売上高は浦和の3分の1。アビスパ福岡を強くした長谷部監督のマネジメント術

2023年11月8日(水)12時30分 FOOTBALL TRIBE

アビスパ福岡 長谷部茂利監督 写真:Getty Images

11月4日に開催された浦和レッズとのYBCルヴァンカップ(ルヴァン杯)決勝に2-1で勝利し、クラブ初タイトルを獲得したアビスパ福岡。長い間、昇降格を繰り返しJ1に定着できず「エレベータークラブ」と呼ばれていた。昨2022シーズンのクラブ予算はJ1リーグ18チーム中16位だったチームが、なぜタイトルを獲れるまでに成長したのか。要因は様々だが、間違いなく大きな割合を占めるのは2020年からチームを率いる長谷部茂利監督の手腕だろう。


ここでは、選手からもサポーターからも愛される長谷部監督の偉業と手腕について紐解いていく。




アビスパ福岡 長谷部茂利監督 写真:Getty Images

卓越したマネジメント力


2019シーズンの福岡は、J2で16位に沈んでいた。ところが、長谷部監督就任1年目の2020シーズンはJ2を2位で終えJ1に昇格、2年目はJ1で8位の成績を残し、3年目もJ1に踏みとどまりルヴァン杯ではベスト4、そして4年目の今2023シーズンは第31節終了時点の現在J1で8位。さらに先日手にしたルヴァン杯での優勝と着実なステップアップを遂げてきた。


柳田伸明強化部長は、水戸ホーリーホックを率いていた長谷部監督を福岡に招聘した理由をこう明かす。「勝ち点を持っている監督だからオファーしました。加えて言葉のかけ方や起用法など、選手をものすごくリスペクトをされている方だと思っています」


長谷部監督は常に丁寧な言葉遣いで選手に接し、チームでは「監督」ではなく「シゲさん」と呼ばれている。全員を平等に扱い、出場機会の多くない選手が「控え」と呼ばれるのを嫌う。それは自身の選手時代「自分がそういう立場の選手だった」という苦しい経験が影響しているようだ。選手たちからの信頼が非常に厚く、チームの雰囲気が良いことは、複数の選手が「アビスパは本当に選手同士の仲が良い」「監督への不満を一切聞いたことがない」と語っていることからも明らかだ。


ルヴァン杯決勝戦では、優勝が決まった瞬間、ベンチにいた選手たちが監督のもとへと駆け寄る姿が見られた。長谷部監督がマネジメント力を発揮する相手は、選手たちだけにとどまらない。コーチやスタッフ全てをフラットに見て信頼を寄せる監督は「選手もスタッフも何ら変わりない。私もコーチもアシスタントコーチも通訳も1人。奈良(竜樹)は大事なキャプテンだけれども、それでも選手の1人にすぎない」と語っている。


チームに関わる全員を信頼している監督と、その信頼を感じながら個々人が良い仕事をするなかで現在のチームが形成されている。信頼関係があるからこそ練習時はある程度コーチに任せ、自身は他の準備や片付け、そして選手たちを見ることに集中。日々の細かな変化を逃さない観察力が、柔軟なマネジメントへと繋がっている。




アビスパ福岡 長谷部茂利監督 写真:Getty Images

勝利へのこだわりとフェアプレー精神


時には際どい発言をして他クラブのサポーターから批判を浴びることもある長谷部監督だが、チームが勝利するためには矢面に立つことを厭わない。というより「彼は未だにガラケーだから、選手がSNSで上げているものを何も見ていないし、何も気にしていない」(川森敬史会長)という発言から想像するに、匿名で発せられる喧騒はおそらく知りもしない。


通常、アウェイでの試合は前日移動が多く見られるが、浦和との決勝戦に向けては2日前から東京に入っていた福岡。これは1%でも勝つ可能性を上げたいという考えの表れであり、勝利へのこだわりを感じる。守備をベースにした戦い方も勝利を求めるがゆえだ。「自分の理想的なプレースタイル、プレーモデルはありますが、自分たちに最適なものを、できるものを、監督やコーチングスタッフ、選手で何ができるのかというところから選んでいる」と語っており、優先順位がブレることはない。


