「ハニーが僕の中に入っちゃった」夫婦間腎移植をした小錦八十吉さん・千絵さん夫妻の絆

2025年5月25日(日)11時0分 女性自身

「みなさん、メリークリスマス! おかげさまで嫁の腎臓をもらって、99.9歳まで、生きられることになりました」


2024年12月23日、聖誕祭の前々日に、サンタクロースの格好をした大男が記者会見を開いた。


場所は神奈川県の湘南鎌倉総合病院で、話すのは約3週間前の12月4日に夫婦間腎臓移植手術を行った小錦八十吉さん(61)だ。


いわずと知れた大相撲の元力士で、外国出身初の大関にのぼり詰めた昭和-平成のスーパースターである。


「6月から心臓と腎臓の状態が悪く、もう腎臓移植しかないと思っていたんです。でも僕がなかなか受け入れられなかったのは、嫁の腎臓をもらうということでした」


傍らで妻の千絵さん(49)は、少しの笑みを浮かべて、うなずきながら聞いている。


「僕は今年もう、彼女からクリスマスプレゼント、なにも、もらえないよ。いままでそばにいてくれたのが、僕の中に入っちゃってるから」


右手に握ったマイクがとっても小さく見える、小錦さんの語り口は、軽妙だ。


でも一時、表情をあらためて、


「よく嫁が頑張ってくれて、感謝です──」


夫の「御礼」に千絵さんは、


「最初は不安が大きかったんですが、武蔵川親方(元横綱・武蔵丸)と奥さまが7年前(2017年)、主治医の田邉先生に手術していただいて、成功していると聞きました。それが大きな安心になりました」


1963年12月31日、アメリカ合衆国ハワイ州出身で10人きょうだいの8番目に生まれた小錦さんは、元の本名が「サレバ・アティサノエ」で、愛称は「サリー」。


父・ラウトアさん、母・タラさん(ともに故人)は「生粋のサモア人」で、小錦さんは「サモア人は例外なく大家族だね。ハワイでは、親類同士はもちろん、村中で助け合う風土があるんだ」


アメリカンフットボールの選手として活躍していた小錦さんは、高校卒業後、外国出身初の関脇・髙見山(渡辺大五郎さん、80)にスカウトされ、1982年に初来日した。


185cm、200kg超の巨体と、ド迫力の突き押しで頭角を現し、1987年に大関に昇進。


横綱・千代の富士(故人)、大関・霧島(現年寄・陸奥、66)らと、歴史に残る名勝負を繰り広げた。


現役中の1994年に日本国籍取得。幕内最高優勝3回、生涯戦歴733勝498敗で1997年に引退。


タレントに転身後は「KONISHIKI」として、バラエティ番組などでも人気を博す。


一度、離婚歴のある小錦さんが千絵さんと出会ったのは、2000年のこと。交際丸3年で2004年1月7日に2人は結婚した。


その後、体重オーバーによって心臓や血管の負担が増大していた小錦さんはダイエットを決意。


夫婦で懸命に取り組む姿が報道されるなど、仲むつまじい夫婦として認知され、今日に至る。


■大変さを見ていたので、いざというときは「透析よりも手術を」と


小錦さんが腎機能の低下を痛感したのは2018年のことだった。


妻・千絵さんが当時を振り返る。


「一時は体重が300kg近くあったのですが、ダイエットとリバウンドを繰り返しながらも努力した結果、約半分の150kgを切るまで減量することができました。


しかし、現役時代から体の痛みをカバーするために飲んでいた痛み止めが、徐々に腎臓への負担となって、今度は入退院を繰り返すようになってしまったんです」


医師には「心臓にも負担がかかっています。このままでは心不全を起こします」と言われた。


「腎機能もかなり低下していて、『いずれは人工透析か腎臓移植が必要になります』とも言われました……」


糖尿病などの疾患で腎機能が著しく低下した場合に用いられるのが人工透析だ。もしくは、腎機能の回復が望めない場合に腎臓移植手術が用いられる。


かなり以前から小錦さんはこの二者択一が必要な状況だったのだ。


それでも「だましだまし」日常生活を送っていたのは、タレントやイベント・プロデュースなどで、日本全国のみならず、米国はじめ世界を渡り歩かなければいけないビジネス・スタイルからだった。


