G7の裏番組、「中国・中央アジアサミット」が国際秩序に与える衝撃波

2023年5月25日(木)6時0分 JBpress

(福島 香織:ジャーナリスト)

 広島でG7サミットが開かれ世界の注目を浴びているその裏側で、第1回中国・中央アジアサミットが、シルクロードの起点となった唐の都、西安(長安)で開催された。

 日本のメディアでも、女性ダンサーたちが天女に扮して舞うような歓迎式典のゴージャスなパフォーマンスの映像が流され、日本がホストとなった広島G7サミットに対抗する意図があったのではないか、という論評もあったと思う。

 私個人としては、広島G7サミットも中国・中央アジアサミットも、のちのちに歴史的意味を評価され直すような、国際政治史上のマイルストーンともいえるニュースであったと考えている。

 では、この2つの政治イベントが同時に開催されたことにはどのような意義があったのだろう。


対中政策の足並みを揃えさせる

 広島G7サミットについては、日本がホスト国であったこともあり、日本メディアがかなり手厚く報じていたのでここで詳細を繰り返す必要はないだろう。

 簡単にいえば、チャイナウォッチャーから見ると、このG7サミットは、中国に焦点をあてたものだった。日本が中心となってG7を団結させ、対中「デリスキング」(脱リスク)という表現で、対中政策の足並みを揃えさせたという点が最大の意義であったといえる。

 デカップリング(排除)ではなくデリスキングという言葉からわかるのは、一見すると中国への配慮のように見えて、今の中国習近平体制が西側先進国にとってリスクであるという認識でG7が一致しているということだ。

 そして、このG7サミットで、ウクライナ・ゼレンスキー大統領を広島に招き、さらにはコモロやクック諸島、インドネシア、ブラジルまで、グローバルサウスと呼ばれる途上国・新興国首脳を招き、G7の言う「1つの国際ルール」を遵守する国際社会枠組みの存在をアピールし、中国にもその「1つしかない国際ルール」を遵守せよと求めた。

 これは、習近平がかねてから主張している“中国式現代化モデルによる新たな国際秩序の再構築”という目標を否定するものだ。中国は、民主化だけが現代化の道ではなく、G7という限られたメンバーだけの金持ちクラブの創った国際秩序は途上国の利益を代表しない、という考えを広めようとしている。だが、今回のG7サミットはグローバルサウスの代表国も呼び、中国が画策している新しい国際秩序の構築の動きに公然と挑戦した。


米国の「レームダック化」と日本の変化

 中国が怒り心頭なのは、そのお膳立てをしたのが日本ということだ。日本はこれまで比較的中国に配慮してみせ、安全保障上依存している米国に致し方なく追随しているというポーズをとってきた。だが、今回はいかにも日本が主導的に根回しをしたような印象を与えた。

 それは、例えばオバマ元大統領が10分で退場した原爆資料館で、バイデン大統領に40分近く、米国の原爆投下による30万人の民間人虐殺の実態について説明を受けさせた、といったことなどもある。また、自衛隊車両をウクライナに提供するなど、平和憲法下の日本としては、極めて踏み込んだ形で外国の戦争に関与する姿勢もみせた。

 中国としては、戦後78年目にして日本の姿勢や立ち位置が変わりつつあると感じただろう。

 そうした日本の変化が、バイデン政権になって米国のレームダック化が加速していることとも関係があるとすれば、G7広島サミットは国際社会の多極化への転換の萌芽とも受け取られるし、同時に、次の世界大戦の可能性を意識せずにはいられない変化の兆し、ともいえるかもしれない。

 万が一にも台湾有事が起こり、米中戦争の形になるとすれば、日本が矢面に立って中国と戦うことになろう、と中国は改めて意識したのではないか。

 さらにはこうした外交政治パフォーマンスを「平和都市・広島」でやったのだから、中国が受け止めたメッセージはひょっとすると日本の想像を超えているかもしれない。


動き始めた「人類運命共同体」構想

 この広島G7サミットの裏番組ともいえる第1回中国・中央アジアサミットも、実は次の世界大戦の可能性を意識せずにはいられない変化の象徴といえる国際会議だった。

 参加者は中央アジア5カ国(カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン)の大統領たちである。習近平がそれぞれの国家元首と1対1の会談を行い、共同宣言や声明を出した上で、全参加国が西安宣言に調印した。

 この中国・中央アジアサミットの成果の1つは、西安宣言や中国側が発表した成果リストで規定された“中国と中央アジアの関係強化のメカニズム化”だ。

 このサミットの開幕式で習近平は演説を行った。その演説によると、中国は中央アジアとの関係を発展させ、「互いに(周囲の敵を)見張り合い、ことが起きれば助け合い、共同で発展し、普遍的な安全を守り、世代を超えて友好的な中国・中央アジア運命共同体」となるという。

「人類運命共同体」構築は、習近平の打ち出す中国の最高外交目標であり、中国が主導する国際社会の新たな枠組みの理念だ。この理念と目標の起点に、中央アジアを据えている。それは中国が打ち出す一帯一路構想の起点が新疆という中央アジアとの隣接地域であることからもうかがえる。

