10代での挫折を糧に…東京五輪の“ラッキーボーイ候補”前田大然
2021年7月5日(月)15時19分 サッカーキング
7月22日の東京五輪初戦・南アフリカ戦(東京・味の素)まで2週間あまり。U−24日本代表の最終調整合宿が5日からいよいよスタートした。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)参戦中の三笘薫、旗手怜央、相馬勇紀と合流遅れの瀬古歩夢を除く18人が集結。トレーニングパートナーの6人も含めてチーム一丸となり、本番に向けて完成度を高めていくことになる。
森保一監督にとって最大の懸念材料は、エースFWと位置付けていた上田綺世の負傷だろう。脚付け根付近の肉離れで戦線離脱中の彼が間に合うかどうかは微妙なところ。コロナ禍の特別ルールでバックアップだった林大地が正式メンバー入りしたのは朗報だが、もともとFWの枚数が少ないだけに、既存戦力の前田大然には奮起してもらう必要がある。
自身に課せられたタスクがより大きくなってきたことを、本人もよくわかっているのだろう。五輪前最後のリーグ戦となった3日の柏レイソル戦では1ゴール1アシストの大活躍。「苦しいところで点の取れるFW」であることを強烈に印象付けてくれた。
この日の横浜FMは積極的な戦いを仕掛けてきた柏にやや主導権を握られ、苦しいスタートを強いられた。さらに31分にはマルコス・ジュニオールが神谷優太の左足を踏む形になり、一発レッドカードで退場。早い時間帯に数的不利になってしまった。
通常であれば、横浜FMは守備的な戦いを余儀なくされるところ。だが、柏が神谷という重要なピースをケガで失い、自らリズムを失ったのも追い風になり、俄然、攻撃姿勢を強めていく。攻守両面でピッチを所狭しと駆け回った前田はけん引役として異彩を放つ。そして76分にはティーラトンのロングパスに鋭く反応。一気にタテへ突進し、オナイウ阿道にラストパス。先制弾をお膳立てしてみせた。
そして4分後には、相手守護神キム・スンギュのパスミスをさらって、そのまま無人のゴールに飛び込むという離れ業をやってのけた。後方でチアゴ・マルチンスが倒れ込んでいるのを見て、柏イレブンは動きを止めてしまったが、「チアゴのことは気付かなかった」という前田は最後まで諦めずに、泥臭く追加点を追い求めた。「笛が鳴るまでプレーを止めるな」というのは、松本山雅時代に反町康治監督からも口を酸っぱくして言われ続けたこと。それを愚直に実践し続けているのはいかにも彼らしい。
こうして今季J1リーグ10ゴール目をマークし、気分よく代表合流した前田にはやらなければいけないことがある。上田が出場できないという万が一の状況に備えて、持ち前のスピードやハードワーク、守備意識の高さに加え、最前線で起点となる仕事にも取り組むことが肝要なのだ。
もちろん彼は上田とは違うから、前線でターゲットになったり、打点の高いヘディングでシュートを放つようなことは得意としていない。むしろその仕事は林の方が長けていると言っていい。とはいえ、FW枠で最初の18人に入った以上、どんな役割も柔軟にこなさなければ、チームを勝利に導けない。金メダルを獲得しようと思うなら、なおさらだ。
松本山雅からポルトガル1部・CSマリティモへ赴いた頃は「肝心なところで点が取れない」と言われていたが、この2年間で劇的な変貌を遂げられたのだから、五輪という大舞台でもきっとできるはず。横浜の松永英機監督も「日本がどういう戦術でやったとしても大然は確実にフィットできる」と太鼓判を押していた。
そもそも前田大然という選手は不可能を可能にしてきた男。振り返れば、山梨学院大学付属高校時代にヤンチャの度を越して停学となり、1年間サッカー部から離れるという苦境を乗り越えて、日の丸をつかむところまで成り上がってきたのだ。
「高1の時に悪さをして、高2の時、丸々1年サッカーをやっていなくて、やめようかなというくらい、いろいろあった。社会人チームに入らせてもらったんですけど、そこでみんなに支えてもらって、『人のために何かをしないといけない』という考えに変わった。それまでの自分は、ただ走ってゴールを取ってる感じでしたけど、チームのために走ることをすごく学んだ。自由を与えてくれたのに、迷惑をかけた両親には恩返しをしたいです」
10代の挫折経験を糧に、2016年に松本山雅入り。翌年の水戸ホーリーホックへのレンタル移籍を経て、2018年に復帰した松本山雅で主力の座をつかんだことで、森保一監督に認められた。2008年北京五輪を指揮し、今は日本サッカー協会で技術委員長を努める反町監督に師事したことも、代表入りの大きなプラスになったことだろう。
彼の紆余曲折は修羅場をくぐり抜けるうえで必ず力になる。むしろ順風満帆に来た人間よりも度胸があるだろうし、大胆に行動できるかもしれない。コロナ禍で開催自体がいまだに疑問視されている東京五輪を戦うとなれば、目に見えないプレッシャーがのしかかるはず。それを跳ね除けるだけのド根性が前田にはある。そういう意味で、彼がラッキーボーイになる可能性は少なくないのだ。
「ここがゴールじゃない。日本が五輪で優勝するために戦わないと。1次ラウンドの相手はどこも身体能力が高い。僕も海外でやった経験があるので、欧州、アフリカや南米といろんな選手と戦ってきましたけど、絶対に負けたらいけない。しっかり金メダルを取れるように全力を出したいと思います」