小錦さんが言う。


「僕は、いざというときは、『透析よりも手術を』と考えていました。


というのは、僕のママと、きょうだい2人も人工透析をした経験があり、その大変さを見ていたから。


人工透析は週3回しなければいけない。すると僕の『世界を飛び回るビジネス』はできなくなってしまう。仕事しないで、どうやって生きていくの?」


小錦さんは、過去に5度、人工透析を試してみたことがあった。


その実感としては「体がきれいになっていくから、すごく気持ちよく眠れる。でも、僕は仕事しなければいけない。眠くなっちゃって仕事ができないのでは困る」


そしてとうとう昨年7月、自身がプロデュースする、を食べながら相撲を観戦するイベント「相撲アンド寿司」の米国巡業で訪れたシカゴで、限界が来た。


「すごく具合が悪くなり、病院に行ったんです。すると心臓と肺に水がたまっていると言われました。『これで飛行機に乗ったら死んでしまいます』と」


即入院して水を抜き、10日間ほどの入院生活を経て退院。なんとか帰国すると、もう透析か移植か、選択の猶予がなくなっていた。


今回の移植手術の主治医で、3年前から小錦さんを診てきた湘南鎌倉総合病院・院長補佐・腎移植外科主任部長の田邉一成医師は、日本の腎移植の第一人者である。


これまでに2千例以上の腎移植手術を手掛けてきた田邉医師に、その概要や費用面について聞いた。


「日本には、人工透析患者が年間約三十数万人いるのに対して、腎移植手術の実施数は、年間約2千例弱しかありません。


しかし透析を開始して10年後の生存率が60〜70%ほどであるのに対して、腎移植手術から10年後の生存率は、90%以上あります。


腎移植の生存率のほうが高いのに、手術を受ける人がまだまだ少ないのが現状なのです」


その理由は、適切な説明を受けていない場合や、献腎移植(亡くなったドナーからの移植)の実施数が、ドナー不足で少ないこと、などがあるという。


「2つある腎臓の片方を提供しても大丈夫なの? と心配になる人もいらっしゃるかもしれませんが、残る1個の腎臓でふつうに生活が送れるかどうか、検査して見通しを立てたうえで手術します。


実際には献腎移植より生体間腎移植(配偶者や親などからの移植)のほうが圧倒的に実施数は多く、さらに生体間腎移植のうちの6割ほどが、夫婦間での移植です」


医療費を比較すると、人工透析は年間300万〜500万円程度かかり、腎移植手術は手術時に500万円程度かかる(特定疾病療養、高額療養、そのほかの助成制度、健康保険適用などで、自己負担額は大幅に抑えられる)。


だが腎移植は手術の翌年以降にかかる費用が、おもに免疫抑制剤などの薬代だけですみ、医療費を大幅に抑えることができるのだ。


■手術……しなくていいよ。僕が人工透析すればいいんだ


小錦さん夫妻は、田邉医師からていねいな説明を受けている。


とはいえ、妻の腎臓を、1つ取り出して、夫に差し上げることになるのである。


その不安は、さぞ大きかったに違いないが……。


千絵さんは、こう振り返る。


「もちろん、不安はありました。そこで、2017年にご夫婦で腎臓移植をなさった武蔵川親方ご夫妻に、直接お話をうかがったんです。


奥さまが『手術して何年もたつけれど、親方も私も、ほら、元気でしょう?』と目の前でおっしゃってくれたのが、とっても大きかった。それで、ずいぶん安心できました」


2024年8月、夫婦間腎移植手術に向けての準備が始まった。


「夫と私の腎臓が合うかどうか、マッチングテストを受け、夫婦間で移植できる見通しとなりました。


母に『私が提供すると思う』と話すと、心配しつつ『まあ、そうだよね』と賛成してくれました」


母・飯島美栄子さん(76)も理解を示し、手術は9月と決まったが、直前に大変なことが起きる。


「9月に入って、家で一緒にいたときのこと、母の左手が思うように動いていないと気がつきました。『おかしい!』と思って無理やり病院に連れていったんです」


母は脳梗塞を発症していた。


異変を察した千絵さんのとっさの判断で即入院・治療できたため、幸い左手だけのですんだ。


しかし腎移植手術は12月に延期せざるをえなかったのだ。


そのころから「母が急に、弱気になってしまった」と千絵さん。


「やっぱり心細くなったと思うんです。私の腎臓移植に反対しだしました。それは直接言われたのではなく、兄から聞かされたんです。『お母さんが心細くなっているから、移植はやめたほうがいい』と」


母は母で「複雑な思いだったのでは」と千絵さんはおもんぱかる。


「だから直接言えなかったんでしょう。兄だって、私に言うのはつらかったと思う。移植すれば生存率はすごく高いと説明されていたんですから……」


千絵さんもまた、やりきれない思いを抱えてしまった。


「肉親ゆえの、もどかしさです。『元気なときは賛成していたのに、あとになって、なんで?』って。でも私も直接は、母に言えませんでした。


左手の麻痺を抱えた母を、これ以上、不安にできなくて……」


そんな妻や義理の母、兄の葛藤が伝わってしまったのだろうか、とうとう小錦さんの口から、こんな言葉が。


「手術……しなくていいよ。僕が人工透析すればいいんだ。移植は、やらなくていいよ……」


連れ添って20年、以心伝心だったはずの夫婦に、ピーンと張り詰めた空気が支配していた──。


(取材・文:鈴木利宗)


【後編】「僕は腎臓移植アンバサダー」小錦八十吉さん・千絵さん夫婦は常に一心同体で共に歩み続けるへ続く

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