 習近平は演説の中で、中国・中央アジア運命共同体構想を8つの面から推進するとした。すなわち(1)メカニズム構築の強化、(2)経済貿易関係の開拓、(3)相互連携の深化、(4)大エネルギー協力、(5)発展能力のレベルアップ、(6)エコ・イノベーションの推進、(7)文明対話の強化、(8)地域平和の維持、だ。

 これが具体的に何を意味するかが、西安宣言と成果リストにある。大きくまとめると3つに分けられる。

(1)中国・中央アジア首脳会談メカニズムを構築し、2年ごとに議長国持ち回り方式で開催する。同時に閣僚級会議メカニズムを構築し、重点領域での閣僚級会議を定期的に行う。常設事務局設置についても検討する。さらに一帯一路建設の強化と中央アジア5カ国イニシアチブ、発展戦略をリンクさせる。

(2)中国側からは多元的な協力プラットフォームの設置を提案。具体的には外交、産業投資、農業、交通、危機管理、教育などに関する閣僚級会議のメカニズム化のほか、エネルギー協力、税関、政党対話、内閣協力ネットワーク、実業家会議、地方協力、産業投資協力、Eコマース協力、健康産業連盟、通信社フォーラムなどの各プラットフォームで交流、協力を深める。

(3)こうした枠組みにおける多元的な協力を協議文書にして調印した。それがサミット西安宣言や8つの備忘録などだ。

 こうしてみると、このサミットは中国の「人類運命共同体」構想を実務として動かし始めたという意味で、中国にとって非常に豊富な成果があったと言える。


軽視すべきではない「地政学的意義」

 在米華人評論家で、元中国党校機関紙「学習時報」副編集長の鄧聿文が、このサミットの成果についてドイツの多言語メディア「ドイチェ・ベレ」に寄稿し、「地政学的意義を軽視すべきではない」と指摘している。

 いわく、このサミットで3つの重要な点が決定した。1つは中国・中央アジア協力のメカニズム化、2つ目は中央アジアが一帯一路建設のモデル区になり経済貿易協力のレベルを引き上げていくこと、3つ目は中国と中央アジアの文明対話、国家安全協力の強化だ、という。

 中国・中央アジア協力のメカニズム化は、両者の関係を永続的、安定的にするもので、それがさらに一帯一路建設とリンクして中央アジアの経済発展に寄与するものとなれば、中央アジアの中国依存は急速に進むことになろう。

 ポイントは中央アジアの地理的位置だ。鄧聿文は、英国の地政学者、マッキンダーの「中央アジアはアフリカとユーラシア全体の心臓地帯」という表現を引用し、中国が中央アジアとの協力メカニズムを通じて、経済貿易、交通、文化、反テロ活動までを連携した場合、米国が中国に対して海上からの戦略的包囲を仕掛けても、それを打破することができる、という。

 これははっきり言及されてはいないが、中国が将来的に米中戦争、あるいは第3次世界大戦を仮定した上での布石ともいえる。


世界の多極化を示した2つのサミット

 中央アジアとの「運命共同体」化は、中国の戦略学者や国際関係学者が言うところの、いわゆる「西向戦略」の一環に他ならない。

 仮に中米関係が完全に断絶した場合、中国は中東、EUとの経済貿易ルートを確保する必要がある。台湾海峡戦争が勃発した場合、米国はEUに対中経済制裁を強いるだろうが、中国が欧州との経済貿易のリンケージを今から強化しておけば、EUはその制裁パワーの度合い、範囲、時間を軽減、短縮せざるをえない。

 これは広島G7サミットで、中国を経済貿易上のデリスキングが打ち出された理由でもある。また中央アジア5カ国のうち3カ国は中国と国境を接し、イスラム国としてかつてはウイグル独立派に影響力を持っていたが、経済的に中央アジア5カ国を従えれば、この懸念も軽減できる。

 これまで中国の西向戦略は進めたくともなかなか進まなかった。理由は簡単で、中央アジア5カ国への影響力はロシアが厳然と維持していたからだ。

 だがロシアはウクライナに戦争を仕掛けたことで国力が一気に弱体化、いまや中国を頼りにするほかない状況に追い込まれている。

 ロシアが弱体化すると、米国がその政治的空隙に入り込もうと、今年(2023年)2月末、カザフスタン・アスタナで米国・中央アジア5カ国外相会議を行いブリンケン国務長官を送り込んだ。だが、米国は対中央アジアに効果的な経済的手段を提示できなかった。代わりに中国がまんまとロシアの後釜として中央アジアのパトロンに収まった。ロシアとしても、米国に入り込まれるよりは中国の方がましだ、と考え、これを許した。

 もしロシアがウクライナとの戦争で弱体化していなかったら、第1回中国・中央アジアサミットは、おそらく第1回中国・ロシア・中央アジアサミットになっていただろう。 

 広島G7サミット成功の背後に米国レームダック化という要因があり、中国・中央アジアサミットの成功の背後にはロシアの弱体化があり、ともに時代の変局、米国一極状態から多極化への変化を示すサミットだった。

 そこに将来的な米中戦争、あるいはその代理戦争、あるいは第3次世界大戦に至りそうな兆しが少しでも見えるなら、目を背けないことだ。私がこういう寄稿をすると、きまって戦争を煽っている、と難癖をつけてくる人がいるが、必要なのは、それをどう回避するか、どう防ぐか、について、より具体的なテーマを設定するためにも、リスクの可能性を正面から評価することだろう。

筆者:福島 香織

JBpress

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