アインスタイニウムから生じた非対称核分裂 - 従来研究では説明不能な新発見
2025年5月16日(金)20時15分 マイナビニュース
日本原子力研究開発機構(原子力機構)、近畿大学(近大)、東北大学、九州大学(九大)の4者は5月15日、人類が利用できる最も重い人工元素であるアインスタイニウム(原子番号99)の同位体「254Es」から、同じく人工元素であるメンデレビウム(原子番号101)の同位体「258Md」を生成してその原子核の核分裂を調べたところ、励起エネルギーの増加によって非対称核分裂が増えるという、従来の理論では説明不能な新しい核分裂を観測したと共同で発表した。
同成果は、原子力機構の西尾勝久研究フェロー、同・廣瀬健太郎研究副主幹、同・塚田和明研究主席(現・東北大 先端量子ビーム科学研究センター 教授)、同・岡田和記特定課題推進員、近大 理工学部 エネルギー物質学科の有友嘉浩教授、東北大大学院 理学研究科 物理学専攻の岩佐直仁准教授、九大 理学研究院の坂口聡志教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する原子核物理を扱う学術誌「Physical Review C」に掲載された。
原子核を「電荷を帯びた液滴」と考える古典モデルでは、核分裂で2つの等質量の核分裂片が生成する。一方で原子核内では、中性子や陽子の運動による殻構造が働き、ウランなどで、質量の異なる2つの核分裂片に分裂する経路が発達していることが知られていた。しかし、原子核に励起エネルギーを与えると、殻構造が消滅して非対称核分裂モードが消え、古典モデルのように振る舞い、2つの等しい質量の核分裂片ができることも確認されていた。
自発核分裂とは、励起エネルギーがゼロの基底状態からの核分裂であり、原子核の殻構造が顕著に現れる。いくつかの原子核の自発核分裂の観測で、核分裂片の質量数に対する収率分布が調べられており、原子核の質量数257を境に、核分裂の様子が大きく変わることがわかっていた。
超重元素、中でも天体で生成されるような極限の原子核の核分裂理解には、質量数257超の原子核を調べる必要がある。しかし、その領域では励起状態の原子核の詳細な核分裂の観測はなく、その振る舞いは未知だった。そこで研究チームは今回、唯一254Es標的を利用できる原子力機構のタンデム加速器を用い、同元素を標的とした反応で258Mdを生成し、その未知の領域に挑んだという。
今回の実験では、核分裂片の質量数分布および運動エネルギー分布が取得された。タンデム加速器から供給されるヘリウム4ビームが254Es薄膜標的に照射された。このとき使用された254Esの量は、わずか10ナノグラムであったが、254Esの半減期は275日と短いため、約1メガベクレルの高い放射線量でα崩壊(ヘリウム4原子核=α粒子の原子核からの放出で、原子番号が2つ減って質量数が4つ減る現象)が起こる。
核分裂片は、ほぼ反対方向に放出される。実験では、核分裂片の速度を同時測定し、質量数と運動エネルギーが決定された。そして解析の結果、3つの核分裂モード(1つの非対称・2つの対称)が存在することが判明。後者は、全運動エネルギーの違いで区別でき、エネルギーの高い方がスズ原子核(132Sn)の影響を受け、低い方は古典的な液滴な振る舞いと解釈できるという。励起エネルギーを15MeVから18MeVに上げると、非対称モードが増えることも確認された。
加えて、原子力機構のスーパーコンピュータを用いて、実験と同じ条件で258Mdの核分裂シミュレーションが実施された。258Md原子核の形状が時間と共に伸びるように変形し、最後に分裂するまでの過程を追跡するもので、従来にない高精度で原子核の形状を取り扱えるよう、プログラムの改良が行われた。その結果、シミュレーションでも実験で観測された非対称モードの核分裂を再現できたとした。
なお、258Mdの励起エネルギーをより下げれば、132Snの殻構造の影響によってさらに対称核分裂が顕著になることが予測されている。今回の傾向は、励起によって132Snの安定な“球形”殻構造が失われ、非対称性を生むバリウム原子核(144Ba)の特徴のある“洋ナシ形”で安定する殻構造の方が優位になったと解釈できるとのこと。一方で、あまり励起エネルギーを上げすぎると144Baの構造も失われ、古典モデル的な核分裂が支配すると予測された。
今回の現象は、より重い元素や、中性子数の多い原子核の特徴を捉えていると考えられるといい、今後、元素の存在限界や、天体でウランや金が生成される過程を理解する上で重要な知見が得られたとした。励起エネルギーの増加による非対称核分裂モードの成長という現象は、今回の研究の理論計算でその傾向が再現されているが、研究チームは今後、原子核の動きをさらに詳細に調べることで、この現象を深く理解したいとしている。