2026年秋の朝ドラ『ブラッサム』ヒロインのモデルは小説家・宇野千代。生涯で4度の結婚・離婚をした宇野千代流、ストレスの向き合い方。心の持ち方次第で、90歳になっても楽しい人生を続けられる
2025年5月29日(木)18時50分 婦人公論.jp
「宇野千代、87歳」(『九十歳、イキのいい毎日』より)
2026年度後期連続テレビ小説が発表されました。タイトルは『ブラッサム』で、脚本は櫻井剛さん、主演を石橋静河さんが務めます。ヒロインのモデルは、大正から平成まで激動の時代を駆け抜け、自由を求め続けた作家・宇野千代(1897〜1996)。震災や戦争、4度の離婚に借金も——波乱に満ちた人生でも小説を書くことを決してやめず、一流作家としての地位を確立。98歳の天寿を全うするまでに遺した言葉は、いまも現代人の背中を押してくれます。そこで、最晩年の毎日を綴った随筆選集『九十歳、イキのいい毎日』(中公文庫)より、楽しい人生を続けるポイントを紹介した記事を再配信します。
******
大正から昭和、平成と3つの時代を生き、98歳の長寿を全うするまで、現役作家として活躍した宇野千代。晩年まで仕事を続けて人生を前向きに歩んだ彼女の姿勢には、人生100年時代を生きる上でのヒントがたくさんあります。「陽気は美徳、陰気は悪徳」を信条にした暮らしとは——。
* * * * * * *
気持ちを伝える手段は手紙
去年の暮に、満90歳の年齢を迎えた私は、何とか健康を維持して、仕事を続けていられることを、とても有難いことと思っている。齢をとると、やはり体のことが第一である。
これでも、自分なりに、体には気をつけて暮している。無理をしないで、書きたいものを書き、ゆっくりした気分で、今年も愉しく過ごして行きたいものである。
こんなことを言っているが、ほんとうの私は、どうも、ちょっと違っていて、何か興味のあることがあると、すぐ、自分の年齢のことを忘れて、そのことの方へ、すぐ駆け出して行ってしまうのである。私は自分で自分のことを、駆け出しお千代などと冗談に言っている始末なのである。
今年も年賀状をたくさん貰ったが、それぞれの人の匂いがして愉しいものである。普段は忙しさにまぎれて、失礼しているのに、便りを貰うと、突然、いろんなことを思い出して、とても懐しい気がするから不思議なものである。
近頃は、何でも電話ですませるのが普通であるが、昔はちょっとしたことでも、すぐ手紙や葉書を書いて、相手に、そのときの自分の気持を伝えたりしたものである。好きな人には毎日毎日、ラブレターのようなものを書いたし、相手からもすぐ返事が来た。
すると私は、またすぐその返事を書いて、ポストへ走った。それが面倒ではなく、何とも言えない愉しいことであった。
私はしあわせ、昔もいまもこれからも…
私が若い頃暮していた馬込村には、文士がたくさん住んでいた。その頃、療養のために湯ヶ島の湯本館にいた梶井基次郎などからは、毎日のように手紙が来た。私はその手紙を持って、萩原朔太郎や川端康成などの家を、梶井さんが遊びに来ますよ、と言って知らせて廻ったりした。
電話のなかった頃の方が情緒があったような気もする。面白いもので、いま私のところに残っているその頃の葉書の便りなどを見ると、仲間同士の借金の頼みごとなども書いてある。
自分の書いたものは恥しいから、とっておいて貰いたくないが、その頃貰った手紙を見ると、その人との友情の深さまで思いやられるから、ほんとうに面白いものである。
私の作った好きな言葉はいろいろあるが、その中の一つに
「私はしあわせ、昔もいまもこれからも」
と言うのがあるが、誰でも、こんな気持で暮して欲しいと思っている。
『九十歳、イキのいい毎日』(著:宇野千代/中央公論新社)
陽気は美徳、陰気は悪徳
近頃、いろいろな雑誌を見ますと、あなたはストレスとどう付き合っていますか、とか、ストレスをどう解消していますか、とかいうタイトルが、とても眼につきます。私もときどき、これと同じ質問をうけますので、さあ、と思って、考えてみることがあります。
お酒を飲んで大騒ぎすると、すっきりする、と言う人もいるし、おいしいものを沢山たべたり、何か買い物をじゃんじゃんしてしまう、と言う人もいます。でも私は、それだけではストレスがなくなるとは、どうしても思えないのですが、如何でしょうか。
冗談に私は、「私はストレスなんか、まるでないのです。」と、よく人に言うことにしています。すると、それを聞いた人は、そんなこと嘘でしょう。私たちには考えられませんと言うのです。
まるでない、と言うと嘘になるかも知れませんが、ほんとうに私には、ストレスになるようなことが、あまりないのです。ストレスになるようなことは、最初から作らないようにした方が好い、と思っているのです。「陽気は美徳、陰気は悪徳」と私は言うのですが、この、何事でも陽気にやるということは、とても大切なことですよ。
心の持ち方次第で、愉しい人生が続いていく
私だって、好きなことばかりしている訳ではありません。いやなことがあったら、さっと、すぐ忘れるようにするのです。しかし、それが仕事だったり、自分の環境だったら、すぐ逃げ出す訳にはいきませんね。
私はそのとき、自分から進んで、その、いやなことの中にはいっていき、いかにも愉しそうに、それをやってみるのです。こうなったら、もう、しめたものです。こんな風に生活していますと、さっき話したストレスは、他の人より少なくなること請合いです。人間なんて、一かけらの仕合せがあっても、生きていけるものなのです。
この私でも、90歳の今日まで、いろいろなことがありました。そのときそのときの結婚生活を一生懸命にやって、それでも駄目になったのだから、仕方がないと思うのです。
ストレスは体によくないと思うのです。昔は健全なる精神は健全なる身体に宿る、と言いましたが、私はその反対で、まず精神的に健康でないと、健康な体を持ち続けることはむずかしいと思うのです。
みなさんも決してストレスなんかに負けてはいけません。私のように90歳になっても、これからまだまだ、心の持ち方次第で、愉しい人生が続いていくものだと信じて下さい。
※本稿は、『九十歳、イキのいい毎日』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
関連記事(外部サイト)
- 華麗なる恋愛遍歴で知られる作家・宇野千代「失恋の度に、素早い変わり身でどん底から起き上がった。成功も失敗も、結果にすぎない」
- 98歳まで現役だった作家・宇野千代「人生はほんとうに愉しい」と思えるような1日の過ごし方とは?90歳を超えても毎朝台所に立ち続けて
- 明日の『あんぱん』あらすじ。「朝田パンは陸軍に逆らった」という噂が流れる。釜次は草吉にパンを焼いてほしいと頭を下げて…<ネタバレあり>
- 五木寛之「写真、手紙、CD、カセットテープ…愛すべき〈ガラクタ〉に囲まれて。〈捨てない生き方〉も案外悪くない」
- 樋口恵子「90歳を前に乳がん発覚。〈え?もうおしまい?〉思いがけなく心が沈んだ。今は亡き兄に〈命を分けてくれた〉感謝の念を抱いて」