美術館、劇場、Barに朝市... 「日本一の旅館」はもはや「旅館」の域を超えていた
2023年2月15日(水)17時0分 Jタウンネット
2023年1月24日——「最強寒波」が日本列島を覆っていたあの日、Jタウンネット記者は石川県七尾市にいた。
駅から出ると、大粒の雪が空から降ってきている。まだ積もっていなかったものの「これはヤバイ」と思わせるものだった。
この後、確実に積もっていくだろう。普段であれば周辺の様々なスポットを巡り、ご当地グルメを楽しみたいところなのだが、この状況でそれは、命知らずにもほどがある。
致し方ない、早々に宿に向かおう。記者は、予約していた旅館「和倉温泉加賀屋」に足を踏み入れた。

1906年創業の加賀屋は、旅行新聞新社が主催する「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で何度も総合1位に輝いている日本屈指の名旅館。これまでに、通算41回の総合1位を獲得している。ちなみに、22年12月に発表されたばかりの最新版(第48回)では、総合・おもてなし部門・企画部門でそれぞれ1位だ。
今回石川に来たのはこの「日本一の旅館」を体験するためだったのだが......結論から言えば、この日宿泊するのに、これ以上の場所はなかっただろう。
コーヒー1杯も格が違う
それは何故か。和倉温泉加賀屋では、旅館の中だけで存分に楽しむことができるからだ。
冷えた体を温めるため、記者はまず、入ってすぐのところにある「ロビーラウンジ飛天」でコーヒーを飲むことに。天気が良ければ七尾湾の絶景を楽しめるらしいが、窓の上に舞う天女の輪島塗のパネルが、悪天候でも目を楽しませてくれる。

そこで提供されるコーヒーは、輪島塗のパネルと同じ天女の絵が描かれたカップに注がれている。しかも、「金箔入れ放題」だ。

贅沢すぎる一杯でほっと一息ついたが、外は相変わらず荒れ模様。これからどうしようかと悩む記者のもとに、加賀屋・第一営業部の張原滋さんがやってきた。
「館内の美術品をご覧いただくのがオススメです」(張原さん)
加賀屋では、館内の至る所に石川県の伝統工芸品を飾っているという。せっかくなので、張原さんにお願いして案内してもらった。
旅館じゃなくて美術館のレベル
張原さんによると、加賀屋は「日本文化の継承」というコンセプトのもと、館内に様々な作品を散りばめている。伝統工芸品のショーケースのように、滞在を楽しんでもらおうという狙いだ。

中には人間国宝・木村雨山(1891-1977)の加賀友禅や日展作家・西塚栄治(1943-2009)のアルミの上に漆と螺鈿(らでん)を施した珍しい輪島塗といったビッグネームの作品もある。

圧巻だったのは「能登渚亭」という棟の1階〜12階の吹き抜け部分の壁一面にわたる作品「四季の花」だ。加賀友禅作家・梶山伸(1908-1997)による37メートルもの長さの大壁画で、ガラス張りのエレベーターから間近で観賞できる。
これだけ伝統工芸品に触れると、宿から一歩も出てないのに、「石川県に来た」感がすごい。
「そういうの見てもよくわからないし......」という人も16時〜と17時〜に行われる「加賀屋湯番頭と行く『館内は美術館ツアー』」(宿泊者限定)に参加すれば解説もしてもらえるので、安心だ。
エンターテインメントも充実
加賀屋の楽しみはまだまだ続く。アートの次はエンターテインメントだ。
向かったのは1階にあるシアタークラブ「花吹雪」。ここで「レプラカン歌劇団」のレビューショーを見る。

約45分間、歌と踊りが次々と繰り出される華やかなレビューは、ストレスで凝り固まった心を熱くさせ、ときめかせてくれた。
レプラカン歌劇団の公演は、連日20時45分〜21時25分の上演。少なくとも3月20日までは予定だ(延長の可能性あり)。その時どんなエンターテイメントを楽しめるのかは、公式サイトで要チェックだ。
さて、夜がさらに深まると大人だけの時間に。加賀屋にはお酒を楽しめるバーもある。

バー「しぐれ」は、大きな吹き抜けの中2階にある。まるで空中に浮かんでいるような、開放的な空間で提供されるのは、バリエーション豊富なカクテルやノンアルコールカクテルだ。お酒が飲める人でも飲めない人でも、1人静かにでも、恋人や家族とじっくり話し合いながらでも、素敵なひと時が過ごせそうだった。

喫煙者にも嬉しい空間
もっと重厚な夜の空気感を味わいたいなら、シガーバー「笹笛」に行ってみるのもいいだろう。入った瞬間、エレガントな紳士淑女になれる魔法の空間だ。

本場・キューバ産の銘柄を中心とした葉巻を燻らしながら、上質なウイスキーとワインで乾杯。時がゆっくりと流れているような、非日常感たっぷりの店内では、忙しない日常を忘れられる。

張原さんによると、笹舟のオープンは21年7月。意外にもごく最近のことだった。
なぜこの時代に、シガーバーを新たに作ったのか。張原さん尋ねると、加賀屋の「おもてなし」の精神がにじむこんな言葉を語った。
「吸わない人はもちろんですが、たばこを吸う人にも楽しめる工夫をしているんです」
その思いは、次に入った部屋からも伝わってきた。

九谷焼が展示されている室内には、座り心地のよさそうな椅子も置かれている。ラウンジスペースのように見えるが、実は「喫煙室」だ。
喫煙室といえば何の面白みもない空間なことも多い。しかし加賀屋ではゆったりと座って、美しいものを見ながら一服できる。喫煙者にとっては嬉しい心遣いだろう。
館内で「朝市」まで体験
ああ、充実した1日だった。到着してからずっと館内にいたが、退屈する暇もなかった。
もちろん、夕食も温泉も素晴らしく、館内を巡って使った体力は、すぐにチャージできる。


そして......朝は早起きした。なぜなら、加賀屋では朝しか楽しめないものもあるからだ。

6時から10時までの間、1階で開かれている「能登あすなろ市」だ。能登の海の幸や珍味、調味料といった食材がずらり。何を買おうか悩んでしまうほどの誘惑が待っているので、行く人は覚悟した方がいいだろう。記者も気づいたら約1万円分の買い物をしてしまっていた。

能登あすなろ市以外にも、ショッピングできる場所が加賀屋の中にはたくさんある。1階の「錦小路」と名付けられた通りには、美術館ツアーでも触れた伝統工芸品に、銘菓や海産物、地酒などを販売する売店が連なっているのだ。

チェックアウト前の7時30分〜11時、チェックイン開始後の15時〜21時30分に営業しているので、帰る前にお土産を買うだけでなく、寝る前に客室で楽しむお酒やおつまみを選ぶのに使ってもいいだろう。


明日への活力の注入
買い物を終えると、チェックアウトの時間が迫っていた。これだけ館内でいろんな体験をしたのに、エステやカラオケなど、行けていない施設も結構ある。加賀屋を一泊で味わい尽くすのは、無理だったのだ。
正直、旅館がここまでやらなくてもいいんじゃないかと思うほどである。だから最後に、張原さんに記者の驚きを率直に伝えてみた。すると、彼はこう語った。
「お客様に喜んでいただくことを第一に考えています。明日への活力の注入のお手伝いをするのが加賀屋の使命です」
外に出ると、外には深い雪が積もっていた。そういえば、ものすごい寒波が来ているんだった。
そんなことを完全に忘れるほど、盛りだくさんの一泊だった。