を描いた。「初めて描いた漫画でした」と懐かしむ。
読書も、変わらず好きだった。小学校には図書館があった。まだ豊かでない時代で「図書館といっても、広い場所じゃなくて、校長室のすぐ脇の部屋に小さな本棚があったという感じでしたね」。その中に『最後のひと葉』があった。病床のジョンジーは窓からレンガの壁を見て、壁をはうツタに残る葉に、自らを重ねる。<きょうには落ちるでしょうね。そのときに、あたしも死ぬわ>
幼い頃から「死」は身近だった。引き揚げ船の中で友人が息を引き取り、日本に帰ってからも、上野駅の地下道で亡くなる人を見かけた。「『人間ってすぐ死んじゃうんだな』『死ぬって何だろう』って、ずっと考えていました。人間って、気持ちの持ちようで、命が永らえたり、プツンと切れたりするんだなって、子供心に知った作品ですね」
本を一番読んだのは、小学校高学年から高校生のころだ。川端康成、三島由紀夫、志賀直哉、壺井栄、山本有三など、近代文学を中心にたくさん触れた。詩や映画、音楽にも親しんだ。「私が漫画家になるうえで、とても役に立った。感性が磨かれました」と断言する。
「児童漫画家募集」の広告をきっかけに、17歳で貸本向け単行本でデビュー。母も応援してくれるようになった。高校卒業後、雑誌デビューは、少女漫画でだった。少年漫画は、すでに人気作家で満員状態だった。
当時の少女漫画は、薄幸な主人公の悲しい話ばかり求められ、描いていてストレスがたまった。『ユカをよぶ海』(1959年)で、流行の逆をいった。
「何をされても、けなげに人を恨まず生きていくんじゃなくて、やられたらやり返すっていう、元気で活発な女の子を描いちゃった。すると、読者から『喜怒哀楽がはっきりしていて、ユカちゃん大好き』という手紙がたくさん来た。私は、読者から教えてもらったんです。物語の好みに、男も女もない」
活発な女の子を描き続けるうち、少年誌からも依頼され始めた。(高梨しのぶ)