92歳の父、89歳の母との3人暮らし。持ち家があって正社員だが、自分は難病で週3の透析、老後が不安

2025年3月3日(月)11時30分 婦人公論.jp


写真提供◎photoAC

2024年下半期(7月〜12月)に配信したものから、いま読み直したい「ベスト記事」をお届けします。(初公開日:2024年7月5日)
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昨年は、モトザワ自身が、老後の家を買えるのか、体当たりの体験ルポを書きました。その連載がこのほど、『老後の家がありません』(中央公論新社)として発売されました!(パチパチ) 57歳(もう58歳になっちゃいましたが)、フリーランス、夫なし、子なし、低収入、という悪条件でも、マンションが買えるのか? ローンはつきそうだ——という話でしたが、では、ほかの同世代の女性たちはどうしているのでしょう。「老後の住まい問題」について、1人ずつ聞き取って、ご紹介していきます。

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前回「非正規職員でいまだ現役の66歳。離婚の財産分与で買ったマンションがあって良かった!「素直なSOS」が幸運を呼び込む」はこちら

老親の面倒を見ながら、自身は難病


いまのアラ還は、バブルを知っている世代です。社会人になった頃、ちょうど世の中はバブルに浮かれていました。20代は合コンに明け暮れ、華やかな日々を過ごした女性も少なくないでしょう。当時は「良い学校、良い会社」という法則がリアルにあって、ひとたび良い職場に就職さえできれば、安定した老後が約束されたものです。

ところがこの40年間に社会は激変。競争激化によるリストラなどで、約束されていた「安定した老後」が夢と消えた業種や会社もあります。生き残った企業でも、社員は、より高い生産性や新たなスキルを求められてきました。とはいえ、定収が得られる仕事があって、定年まで安定して働けるのはごく一部のラッキーな人だけ。

「正社員だし、実家は持ち家だし、自分でも恵まれていると思うんです」と話すのは、実家暮らしの会社員、真梨枝さん(仮名、62)です。ただし懸念もあります。同居の老親の面倒を見ながら、自身は難病で、生涯、通院し続ける身の上なのです。

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真梨枝さんは実家で、父(92)と母(89)の3人暮らしです。少し前までは、「65歳になったら、実家を売ってサ高住に入る」と、豪語していました。サ高住なら、もしもの時の安否確認はしてくれますし、食事などのサービスも(有料ですが)提供されます。2階建ての実家の維持管理が大変そうなのも理由の一つでした。

定年まで働き続けそう


先日、真梨枝さんは実際に、大手が建てた近所のサ高住に聞きに行ってみました。「65歳から入れます」と言われて喜んだのもつかの間、値段を聞いて大ショック。

「6000万円かかります」

80代とか90歳手前になってから入るなら、もっと安くて済みますが、若いうちからだと相当な費用がかかる、とのことでした。サ高住はピンキリです。話を聞いた物件は高級サ高住だったのでしょうが、真梨枝さんはすっかり意気消沈してしまいました。定年後は早々にサ高住へ引っ越す、というプランは諦めました。

真梨枝さんは、全国展開している大手メーカーの正社員です。地元の短大を卒業し、転勤のない一般職で、1983年に入社しました。職場はJR駅前のオフィスビルの中にある支社です。

真梨枝さんが入社した頃、大企業には、女性は結婚したら退職するという「寿退社」の風習がありました。真梨枝さん自身も、漠然と「2、3年働いたら辞めるのかな」と思っていました。でも、社内には女性への結婚退社プレッシャーはなく、居づらくなりませんでした。本社から転勤で来る社員も、地域採用の社員もいて、仲が良い職場です。

「実家だし、自分一人なら喰っていける、と思ってました」。ずっと働いてきて、ふと気付けば真梨枝さんは、支社で最年長の社員になっています。もちろん上司も年下です。

「入社した時は、会社は55歳定年だったんですけど、途中で60歳になって。それが私が60歳になる年に、65歳まで5年延長されちゃって。いま辞めたら、自己都合退職になっちゃいます。せっかくだから、定年まであと3年、働こうと思います」。入社時の思惑とはまったく異なり、定年まで働き続けそうです。

親の小言と冷や酒は後から効く


真梨枝さんは事務職で、職務は営業補助です。年がら年中繁忙期で、朝8時の始業と同時に、ばんばん電話がかかってきます。製品を納入している現場の営業マンや取引先から問い合わせが入ったり、納品先に怒られたり、受発注の確認が来たり、製品の発注を手配したり。

コロナで出社が厳しく制限されると、即、在宅勤務に切り替わりました。全社員に携帯とノートパソコンが配布され、真梨枝さんは全ての業務を自宅からすることに。以来、いまも真梨枝さんは在宅ワークを続けています。


