大人版「宇宙のおしごと図鑑」 - 先駆者たちのこぼれ話 第2回 「はやぶさ2」の科学者と技術者にある日本特有の関係 - 津田雄一さんに聞く

2025年5月16日(金)6時2分 マイナビニュース


1月末に発売した『未来が楽しみになる 宇宙のおしごと図鑑』では、多数の宇宙関係者に徹底取材を行い、2040年ごろに想定される50種類以上の宇宙の仕事を幅広く紹介させていただいた。おかげさまで発売約2週間で重版出来に。このTECH+でも記事を紹介していただきました。
そして、書籍の中では紹介しきれなかった貴重なお話を綴る本連載「大人版『宇宙のおしごと図鑑』。今回ご紹介するのは、小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャ(プロマネ)を務めた、津田雄一さんです。2025年4月より、宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所(ISAS)の副所長に就任された津田さんによると、JAXAでの探査機開発は、米国航空宇宙局(NASA)とは異なる特徴があるんだとか。今だから語れる「はやぶさ2」の苦労や成功要因、そして今後について伺いました。
○日本流探査機の作り方
--遠くの目的地に行って探査をするのが探査機ですが、その開発手法では日米で違いがあると聞きます。NASAでは、科学者が「こういう探査をしたいからこんな探査機を作ってほしい」とエンジニアに発注するそうですが、JAXAでは科学者と技術者の関係ってどんな感じなのでしょうか?
津田雄一さん(以下、「津田」):その関係性にはさまざまなタイプがあります。小惑星探査機「はやぶさ」は、技術実証のための探査機だったので技術ドリブン(技術先行型)でした。一方で、「はやぶさ2」は技術とサイエンスが対等の関係。プロジェクト立ち上げの段階で、技術的にこういうことをやりたい、科学的にこういうことをやりたいと両サイドから提案を出し、「こういう探査機ならできるよね」と青写真をみんなで描いていって、それをひとつの提案書にしていきました。
--科学者と技術者がフラットに議論をする?
津田:そうですね。惑星探査ってやっぱり難しいもので、元々ISASでやってきた探査機は技術ドリブンが多かったと思います。「技術的にこういうことができるから、そこでできる面白い科学はないですか?」っていうような。だけど「はやぶさ2」の時は、初めて技術と科学が対等な形でした。
--「はやぶさ2」までは、どちらかというと技術先行型だった?
津田:極端だったと思います。技術ドリブンの探査機もあれば、金星探査機「あかつき」は科学ドリブン、また水星磁気圏探査機「みお」(MMO)は国際協力で役割が決まってくるので、どちらかというと科学ドリブン寄りですね。
--探査機1機ごとに違うんですね?
津田:はい。それにフレキシビリティ、余地を残しているというのがJAXAのやり方としてあるかもしれない。
--どういうことですか?
津田:例えばNASAの宇宙科学ミッションは、科学的な目標がトップに置かれます。つまり、科学者が探査機の要求を出しなさい、その要求に対してメーカーと技術者が実現性を検討しなさい、この通りの手順でやりなさいというようにレールを敷くわけですが、JAXAは(手順に)固執していない。それほどリソースが多くないので、みんなが力を合わせてやらなきゃいけないんです。誰から提案が出てもいいけど、力が一番出せるやり方で(科学者と技術者が共に議論して)まとめましょうね、というスタンスなのかなと思います。
○「はやぶさ2」の世界初人工クレーターは技術者の本気で生まれた
--「はやぶさ2」は、“世界初”がてんこ盛りでした。印象的だったのは、人工物体を小惑星に衝突させて人工クレーターを作ったこと。さらにその様子を、カメラが撮影する離れ業を実現したことです。これらは技術者からの要求だったんですか?
津田:きっかけはそうですね。小惑星に穴をあけると面白いんじゃないかと。穴をあければ地下が見えるし、“今までどこもやったことがない”というところからスタートしました。当初は科学者から「そんな複雑なことをやるんじゃなくて、カメラをもう1台載せた方がいいんじゃないか」という声も出ました。でも「いや、穴をあけるんだ」と技術者が頑張って、本当に実現できそうだとわかってくると、それを使ってどうやって科学をやろうか、本気で科学をやるならここはこう改良してほしい、と科学者が言い出すようになる。そうして育っていった感じです。誰かが本気にならないと、チャレンジングな話は進まない。
--技術者が本当にできることを見せて、みんなが本気になって作りこむ?
津田:そうです。その意味で、最初は技術ドリブンだったと思います。常に科学者と話しながら。最初は科学者は半信半疑だったかもしれないが、エンジニアがそこまで本気なら科学者もまじめに対応しなきゃ、と思うようになるし、その逆ももちろんあります。
○プロマネとして一番悩んだこと
--「はやぶさ2」は2019年2月、小惑星リュウグウに1回目の着陸とサンプル採取に成功、4月5日には小惑星に人工クレーターを作ることに世界で初めて成功しました。クレーターができた際にリュウグウ内部から舞い上がったサンプルの採取を目指して2回目の着陸をやるか否か、6月に行われた記者懇談会で、津田さんがとても悩んでおられたのが印象に残っています。
津田:ものすごく悩んでいました。
--どういうことを悩んでいたのか、改めて教えていただけますか?
津田:科学的には2回目の着陸をやることの価値がとても高いし、これから何十年も“世界一”だと言い続けることができる。着陸の成功確率を何%以上にすることとかさまざまな指標があって、全部合格できたらやらない理由は本来ないはず。一方で、失敗確率は0%に限りなく近くても0にはならない中で、決行して失敗した時に探査機が失われるのが組織的には最大のリスク。そうなると第1回の着陸時のサンプルもろとも失ってしまう。そのリスクをとれるのか、と。
--2回目の着陸挑戦で失敗したら、1回目のお宝を失ってしまうわけですよね。
津田:2回目の着陸挑戦にどんな価値があって、どれほど難しいことなのか。JAXA内部はもちろん、一般の方にどう理解してもらえるか。そして、たとえ失敗したとしてもこんな価値があると説明し、2回目の着陸に挑めばいいと言う空気になればな、と。僕は技術者なので技術的にできればやった方がいいと考えていましたが、それを越えて「世の中のコンセンサスを得るためにどうすればいいか」をすごく考えさせられました。
--「NASAだったらリスクをとる2回目の着陸はやらないだろう」とJAXAの藤本副所長(現所長)がおっしゃっていました。結局、2回目の着陸を成功させてサンプルを地上に戻すことに成功されたわけですが、どうやって実施することに?
津田:成功確率を出すのではなくて、「失敗しない確率」を示すようにしたんです。“失敗”というのは探査機が失われることです。着陸に成功しなくても、探査機が失われなければやる価値がある。成功確率はどんなに頑張っても90%台半ばにしかなりませんが、失敗しても探査機が失われる確率はほとんどゼロに近い、という状態で示すようにしました。“それだったら…”と納得する人がJAXAの中で結構いたんです。
--なるほど、「はやぶさ2」が失われずサンプルを地球に持ち帰ればOKと。
津田:それが内部に対してやったことです。一方で外部に対してやったことの代表例は、メディアの方との記者懇談会で、どういう失敗がありえるかまで含めて説明し、どうしたら実現できるか、やめるべきかを相談したことでしょうか。幸いにその時にはポジティブな反応でした。

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