脳内に多く蓄積するマイクロプラスチック、認知症発症との関係は?
2025年3月11日(火)20時45分 All About
【脳科学者が解説】マイクロプラスチックは、人の体の中でも特に脳に多く蓄積されていると報告されています。認知症発症との関係はあるのか、現時点で分かっていることから解説します。
元々はポリエチレンのゴミ? 脳内で多く確認されたマイクロプラスチック
当該論文を発表したアメリカのニューメキシコ大学の研究チームは、数多くの亡くなった人の検体を用いて、さまざまな化学分析を行い、体内に分布するマイクロプラスチック濃度を解析しました。肝臓、腎臓、脳のマイクロプラスチック濃度を比較したところ、脳内のマイクロプラスチック濃度が、肝臓や腎臓の7〜30倍に達するというデータが得られたのです。なお、脳内で最も多く見つかったのは、レジ袋やペットボトルなどに広く使われている「ポリエチレン」でした。以前から、環境中のマイクロプラスチックは、元々は私たちが日々の暮らしの中で排出しているゴミに由来すると指摘されていました。それらのゴミが、実際に私たちの脳へと入り込んでいることが、明らかになったわけです。
しかし、なぜ肝臓や腎臓よりも脳に多く蓄積しているのかまでは、現時点では分かっておらず、今後の研究が待たれます。
8年前より「50%上昇」。健常者より認知症患者に蓄積が多いという報告も
この研究では、2016年と2024年に死亡した人の検体を用いた解析データの比較も行っています。脳内のマイクロプラスチック濃度は、2016年に比べて、2024年のほうが「約50%多い」というデータが示されています。素直に解釈すれば、私たちの脳に入り込んでいるマイクロプラスチックの量は、年々増えているということです。さらにこの研究では、同年齢層の健常者と認知症患者での比較も行っています。その結果、脳内のマイクロプラスチック濃度は、認知症患者のほうが2〜10倍高く、認知症との関連性が示唆されました。
認知症研究者として考える「マイクロプラスチックと認知症の関係」
筆者は認知症研究を行っていますが、上記の結果を受けて、現時点で「マイクロプラスチックは認知症を引き起こす原因だ」と考える必要はないと思っています。そもそも、マイクロプラスチックが環境中に混入する前から、認知症を発症する方は多くいらっしゃいました。また、マイクロプラスチックが認知症の脳に多いことは、「原因ではなく結果」かもしれないからです。
認知症を発症した方は、末梢の血液循環から脳を隔離するように用意されている「血液脳関門」というしくみが衰えています。健常者の場合には、体内に入った異物が簡単には脳に移行しないようになっているのですが、この「血液脳関門」が機能しないと、異物が簡単に脳に入ってしまうのです。認知症患者の場合、マイクロプラスチックも脳に移行しやすい状態になっているため、結果として検出量が多かったとも考えられます。
しかしだからといって、マイクロプラスチックが全く認知症と関連がないと断言することもできません。同論文の中では、脳の血管や免疫細胞の周辺にマイクロプラスチックが局在していたとも報告されています。脳に多く溜まったマイクロプラスチックが免疫異常を誘発し、神経炎症を悪化させた可能性もあります。その場合、マイクロプラスチックは、認知症の「増悪因子」になりうると考えられるのです。
マイクロプラスチックと認知症の関連性は、まだまだ分からない点も多いですが、私たちはこの警鐘をしっかりと聞き入れ、早急に対策を考えていくべきだと筆者は思います。
■参考書籍
・『Nature Medicine』2025年2月3日号
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))