広島県尾道市。人口8000人の生口島から広がる、新しいまちづくり

2024年2月7日(水)6時30分 ソトコト


瀬戸内にある人口8000人ほどの広島県・生口島。この島の「しおまち商店街」から、地域内外の多様な人々が連携したまちづくりが始まっています。


「しおまち商店街」は約600メートルあり、港から耕三寺のある場所まで続いている。

まちの未来と向き合い、行動する、「しおまち商店街」。


広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ、全長約60キロメートルの瀬戸内しまなみ海道(以下、しまなみ街道)。併設されたサイクリングロードから瀬戸内の島の絶景を楽しめるとあり、「サイクリストの聖地」とも呼ばれ、日本のみならず海外からも人気を集めている。


左上から、観光スポットのひとつである耕三寺。港近くにあるレモンベンチ。瀬戸田町は国産レモンの生産高が1位の地域でもある。瀬戸田港から歩いてすぐの場所にある「しおまち商店街」。下段左から、多くのサイクリストが訪れる。商店街の中にもレンタサイクルできる店がいくつもある。朝の「しおまち商店街」。『Azumi Setoda』と同時期に開業した宿泊施設『yubune』。尾道港や三原港を海路で結ぶ瀬戸田港。乗客にはサイクリストたちの姿も多い。

このしまなみ海道の中間地点にあるのが、尾道市に属する島、生口島。船の玄関口となる瀬戸田町にある瀬戸田港に降り立つと、まず目に映るのが2021年にできた複合施設『SOIL Setoda』だ。ガラス張りの1階のカフェには、さまざまな年代の老若男女や外国人の姿が。ここからまちの観光名所である耕三寺まで続く「しおまち商店街」に足を延ばすと、何人ものサイクリストたちとすれ違った。商店街にはシャッターが下りた店もあるが、開いている店の店主が、「今日は何で来たの?」と、気さくに声をかけてくれて、何だか心が温かくなる──そんな都会にはない、懐かしさとのんびりとした空気をまとう「しおまち商店街」は、これまでに2度の栄枯を経験している場所だ。一度目は1950年代。耕三寺を目当てに多くの観光客が訪れていたが、その後人の流れは落ち込んだ。次は1991年のしまなみ海道開通の後の数年。そのときに訪れた賑わいを最後に、商店街は衰退の一途を辿り、全盛期に184店舗あった店は34店舗まで減り、商店街組合も解散してしまった。


瀬戸田港にある瀬戸田町瀬戸田地区の観光案内図。港から右にまっすぐに伸びている朱色の線の部分が、「しおまち商店街」。

「でも、今はサイクリストや若い方が島にたくさん来てくれて、変化を感じています」。こう話すのは、「しおまち商店街」の地元有志団体『しおまち商店街の輪』の会長で商店街にある飲食店『わか葉』を営む山口広三さん。瀬戸田町で生まれ育ち、高校から島外に出たが、しまなみ海道の開通を機に家業の『わか葉』を手伝うためにUターンした。「しまなみ海道が開通したばかりの頃は、車の渋滞ができるほど人が来ていました。でも数年で減ってしまったんです」。この状況を変えたいが、どうすればいいのかわからない。そんな日々のなかで山口さんの気持ちを変えた一人が、『西日本旅客鉄道』の内藤真也さんだった。


「しおまち商店街」の未来をつくる、ワークショップを開催。


内藤さんは、『西日本旅客鉄道』の中でも、企業の事業誘致などまちづくりに関連する部署に所属し、2016年に瀬戸内のブランディングなどを手掛ける企業への出向により、「しおまち商店街」のある瀬戸田町と関わるように。そこで内藤さんは、まちの課題になっていた商店街にある『旧・堀内邸』の存在を知った。歴史的な価値がある建物だったが、長年空き家のままになっていたのだ。「ここが変われば、商店街も変わっていくかもしれない」。そう感じ、この場所を生かしてもらえるような投資家や企業を探した。「そこで手を挙げたのが、高級ホテルを手掛ける『Aman』の元・日本代表の方だったのですが、ここで事業をするならもっとまちの人の声を聞き、同じ未来を向く必要があると思いました。そこで尾道市役所に掛け合い最終的に『しおまちとワークショップ』という対話の場をひらくことになりました」と、内藤さん。


取材当日に集まった「しおまち商店街」に関わるみなさんをご紹介!