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午前8時前には2階の自室に籠もり、夜7時頃まで仕事に集中。昼休みは1階に降りてきますが、45分間なので食事を作る暇はなく、買い置きや作り置きで済ませます。「会社のみんなと一緒に飲みに行くことがなくなったのは、寂しいですよね」

「仕事中は忙しいので、両親のことは放っておいてます」。ずっと実家住まいで、一度も一人暮らしをしたことはありません。バブル華やかなりし頃は、月—金で合コンや飲み会がありました。いつも一緒に参加していた親友が、「さすがに休みたい」と音を上げたほど、連日連夜の連戦でした。

「親の小言と冷や酒は後から効く、って言いますよね。その通りだと思いますけど……」。30代までは、母からしょっちゅう、「いずれ老後に一人じゃ寂しいから、結婚しなさい」と言われました。

もちろん結婚する気はありました。ただ恋人はいても、結婚に至らなかったのです。お互いのタイミングが合いませんでした。「縁ってタイミングですよね」。結果、今まで独身のままです。

自分の老後は心配


5歳下の妹は20代で結婚して実家を出て行きました。かつては真梨枝さんも一人暮らしに憧れました。でも「この年になると、実家を出たくても、出て行かれません。気付くのが遅すぎました」。

いまや両親に頼られていると感じます。このまま老後まで、ずっと実家に住み続けるつもりです。ただパートナーもおらず、「何でも独りでしなければいけないと思うと、自分の老後は心配です」。

同居の両親は今のところ、認知症もなく、自立しています。とはいえ年齢なりに衰えてきています。いま、母は要支援1、父が要支援2。ケアマネもつけました。昭和ひと桁生まれの父は、自分で建てた自宅に愛着があり、「この家で死ぬ!」と宣言しています。

今は父母ともに自宅で生活できますが、足腰が立たなくなったら施設に入れるしかないでしょう。そうならないよう、ふだんから転倒させないように、真梨枝さんは気をつけています。

喧嘩できるうちが華


ただ、介護保険の家事支援は頼めません。真梨枝さんが同居家族だからです。フルタイム勤務でも、公的サービスは使えない決まりなのです。そこで、老化防止のためもあり、両親には出来る家事はやってもらっています。

「ケアマネさんにも、人間は誰でも役割があったほうがいい、って言われたので。体を動かすことにもなりますし」。洗濯物干しと平日の惣菜作りは母の役割で、父も時々、部屋の掃除と洗濯をしてくれます。「結局、あとで私が掃除し直すんですけどね」。

積極的に家事を手伝ってくれていた父ですが、徐々に体が弱り、最近は難しくなってきました。

家族とはいえ、同居していれば、ぶつかることもあります。真梨枝さんは、親との喧嘩はしょっちゅう。つい不平不満が口をついて出ます。先日も、父と言い合いになりました。

「お父さん、薬箱また出しっぱなし! 片付けてって言ってるでしょう!」

その日は、ふだんにも増して食卓が散らかっていました。真梨枝さんは激怒、つい声を荒げてしまいました。父も負けじと言い返します。父も自分も、気が短い同士、言い合いの喧嘩になります。のんびり屋の母が、「まあまあ」と間に入って止め、仲裁しました。


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「でも、こんなふうに、喧嘩できるうちが華だ、って慰められるんですよね。まだ父が元気な証拠だって」と真梨枝さんは苦笑します。もし、父がもっと弱ってきたら喧嘩にもならないでしょう。そうなってほしくありません。

透析は毎回5時間かかります


実は、真梨枝さん自身が、免疫系の難病を抱えています。そのため腎機能が低下。水分の取り過ぎは負担になるため、タンパク質や塩分を控える食事制限を続けていましたが、制限しすぎるとエネルギー切れでふらふらに。「朝、ぱっと目が覚めない。きつくてだるくて、年齢のせいだと思っていたら、病気のせいでした」。ついに10年前、人工透析が始まってしまいました。

人工透析は、週に3回、クリニックに通って透析治療を受けます。透析は毎回、5時間かかります。自宅近くのクリニックに行くため、以前は、透析の日は仕事を早退し、自宅の最寄り駅に停めておいた車を運転して、クリニックに行っていました。

午後4時半前から9時半まで透析を受け、帰宅は夜10時。「透析が始まる時は、もう仕事は無理、難しい、って思ったんです」。ただ、医師も看護師も、「仕事は絶対に辞めないで。体の調子は良くなるから。辞めたら後悔するから、続けて」と、真梨枝さんを励ましてくれました。

「最初の3ヵ月は本当にきつかったんです。でも先生も言った通り、3ヵ月を過ぎて体が慣れたら、楽になりました。あの時、会社を辞めなくて本当に良かったです」。在宅ワークになった今は、終業後、自宅から直接、ジャージ姿でクリニックまで運転して行きます。「通勤がなくなった分、体は楽になりました」。今のところ、無理なく仕事と治療を両立できています。