本番でゴールを奪ったら、2歳の愛娘と一緒に考えたパフォーマンスを披露するという前田大然。それが現実となるように、彼には最高の準備をして、獅子奮迅の働きを見せてほしいものだ。
文=元川悦子
森保一監督にとって最大の懸念材料は、エースFWと位置付けていた上田綺世の負傷だろう。脚付け根付近の肉離れで戦線離脱中の彼が間に合うかどうかは微妙なところ。コロナ禍の特別ルールでバックアップだった林大地が正式メンバー入りしたのは朗報だが、もともとFWの枚数が少ないだけに、既存戦力の前田大然には奮起してもらう必要がある。
自身に課せられたタスクがより大きくなってきたことを、本人もよくわかっているのだろう。五輪前最後のリーグ戦となった3日の柏レイソル戦では1ゴール1アシストの大活躍。「苦しいところで点の取れるFW」であることを強烈に印象付けてくれた。
この日の横浜FMは積極的な戦いを仕掛けてきた柏にやや主導権を握られ、苦しいスタートを強いられた。さらに31分にはマルコス・ジュニオールが神谷優太の左足を踏む形になり、一発レッドカードで退場。早い時間帯に数的不利になってしまった。
通常であれば、横浜FMは守備的な戦いを余儀なくされるところ。だが、柏が神谷という重要なピースをケガで失い、自らリズムを失ったのも追い風になり、俄然、攻撃姿勢を強めていく。攻守両面でピッチを所狭しと駆け回った前田はけん引役として異彩を放つ。そして76分にはティーラトンのロングパスに鋭く反応。一気にタテへ突進し、オナイウ阿道にラストパス。先制弾をお膳立てしてみせた。
そして4分後には、相手守護神キム・スンギュのパスミスをさらって、そのまま無人のゴールに飛び込むという離れ業をやってのけた。後方でチアゴ・マルチンスが倒れ込んでいるのを見て、柏イレブンは動きを止めてしまったが、「チアゴのことは気付かなかった」という前田は最後まで諦めずに、泥臭く追加点を追い求めた。「笛が鳴るまでプレーを止めるな」というのは、松本山雅時代に反町康治監督からも口を酸っぱくして言われ続けたこと。それを愚直に実践し続けているのはいかにも彼らしい。
こうして今季J1リーグ10ゴール目をマークし、気分よく代表合流した前田にはやらなければいけないことがある。上田が出場できないという万が一の状況に備えて、持ち前のスピードやハードワーク、守備意識の高さに加え、最前線で起点となる仕事にも取り組むことが肝要なのだ。
もちろん彼は上田とは違うから、前線でターゲットになったり、打点の高いヘディングでシュートを放つようなことは得意としていない。むしろその仕事は林の方が長けていると言っていい。とはいえ、FW枠で最初の18人に入った以上、どんな役割も柔軟にこなさなければ、チームを勝利に導けない。金メダルを獲得しようと思うなら、なおさらだ。
松本山雅からポルトガル1部・CSマリティモへ赴いた頃は「肝心なところで点が取れない」と言われていたが、この2年間で劇的な変貌を遂げられたのだから、五輪という大舞台でもきっとできるはず。横浜の松永英機監督も「日本がどういう戦術でやったとしても大然は確実にフィットできる」と太鼓判を押していた。
そもそも前田大然という選手は不可能を可能にしてきた男。振り返れば、山梨学院大学付属高校時代にヤンチャの度を越して停学となり、1年間サッカー部から離れるという苦境を乗り越えて、日の丸をつかむところまで成り上がってきたのだ。
「高1の時に悪さをして、高2の時、丸々1年サッカーをやっていなくて、やめようかなというくらい、いろいろあった。社会人チームに入らせてもらったんですけど、そこでみんなに支えてもらって、『人のために何かをしないといけない』という考えに変わった。それまでの自分は、ただ走ってゴールを取ってる感じでしたけど、チームのために走ることをすごく学んだ。自由を与えてくれたのに、迷惑をかけた両親には恩返しをしたいです」
10代の挫折経験を糧に、2016年に松本山雅入り。翌年の水戸ホーリーホックへのレンタル移籍を経て、2018年に復帰した松本山雅で主力の座をつかんだことで、森保一監督に認められた。2008年北京五輪を指揮し、今は日本サッカー協会で技術委員長を努める反町監督に師事したことも、代表入りの大きなプラスになったことだろう。
彼の紆余曲折は修羅場をくぐり抜けるうえで必ず力になる。むしろ順風満帆に来た人間よりも度胸があるだろうし、大胆に行動できるかもしれない。コロナ禍で開催自体がいまだに疑問視されている東京五輪を戦うとなれば、目に見えないプレッシャーがのしかかるはず。それを跳ね除けるだけのド根性が前田にはある。そういう意味で、彼がラッキーボーイになる可能性は少なくないのだ。
「ここがゴールじゃない。日本が五輪で優勝するために戦わないと。1次ラウンドの相手はどこも身体能力が高い。僕も海外でやった経験があるので、欧州、アフリカや南米といろんな選手と戦ってきましたけど、絶対に負けたらいけない。しっかり金メダルを取れるように全力を出したいと思います」
本番でゴールを奪ったら、2歳の愛娘と一緒に考えたパフォーマンスを披露するという前田大然。それが現実となるように、彼には最高の準備をして、獅子奮迅の働きを見せてほしいものだ。
文=元川悦子