北海道マラソンで5年ぶり「復活V」を果たした中村匠吾が再び世界を目指す、東京五輪の挫折と再浮上できた理由

JBpress2024年10月11日(金)17時0分

(スポーツライター:酒井 政人)


MGC以来の5年ぶりの優勝

 4年前の夏、札幌の街を必死に駆け抜けた中村匠吾(富士通)が笑顔でゴールを迎えた。それが8月25日に開催された北海道マラソンだ。

 タイムは気にせず、「勝負にこだわろう」と考えていた中村はレース後半、アグレッシブな走りを見せる。

「余裕があったので、31kmあたりで揺さぶって、これまでとは違う自分のレースができたのかなと思います」

 フィニッシュ時には気温が26.5度まで上がった酷暑のレースを2時間15分36秒で優勝。マラソンは2019年のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)以来、約5年ぶりの栄冠だった。

「東京五輪は故障の影響もあって、思うような結果を残せずに悔しい思いをしました。だからこそ、もう一度、札幌の地に戻って、優勝したいという思いが強かったんです。北海道マラソンは今シーズン一番大きな目標にしていた大会ですし、そこで勝てたのはうれしかったですね」


東京五輪の延期から苦悩の日々へ

 中村は2019年9月のMGCで服部勇馬(トヨタ自動車)や大迫傑(Nike)らを抑えて優勝。東京五輪の男子マラソン代表内定を真っ先にゲットした。しかし、マラソンコースは「酷暑を回避する」ために東京から札幌に移転。さらにコロナ禍で東京五輪は1年延期となり、中村は〝見えない敵〟に追い込まれていく。

「プレッシャーがありましたし、コロナ禍のなかで賛否ある五輪になったので、葛藤もありました。走るからには絶対に結果を残したいと思っていたんです」

 2021年のニューイヤー駅伝までは順調だった。中村は当時最長区間だった4区を担当。3位でタスキを受け取ると、区間2位の走りでトップを奪う。エースの快走で勢いに乗った富士通は12年ぶりの優勝を飾ったが、その後は故障に悩まされた。

「ニューイヤー駅伝を終えて、東京五輪に向けて準備しているなかで、足首を痛めたんです。残り半年で東京五輪だという焦りもあり、疲労が残っていても、『やらなければいけない』という気持ちがありました。右足を痛めると、それをかばって今度は左足が痛くなる……。振り返ると、心と体がうまくマッチしていなかったのかなと思います」

 東京五輪は万全な状態で迎えることができず、失意のなかでゴールを迎えた。その後も、足首の故障が完治せず、苦しい日々が続く。

 パリ五輪代表選考のMGCは出場権を得ることができず、MGCファイナルチャレンジ指定大会の大阪マラソンは途中棄権。2大会連続の五輪出場に近づくことさえできなかった。


復活への階段

 中村は大学卒業後も駒大・大八木弘明総監督の指導を受けて、東京五輪に到達した。しかし、2021年11月に練習拠点を母校から所属チームの富士通に変更。2年ほどは故障が完治しないなかで、福嶋正総監督と〝新たなマラソントレーニング〟を模索してきた。

「福嶋さんのマラソン練習はどちらかというと距離をしっかり走るんですけど、疲労が残ってしまい、レース当日、体が動かないことが多かったんです。故障もありましたし、年齢を重ねて、2019年のMGCで勝った頃と同じような練習をしていてもうまくいかないのかなと感じていました。そこで福嶋さんと話し合い、トラックのスピードを生かしながら、距離を伸ばしていく練習スタイルに変えたんです」

 今季は春先から「非常にいい練習」をこなしてきて、7月10日のホクレン・ディスタンスチャレンジ 網走大会10000mで「想定通り」の28分16秒20をマーク。その後は高地でトレーニングを積み、北海道マラソンの優勝ゴールまで突っ走った。

 中村は〝暗闇〟を潜り抜けて、ようやく〝復活の階段〟を上り始めた。


シューズの進化でトレーニングも変化

 中村のマラソントレーニングが変化したのは、シューズの進化も大きく影響している。

「シューズの性能が良くなった分、スピード練習の質が上がりましたし、脚への負担も減っています。そういう意味では質の高い練習をより継続できている実感がありますね」

 前述した通り、福嶋総監督と新たなマラソン練習を築き上げ、スピードを生かして、距離を踏んできた。

「30kmや40kmの距離走は他の選手に比べると少ないと思います。でも、長い距離を踏まないわけではありません。30kmや40kmという距離を分割して、インターバル系で距離を稼ぐかたちに変えました。例えば30kmなら3km×10本や5km×6本です。必然的に質は高くなるのでダメージはあるんですけど、こういう練習をこなせているのが大きいと思います」

 ナイキのシューズを愛用してきた中村。北海道マラソンは『ヴェイパーフライ 3』を着用したが、日々のトレーニングでは様々なモデルを履き分けているという。

「レース本番や大事なスピード練習は、自分の接地したいポイントでしっかり反発をもらえる『ヴェイパーフライ 3』。30kmや40kmの距離走は『アルファフライ 3』か『ペガサス プラス』です。『アルファフライ 3』は疲労が残っていて、脚への負担を減らしたいときや反発をもらいたいときに使用しています。普段のジョグは『ペガサス 41』を履くことが多いですね」


再び世界を目指す

 9月16日に32歳を迎えた中村だが、世界で戦う意欲は失っていない。むしろパリ五輪を逃した分、ロス五輪で勝負したい気持ちは強くなっている。

「年齢を重ねも衰えている実感はありません。故障に気をつけて、トレーニングを積んでいければまだまだ成長できると思っています。ロス五輪はちょっと先なので、まずは来年9月の東京世界陸上が目標です」

 2019年のMGCを制した中村だが、その頃よりも現在の方が〝勝っている〟部分があるという。

「地力は今の方が高いのかなと思います。あの頃はいい練習ができていましたし、勢いもありました。そこまで深く考えなくても、試合に出て結果を残せた部分があったんです。今は体と向き合って、やれている実感がありますし、練習でも当時を超えるような質の高いメニューができています。どんなレースにも対応できますし、今の方が〝強さ〟はあるのかなと思います」

 次なるターゲットは来年の東京世界陸上だ。その参加標準記録は2時間06分30秒とハイレベルだが、中村はもっと高いところを見つめている。

「2時間04分56秒の日本記録を持つ鈴木健吾選手はチームメイトですし、一緒に練習する機会も多い。自分自身も到達できるんだという思いもありますし、2時間4~5分台でコンスタントに走れるような強い選手を目指していきたい」

 今冬、中村匠吾がマラソンでどんなタイムを刻むのか。日本中から祝福を受けた〝あの日〟から、確実に成長した姿を披露する。

筆者:酒井 政人

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