劇団イキウメ「ずれる」は人類の傲慢に対する復讐劇…劇団員5人の特性、前川知大が引き出す

2025年5月29日(木)15時30分 読売新聞

写真・田中亜紀

 科学的に証明できないものは存在しないとされる世の中。だが、科学で説明がつかないことは少なくない。劇団「イキウメ」主宰の劇作家・演出家、前川知大は、そこにある矛盾と不思議への興味を手がかりに様々な劇世界をひらいてきた。新作で扱うのは「魂」の問題。それが現代社会のテーマへと鮮やかにつながっていく。

 5か月半ぶりに顔を合わせた兄弟。兄の小山田輝(安井順平=写真右)は父の事業を継いだ会社社長。15歳下の春(大窪人衛=同左)は精神科療養施設から退院してきたばかり。そんな2人が暮らす家のリビングで物語は動き出す。

 春とネットで知り合った「友人」で環境活動家の佐久間(盛隆二)、輝が新たに雇った秘書兼家政夫の山鳥士郎(浜田信也)、士郎のつてで現れた伝説の整体師、時枝(森下創)。この3人が家に出入りするようになると、やがて春の特殊能力と彼がひそかに進める計画が明らかになる。同時に、輝の信じる価値観と家の平和が揺らいでいく。

 象徴的かつ重要なのは、動物たちの存在だ。子供のころ、父に飼われていたのを自由にしようと春が川に放したアロワナ、隣町の豪雨災害以後、街中に頻繁に出没するようになったクマなどの野生動物。近所のシベリアンハスキーの異常な成長、豚舎にいるブタたち。

 弟の、兄に対する反抗と重ねて前川が描くのは、動物たちの、地球環境を破壊する人間たちへの反逆だ。経済という「神」を妄信するあまり、生命史の連鎖からはぐれ、あるべき場所から「ずれて」しまった人類の傲慢ごうまんに対する、これは壮大な復讐ふくしゅう劇ではないか。

 出演は劇団員5人のみ。四面楚歌そかの状況をはね返そうとする安井の冗舌、表情にふと影がさす浜田の不気味、怪しくも妖しく枯れた森下、剛直ともろさが表裏一体の盛、少年性に悪魔が潜む大窪。個々の特性を引き出す前川の当て書きはさえわたり、笑いを誘う場面もいつもより多かった。無機質な一室の天井に水が揺らめく土岐研一の美術と佐藤啓の照明、部屋の外に迫る異変の気配を表現する青木タクヘイの音響も、緊迫感を高める。

 劇団はこれを最後に、ほぼ年2回のペースで続けてきた本公演に区切りをつけ、活動の形を変えていくという。本作は劇団の現在地であり、到達点と言っていい。今後の展開を楽しみに待ちたい。(山内則史)

 ——6月8日まで、東京・三軒茶屋のシアタートラム。

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