楽天・浅村の母・明美さん 偉業に「感謝しかありません」 高2で退学未遂...今があるのは仲間のおかげ

2025年5月25日(日)5時30分 スポーツニッポン

 ◇楽天・浅村 通算2000安打達成

 楽天・浅村の母・明美さんはこの日朝、大阪から新幹線に飛び乗り仙台へ。球場到着は試合開始後で、バックネット裏の席に座った直後に待望の瞬間が訪れた。「ギリギリだったので、何とか間に合って良かったです。時間はかかりましたが、本当に良かったです」。記念ボードを掲げて歓声を浴びる愛息の雄姿を目に焼き付けた。

 3兄弟の末っ子。両親は「好きなことをやらせる」との教育方針の下、愛情を注いできた。小さい頃は体を動かすことが大好きだったが、野球にはなかなか興味を示さなかった。小6から少年野球チームのスタッフが送迎する形で半ば強制的に野球を始めたが、明美さんは「人に言われて何かをするのが大嫌いな性格だから、最初はしぶしぶでしたね。ちゃんと練習に行っているか不安で、しばらくこっそりグラウンドまで見に行ってたんです」と当時を振り返る。

 野球人生最大の危機は、大阪桐蔭2年の秋。大阪府大会準々決勝でPL学園にコールドで敗れ選抜出場の道が絶たれた。「あの時は全部がうまくいかなくて“もう、ええわ”ってなってしまった」と浅村。思春期ゆえの不安定な心が爆発し、下級生に「もう学校やめるわ」と言い残し、学校から姿を消した。

 自宅に戻った息子に母が「なんで?」と尋ねても「やめるから…」と繰り返して泣くばかり。両親と西谷浩一監督を交えた説得は深夜2時まで続いた。引き戻してくれたのは当時のチームメートだった。「主将や野球部の皆さんが引き留めてくれて。それでもう一度、頑張ってみようと思えたみたいです。もし学校をやめていたら今頃どんな人生になっていたか…」と明美さん。“失踪騒動”から10カ月後。その仲間たちと夏の甲子園で頂点に立った。

 20日には連続出場記録が途切れた。ケガの痛みに耐えながら試合に出ていた時期もあった。そんな日々を思い出しながら「今までよく頑張ったね」とメッセージを送ったという母。「西武、楽天の両球団の関係者の皆さんが試合に使ってくださったから2000安打を達成できたわけで、本当に感謝しかありません」と感慨を込めた。「今の栄斗があるのも苦しい時に手を差し伸べてもらった人たちのおかげ。感謝を忘れず、これからは困っている人に手を差し伸べられる存在であってほしいですね」。試合後は大仕事をやってのけた自慢の息子と家族団らんで喜びを分かち合った。

スポーツニッポン

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