現代ボクサーのパンチは人間の耐えうる限界を超えてしまったのだろうか
2025年5月28日(水)16時2分 スポーツニッポン
【君島圭介のスポーツと人間】
前IBF世界ミニマム級王者・重岡銀次朗(25=ワタナベ)が、24日に大阪で行われたIBF世界ミニマム級タイトルマッチ後、救急搬送された。
その後、「急性右硬膜下血腫」と診断された重岡は緊急開頭手術を受けた。
判定で惜敗した王者ペドロ・タドゥラン(フィリピン)との世界戦は激しい打ち合いもダウンもなかった。アマチュア無敗でプロデビューし、わずか10戦で世界王者となった天才的ボクサーの技術を発揮した試合だった。
今は1秒でも早い回復を願うしかない。
今回の“事故”が世界戦で起きたこともボクシング関係者に衝撃を与えた。
重岡はテクニックもあり、まして元世界王者だ。プロは14戦ながらアマでは57戦で高校5冠に輝くキャリアを誇り、経験も十二分にある。
ひとつ仮説を立てる。現代ボクサーのパンチが人間の耐えうる限界に近づいているか、または超えてしまったのではないだろうか?
日本のプロ野球では2010年代に平均で140キロ台前半だった投手の投げる直球の球威が、2024年には平均146・7キロに上がったという。
筋力トレーニングを始め、練習方法の発達。器材の進化。動作解析など体の使い方の改善。野球の投手が平均球速を上げた背景だ。
同じことはボクシングにも言える。かつての指導者から“ウエートを使った筋トレはいらない”と吹き込まれた。筋肉が大きくなるとジャマになる、と。今ではボクサーも科学的トレーニングが一般的だ。ジムでウエートを挙げないトップ選手はいないだろう。
投手の球速と違ってボクサーのパンチを明確に数値化するのは難しいが、間違いなくこの10年で平均値は上がっていると思う。
体幹も強くなり“受ける”力=耐久力も上がった。ただ、どんなに厳しいトレーニングでも血管までは鍛えられない。
「リング禍は技術不足」など、とんでもない迷信だ。
ボクシングという素晴らしいスポーツがこれからも続いていくため、早急に対策が必要だ。
現在、日本ボクシングコミッション(JBC)ではグローブの重さをミニマム級からスーパーライト級までは1個8オンス(227グラム)、ウエルター級からヘビー級までは1個10オンス(283・5グラム)と定めている。
8オンスを10オンス、10オンスを12オンスにそれぞれ上げるという手段もあるが「重いグローブの方がダメージも大きい」という人もいるので、検証は必要だ。
グローブのナックル部分に厚みを増やすという手段もある。ただし、今回の重岡の例がそうであるように強烈なパンチがすべての原因とは限らない。倒れにくいグローブを使用すれば軽いダメージが蓄積して大きなケガに繋がる可能性もある。
いずれにせよ、ボクシング界は個別の事案ではなく、競技団体存続をかけた深刻な問題と捉え、様々な分野の専門家を交えた多角的な検証と思い切った対策を取るべきである。
JBCは新たな部署と専門チームをつくるくらいの覚悟を持たなければいけない。
ボクシングがいつまでも究極的に美しい殴り合いであるために…。