「反政権」イラン監督がパルムドール、抑圧下の映画界に金字塔…政権には手痛い打撃
2025年5月26日(月)8時15分 読売新聞
24日、南仏・カンヌ国際映画祭で、パルムドールを受賞するジャファール・パナヒ監督=AP
【テヘラン=吉形祐司】第78回カンヌ国際映画祭で、イランのジャファール・パナヒ監督の「シンプル・アクシデント」が24日、コンペティション部門の最高賞パルムドールを受賞した。政権の抑圧下にあるイラン映画界には金字塔となった一方、俳優や監督らの言動を厳しく規制してきた政権には手痛い打撃となった。
団結呼びかけ
「我々が何を着て何を着ないか、何をして何をすべきでないか、どんな映画を制作すべきか、すべきでないか、誰にも命令されないようになることを望む」
パナヒ氏は受賞スピーチで、自由と民主主義のための団結を呼びかけた。
パナヒ氏は2010年、反政権を理由に禁錮6年の有罪判決を受け、映画制作や海外渡航が20年間禁止された。22年にも有罪判決を受け、政治犯が収容される首都テヘランのエビン刑務所に投獄されたが、この間も秘密裏に映画制作を続けた。カンヌ映画祭に参加できたのは、23年に海外渡航禁止が解かれたためだ。
出演禁止、有罪…
イランは質の高い作品で定評のある映画大国だ。パルムドールは1997年の「桜桃の味」(アッバス・キアロスタミ監督)に続いて2作目。パナヒ氏は2000年ベネチア国際映画祭で「チャドルと生きる」が金獅子賞、15年ベルリン国際映画祭で「人生タクシー」が金熊賞を獲得している。
しかし、イランでは国際的に評価を得た作品が上映されないなど映画界を取り巻く環境は厳しい。女性の髪を隠す「ヘジャブ」の着用強制に抗議するデモが全土に広がった22年には、17年の米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「セールスマン」の主演女優が当局を批判して逮捕された。デモに賛同した女優は軒並み出演禁止となった。
20年ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した「悪は存在せず」のモハマド・ラスロフ監督は昨年、反体制的とみなされて禁錮8年とむち打ちの有罪判決を受け、国外脱出した。22年のカンヌ国際映画祭では、作品を出品した監督らが「当局の許可を得なかった」として有罪となったこともある。
「沈黙守りたい」
改革派のマスード・ペゼシュキアン大統領が就任した昨年以降、通信をはじめ様々な規制が緩和に向かっているが、映画に関する論調は微妙だ。国営通信など主要メディアが受賞の事実を淡々と伝えたのに対し、保守強硬派のファルス通信は、政権に批判的なパナヒ氏の受賞について「イランの政治状況が選考に影響した」と報じた。
イラン映画制作者組合の報道担当者は25日、読売新聞の取材に「パナヒ氏の受賞に関しては沈黙を守りたい」とコメントを控えたが、映画監督協会は祝意声明を発表し、対応が割れた。