勝利のためなら何でもするかといえばそうではない。昨2022シーズンの第28節、名古屋グランパス戦(2-3)で起きた事案がそれを象徴している。判断ミスなどによる疑惑のプレーで福岡がゴールを挙げると、長谷部監督が選手に指示し、名古屋に「お返しゴール」として1ゴールを献上した。その際「何が何でも勝ちたいです。だけども、そういうことしてまでというのはちょっと違うと思う」と語り、フェアプレー精神とリスペクトを欠かさない姿勢を貫いた。


アビスパ福岡 長谷部茂利監督 写真:Getty Images

モチベーターとしての伝達術


今季、福岡は開幕前から「リーグ戦8位以上、カップ戦ベスト4以上」という目標を打ち出していた。天皇杯はベスト4、ルヴァン杯は優勝、そしてリーグ戦もあと3試合を残す現時点8位と全ての目標を達成し得る状況だ。現状を正確に分析して立てた目標であると同時に「J1に居続け、ベスト4に入り続けたらカップ戦で優勝するチャンスが必ずあります。それが今回です」と目標を定めた狙いを語っている。


天皇杯、ルヴァン杯ともに勝ち進んでも、長谷部監督は優勝という言葉をなかなか発しなかった。ようやく選手たちにその言葉を伝えたのは、ルヴァン杯と天皇杯ともにベスト4という当初の目標を達成したあとのタイミングだ。川森会長も「(長谷部監督は)モチベーターですね。全ての物事はチームが勝つために、という軸があります。発する言葉は全て勝つための発信だと思っています」と語っており、常に選手のモチベーションを考えて発言していることが分かる。




アビスパ福岡 MF井手口陽介 写真:Getty Images

限られた経済状況での工夫


2022年度の各クラブごとの売上高を見ると、福岡はJ1リーグ18クラブ中16位で約28億円。前年度と比べると約7億円増加しているものの、リーグトップで決勝戦の対戦相手でもあった浦和の約81億円と比べると3分の1ほどに留まる。長谷部監督は「資金が乏しいとは思っていない。他のビッグクラブに比べると少ないだけ」と語るが、一方で「我々は5億も6億もする選手を獲ったりはできない。Jリーグの中で大活躍した選手にはなかなか来ていただけません。そういう中でどうしたらいいか、選手編成を含めて考えています」と工夫を明かす。


実際に、ルヴァン杯の決勝戦で2アシストの活躍をみせたMF紺野和也はFC東京時代レギュラーを掴めなかった選手であり、ピッチを縦横無尽に駆け巡り勝利に貢献したMF井手口陽介もセルティック(スコットランド)で不遇の時を過ごしていた選手。その他にもJ1で出場機会を得られなかったり、J2で過ごしていた選手がほとんどだ。経験値が少なくてもチーム戦術に合致する選手を獲得し、個々の特長を伸ばしてきた長谷川監督。


ビッグタイトルを獲得したことで、今後他チームからの警戒心は増すだろう。サイドに追い込むプレスを剥がす術や、コンパクトな守備ブロックを突き破る方法も分析されるはずだ。現在も続く守備のベースを作った2020シーズン、強度を上げ守り勝った2021シーズン、速攻以外の構築を目指すなかコロナ渦に巻き込まれながらも残留を掴んだ2022シーズン、昨年のリベンジをしてビルドアップを磨いた2023シーズン。今後も良い結果を残すためにさらなる進化を求められるが、特別何かを大きく変えることはないだろう。ベースはあくまでも身体を張った泥臭い守備。祝勝会で次の目標を訊かれたキャプテンのDF奈良竜樹が「アウェイでガンバ(大阪)に勝つ!」と力強く誓ったように、チームの意識はリーグ次戦に向けられている。偉業を成し遂げてなお、これまで通り1試合1試合を全力で戦っていく福岡から目が離せない。

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