週に15時間もの透析。普通の人よりも横になっている時間が長いので、運動も大切です。「しっかり食べて、しっかり運動して、しっかり透析をする」と、医師からも言われます。いまはヨガとパーソナルトレーニングに通っています。パーソナルトレーニングは、1回40分5000円。自宅の近くで見つけ、月2回、通っています。毎回へとへとになります。

「自分一人じゃ、地道なトレーニングは続けられないので、プロに指導してもらっています。筋肉ムキムキになるのが目的じゃなくて、足腰を鍛えて、体力をつけるためです」。食事は、塩分少なめの薄味で、自分で作っています。

管理にお金と手間が掛かりそう


病気のことはさておき、「私は恵まれていると思います」と真梨枝さんは言います。「正社員で働けるし、実家暮らしで持ち家だし。父が家を建ててくれていて、ありがたいですよね」。同世代でも、派遣社員など非正規雇用の女性も少なくありません。

持ち家じゃなくて賃貸だったら、退職後は年金だけでは足りず、預貯金を削って家賃を払う必要があるかもしれません。でも真梨枝さんは実家ですから、老後に大家から追い出される心配も、家賃が払えなくなる心配もありません。

「でも、実家があったとしても住み続けられるんでしょうか。危機感ありありです」。いずれ実家を継ぐのに備えて、真梨枝さんは最近、水道料金や電話代など領収書を見るようにしています。家の維持費がどのくらいかをチェックするためです。

一戸建ては、屋根や壁などのメンテナンスや、庭木の手入れも必要です。家賃は要らないとはいえ、持ち家は意外に管理にお金と手間が掛かりそうです。


『老後の家がありません』(著:元沢賀南子/中央公論新社)

その資金はどうでしょう。真梨枝さんは投資はしておらず、NISAもやっていません。「国がこぞって薦めるのって、うさんくさいじゃないですか。なにか裏がありそうって思って」、今後もNISAを始める気はありません。

ただ、20年以上も給与天引きで、銀行で定期預金を積み立てています。生命保険や個人年金など、会社で薦められた貯蓄性商品も掛けてきました。入社以来、会社の持ち株会に入り、毎月の給与天引きでずっと株を購入してきました。退職後も株は持ち続けられるので、老後にいざ必要となった時に売れば、まとまったお金になるでしょう。

もらえるうちに、もらった方が


数年前、真梨枝さんはファイナンシャルプランナーに老後資金の相談をしてみました。老後も資金ショートはしないとの診断でした。年金は、65歳まで働くなら、厚生年金の保険料を45年間払う計算です。

受給開始年齢を遅らせると、もらえる額は増えますが、「もらえるうちに、もらったほうがよくないですか?」と、真梨枝さん。「持病もあるし、どうなるか分からないから、先にもらうほうが良いかなと思って。どれだけ長生きするか分かりませんけど、亡くなった時にプラスマイナスゼロになっているのが理想です」


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最近、真梨枝さんは、自治体の広報誌にくまなく目を通すようになりました。「今までは気付かなかったのですが、還暦後の人向けの行事や講座などがあるのです。平日の日中なので、会社員の今は参加出来ませんが」。

お金をかけずに参加できる、老後世代向けのメニューを行政が用意していると分かりました。徐々に「老後」に向けての心構えをしています。

ただ、みなが「老後の楽しみ」としてよく挙げる長期の海外旅行は、真梨枝さんには難しいです。人工透析があるので、旅行は行けても1泊2日くらい。最近は、旅先で透析を受けながら、長期の国内旅行を楽しむ人もいます。

でも、知らない土地で初めての透析を受けるのは恐いと、真梨枝さんは言います。「病気を理由にしているだけかもしれませんけれど」

老後の状況は千差万別


「老後、私は何をするでしょうねえ。趣味とかあれば良いんでしょうけど、趣味という趣味もなくって」。これまで、仕事と闘病だけで手一杯でした。「定年までの3年で、趣味を見つけなくちゃって焦っています」。真梨枝さんの定年は、もうあと3年後です。

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幸福な家庭はいずれも似通っているが、不幸な家庭はそれぞれに趣が異なる——というトルストイ『アンナ・カレーニナ』の一節を、老後の取材をしていると、いつも、モトザワは連想します。

「子育て中の家庭はいずれも似通っているが、老後の家庭はそれぞれに趣が異なる」と、言い換えたくなるからです。子どもの成長はある程度ベクトルが似ていますが、老後の状況は家庭ごとに、事情がまったく千差万別です。

大企業の正社員で、実家は持ち家で、両親も健在、という真梨枝さんの条件は、かなり恵まれていると言えるでしょう。

ただし、持病がラッキーすべてを吹き飛ばし、トータルでは恵まれているとは言い難い状態です。老後に必要になる、お金と、住まいと、健康と。アラ還世代で、いずれも心配せずに老後を迎えられる「恵まれている」人はほんの一握りなのだと、毎度、痛感させられるモトザワです。

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