大八木淳史のラグビーレジェンド対談第5弾の5回 ラガーマンとお酒 「大八木・大野酒豪伝説」
2025年5月9日(金)18時0分 スポーツニッポン
元ラグビー日本代表の大八木淳史氏(63)がゲストを招いてトークする「レジェンド対談」。第5弾は日本代表歴代最多の98キャップを持つ、東芝ブレイブルーパス東京アンバサダーの大野均さん(46)です。第5回は「ラガーマンとお酒 大八木・大野酒豪伝説」(対談映像はYouTube「スポニチチャンネル」で配信中です)
酒豪として有名な2人が、ラグビー選手がお酒を飲むときの定番ルール「バッファロー」の成り立ちを説明した。
大八木氏「お酒は右手で飲んだらダメなんです。バッファローと言ってね。何で右手でグラスを持って飲んだらアカン理由を何て聞いた」
大野氏「アフターマッチファンクションで握手をしたときに、手が冷えていたら失礼と聞いています」
大八木氏「冷たかったら、水牛か、みたいなこと言われてな」
大野氏「本当はアメリカの西部開拓時代に、荒くれ者たちが集まるバッファローバーというのがあって。拳銃を持っている荒くれ者たちが、ケンカが始まるとすぐに撃ちあいを始める。そのときに利き手の右手でグラスを持っていたら銃が抜けないから」
大八木氏も知らなかった秘話を披露した。
ラグビー選手にとって、お酒はコミュニケーションのツールでもある。
大野氏は東芝府中時代「お酒を飲んでチームが仲良くなる文化があった。入ったときは釜沢さん、安田桂さん、横山さんと、みんな190センチ以上、100キロ以上でLO会やりました」と懐かしそうに話した。
今でも晩酌はかかさず、ハイボールや焼酎のソーダ割りなどスッキリ飲めるのが定番だという。
豪快なのは大八木氏。ウイスキーは今でも軽く1本は空けるという。ビールの飲み方も「ジョッキに入れて飲んだら酔わへんねん。ビール瓶の大瓶を飲むときに吸わなあかん。あれで酸欠になるんやろな。あれでみんなが酔いよる」と神戸製鋼時代の豪快な飲み方を紹介した。
そんな2人が2023年、フランスで開催されたラグビーワールドカップ時に、パリで初めてグラスを重ねたという。
レストランに入った2人は食事とともにワインを1本、2本、3本、5本、6本…と。
普通ならチェイサーには水を飲むことが多いが大八木氏は違ったという。「チェイサーの代わりにビールを頼む人ってこういう人なんだなぁ」と、ワインとビールを交互に飲む大八木氏の姿を思い出し大野氏は大笑いした。
ワインもビールも10数本空け、「店員さんがビールがなくなったと思ったら無言で持ってきていましたもんね」と大野氏。
先輩として支払いをした大八木氏は「ウエートレスが、悪い(申し訳ない)からといってワイン2本分をサービスしてくれた。こいつら、どこまで飲むねん!みたいな」と、お題は10数万円だったという。
それでも2人は普通にホテルへの岐路についたという。ラグビー選手の酒豪ぶりはやはりすごかった。
◇大野 均(おおの・ひとし)1978年(昭和53)5月6日、福島県郡山市生まれの46歳。福島県立清陵情報高時代は野球部。日大工学部からラグビーを始め、東芝府中では、入社2年目の2002年の東日本社会人リーグから公式戦出場。トップリーグが始まった2003年シーズン後半からレギュラーに定着。現役時代のポジションはロック。ワールドカップは07年、11年、15年に出場。15年・南アフリカ戦の勝利に貢献。日本代表キャップは史上最多の98。現役時代は身長1メートル92、体重105キロ。
◇大八木 淳史(おおやぎ・あつし)1961年(昭36)8月15日、京都市生まれの63歳。伏見工からラグビーを始め、同志社大—神戸製鋼。同志社大時代は大学選手権3連覇、神戸製鋼時代は日本選手権7連覇に貢献。現役時代のポジションはロック。W杯は87年、91年に出場。91年・ジンバブエ戦でのW杯初勝利に貢献。日本代表キャップ30。現役時代は身長1メートル90、112キロ。