【後列右から】鈴木慎一郎さん(しおまち企画)、坂本里美さん(広島県尾道市百島支所・支所長)、長澤宏明さん(瀬戸田燃料 代表取締役、尾道しまなみ商工会 副会長)、中野克義さん(中野生花店 店主)、山口広三さん(わか葉 店主、しおまち商店街の輪 会長)、河内英介さん(瀬戸田公民館 館長)【前列右から】名部絵美さん(Azumi Setoda 広報)、内藤真也さん(西日本旅客鉄道 地域プロデューサー)、小林亮大さん(しおまち企画 代表)

この流れのなかで出会った内藤さんと山口さんは、「しおまち商店街」や瀬戸田町の未来について話すように。「最初は『旧・堀内邸』を高級ホテルが手掛けると聞いて、不安もあったし、外から来た内藤さんを訝しがってもいました(苦笑)。でも、内藤さんたちのまちに対する思いを聞いて、それなら僕も一緒にまちづくりをしていこうと気持ちが変わったんです」と、山口さん。一方の内藤さんは「商店街の方々がフレンドリーに話しかけてくれたり、初対面の私に地域の危機感を真剣に相談してくださったり。この地域に尽力し、50年後、100年後の未来を一緒に考え、実現していきたいと思いました」と、振り返る。


ワークショップは、2019年から2021年の3年間で行われ、最終的には地域内外から100人以上が参加。「しおまち商店街」の課題やポテンシャルを見つけたり、瀬戸田町らしいデザインについて考え、具体的な事業に落とし込んだ。このワークショップでは、尾道市役所の存在も大きかった。2023年3月まで『尾道市瀬戸田支所』の支所長として関わり、現在は市内百島町の『尾道市百島支所』で支所長を務める坂本里美さんは、「行政面のサポートや、地域内の調整など、市としてできることをしました。『しおまち商店街』から始まるまちづくりの流れがほかの島にも伝わっていってほしいと思っています」と話す。


目指す方向性や、思いをひとつにして。


「しおまち商店街」と瀬戸田町の未来のために、官民が連携して行った「しおまちとワークショップ」からは、20以上の事業が立ち上がり、すべて実現。地域内外の連携も生まれた。こうして、2021年3月に『旧・堀内邸』は、日本旅館『Azumi Setoda』として開業し、翌月には宿泊施設『SOIL Setoda』が誕生した。「『SOIL Setoda』は、ワークショップの中で出た『島で朝ごはんや、コーヒーを楽しめるところがほしい』という声から生まれました。”まちのリビングルーム“がコンセプトで、1階のカフェは誰でも利用できます。地域の人も観光で来た人もくつろげる場所になれたらと思っています」と、話すのは『SOIL Setoda』を運営する『しおまち企画』の代表・小林亮大さん。以前は東京に住んでいたが、ワークショップの運営に携わるうちに、瀬戸田町に深く関わっていこうという気持ちが生まれ移住してきた。



タイル絵が目を引く『yubune』の大浴場。

現在、『しおまち企画』では、商店街にある空き家10軒を、店舗と住宅や宿泊施設が一体になった建物に変えていく「ショップハウスプロジェクト」を進めている。「『SOIL Setoda』や『Azumi Setoda』のような“点”を増やし、“面”でまちを活性化していくのが次のフェーズです。僕がこのまちに惹かれた理由のひとつは人です。『しおまち商店街』といえば山口さん、あの店ならあの人というように、誰かの顔が浮かぶまちだから好きなんです。自分たちがつくる場所もそうなっていかなければと感じています」と、小林さんは決意を語る。


『しおまち企画』では、六次産業として近隣の島で採れる柑橘を使ったジュースなどもつくっている。

『SOIL Setoda』1階のカフェ。


内藤さんや小林さんの動きが波紋のように伝わり、まちのあちこちで新しい取り組みが生まれ、人の往来が増えている「しおまち商店街」。その様子を温かく、ときに厳しく見守っている山口さんの胸には、このまちへの希望がある。「今の『しおまち商店街』があるのは、まちを築いてきた先輩方と盛り上げてくれているたくさんの人たちのおかげです。今後も地域内の橋渡しなどサポートをしながら、このまちに思いのあるみなさんと一緒に未来をつくっていきたいです」。



23年10月にオープンしたばかりのショップハウス第1号のセレクトショップ『ひ、ふ、み』。瀬戸田町や瀬戸内のプロダクトを1階で販売。

「しおまち商店街」に関わるみなさんの、ローカルプロジェクトがひらめくコンテンツ。


Book:瀬戸田町史
瀬戸田町教育委員会編、瀬戸田町教育委員会刊
内藤さんたちと出会い、まちづくりをしていこうと決めたときに、もっと瀬戸田町のことを知らなければならないと思い、改めて読みました。地理編や民俗編など全部で5冊あり、まちについて深く知ることができました。(山口広三さん)


Radio:低空飛行ポッドキャスト
原研哉さんとさまざまな業界の重鎮であるゲストが対談をする番組です。ゲストには過去や現在進行系でローカルプロジェクトに関わっている方が多く、興味深い話や視座の高い考えを聞くことができます。(小林亮大さん)



TV:ニッポン辺境ビジネス図鑑
徳島県・神山町などの「辺境」で地域を変える人の姿を取材していくのですが、一番いいなと思ったのが、コンビニの店員さんなどごく普通に暮らしている人にも取材しているところ。地域の要はそこにあると思います。(内藤真也さん)


photographs by Tom Miyagawa Coulton text by Ikumi Tsubone


記事は雑誌ソトコト2024年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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