「普段読まない人にも小説の面白さを!」小説紹介クリエイター・けんごさんと書店の幸福なコラボ――SNSだけでない、新しい本の届け方とは?
2025年5月29日(木)7時0分 文春オンライン
Instagram、TikTokといったSNSの普及や動画や音楽などサブスクリプション・サービスの多様化が進んだ今、人々のエンターテインメントを受容するプロセスや、コンテンツをとりまく環境は日々大きく変化しています。
そんな中で世界的に注目を集めているのが「BookToker(ブックトッカー)」「BookTuber(ブックチューバー)」といった、SNSや動画で書籍を紹介するインフルエンサーたち。彼らの影響力は日に日に大きくなっていて、紹介する作品のセールスが爆発的に伸びることが増えてきています。
日本においては、今年で活動5年目を迎える小説紹介クリエイター・けんごさんが、その草分けにして第一人者、といえるでしょう。
◆◆◆
およそ5年間で400冊紹介、筒井康隆『残像に口紅を』が大ブレイク

けんごさんが、TikTokに小説に関する動画投稿を始めたのは、大学4年、2020年秋のこと。
「子供の頃から野球ひとすじで、大学でも野球に打ち込んでいました。実は小説を読み、その面白さに魅了されるようになったのも、大学生になってからと遅いんです。
部活を引退して、何かに打ち込んでみたいと思った時に、映像制作にも興味があったので、本に関する動画投稿を始めました。それから5年間で、およそ400冊の書籍をとりあげてきました」
けんごさんの名を一躍世に知らしめたのは、筒井康隆さんが1989年に刊行した『残像に口紅を』(中央公論社、文庫版は1995年刊行)。けんごさんが2021年にSNSで紹介すると、その動画が大きくバズり、中高生を中心とした新しい読者を獲得して11万部を超える重版へとつながったのです。
「TikTokをよく見ているのは、これまでほとんど小説を読んだことがない10代の中学生や高校生が多く、有名作家、ベストセラー作家をそもそも知らない方もいらっしゃいます。筒井さんであろうと、無名の作家さんのデビュー作であろうと、とにかく自分が読んで面白かった作品を取り上げよう、というルールで投稿を続けていくなかで、再生回数がどんどん伸び、動画で扱った本が売れた、重版がかかった、という知らせをよく聞くようになりました。また、たまたま訪れた書店さんで『けんごがTikTokで取り上げた小説コーナー』ができていて驚いたこともあります。もちろん、嬉しいことです。面白い作品を知ってもらう機会さえあれば、若い人たちも本を手にとってくれるということが、筒井さんの書籍を紹介することで証明できたのでは、と考えています」
以降、けんごさんが取り上げた書籍については、けんごさんの推薦帯が新たに巻かれたりと、その注目度は高まるばかりとなっていきました。
なぜけんごさんは道尾秀介『いけない』を選んだのか?
そして2024年の秋に、「イオン」を中心とした全国の大型ショッピングセンターに出店する大手書店チェーンの未来屋書店が、けんごさんにこう声をかけました。
「どんな作品でも自由に選んでいただいて構いません。一冊、店頭で一緒に大きく仕掛けてみませんか?」
けんごさんはこの依頼を快諾。そして選んだのが、道尾秀介さんの『いけない』(文春文庫)でした。
直木賞作家の道尾さんは、読む章の順番で720通りのストーリーが味わえるミステリー『N』や、脱出ゲームのSCRAPと組んで作った犯罪捜査ゲーム「DETECTIVE X」など、小説の枠を超えたエンターテインメントで読者を驚かせつづけているミステリー作家です。本作『いけない』は、ある架空の町で起きた事件を扱う連作短編集の体裁をとりながら、各章の最後に挿し挟まれる1枚の写真を読み解くことで、もう一つの真相が明かされる、という前代未聞の仕掛けが話題の作品となっています。
「そもそも小説を読むのって、コミックやアニメ、ドラマや映画といった他のエンタメに比べてハードルが高いと思われがちなんです。なぜその小説を読まなければならないのか、という理由が明確にならないと、特に読書を普段からしていない人はなかなか手にとってくださらない。せっかくなので、〈小説なのに、文章を読むだけではない楽しみがあり、新しい体験ができる〉作品をご紹介したいなと思って、〈小説なのに、写真を見なければならない〉〈小説なのに、文字以外の謎解き要素がある〉道尾さんの作品を選びました」
キャンペーンは過去比4倍の売上で大成功
キャンペーン期間は2025年1月11日から3月10日の2ヶ月間。けんごさんはTikTokなどで『いけない』の面白さを伝える動画を投稿します。
〈物語を読むだけでは、謎が解決しない〉
〈最後に写真を見ることで、謎が一気に解き明かされる〉
〈登場人物に対する印象も、一気に変わるはず〉
〈なんといっても、最終章の結末が……〉
たたみかけるように迫ってくるけんごさんの言葉が、動画を見る者の心に突き刺さってきます。
そして、全国の未来屋書店の店頭では大型パネルをあしらい一等地で平積み展開、けんごさんの紹介動画をもとに施策を実施したのです。
さて、その成果は? 未来屋書店の販促担当者はこう声を弾ませます。
「2ヶ月のキャンペーン期間中の売上冊数は8500冊弱。過去の同規模の仕掛けでは、3ヶ月で2000冊〜3000冊の売上だったので、その4倍ちかくの数字となりました。購入層は10代から20代がメイン。まさに狙い以上の成果です。未来屋書店は理念の一つとして『これからの読書家の育成』を掲げていて、けんごさんと組むことでこの理念を一歩前進させることができたと思っています」
書店と小説、けんごさんの幸福な関係
けんごさんにとっても、この成果は予想以上のものでした。
「書店さんとこういった取り組みをするのは初めてだったので、せっかくのチャンスですし、一球入魂で動画を作りこんでみましたが、よい結果が出て良かったです。とくに嬉しかったのは、全国的にすでに話題となっていた雨穴さんの『変な絵』を抑えての1位まで売上を伸ばすことができたこと。3位とは、倍以上の差をつけることができました。
私のSNS動画を見てくださるのは、日頃から読書に馴染んでいる方たちばかりではなくて、普段まったく読書をしないライト層も多くいらっしゃいます。一方未来屋書店さんも、立地上『イオン』のお客さま全般が立ち寄る可能性が高いので、読書好きからそうでない方まで幅広くいらっしゃる。つまりはライト層の方にもアプローチできる、という点で、SNSの世界と少し似ているのかもしれません。だから、私の動画が来店した方々にドンピシャで届いてくれたのではないかなと思っています」
このキャンペーン成功を受けて、『いけない』は、けんごさんの推薦帯をつけて、ただいま大展開中。
そして、2025年6月4日には、『いけない』の続編である『いけないⅡ』が待望の文庫化となります。
「『いけないⅡ』も間違いなく傑作です。文庫化のタイミングで、多くの方に読んでいただきたい作品として、SNSでしっかり紹介したいと思っています」
書店と小説、そしてけんごさんの幸福な関係は、この作品でもつづいていきます。
(「本の話」編集部/本の話)