劣悪な環境の労働に「嫌なら辞めればいい」は正論ではない。自己責任で片づけるのは思考停止、建設的な議論を生まない

2025年3月16日(日)10時30分 婦人公論.jp


イメージ(写真提供:Photo AC)

貧困家庭に生まれ、いじめや不登校を経験しながらも奨学金で高校、大学に進学、上京して書くという仕事についたヒオカさん。「無いものにされる痛みに想像力を」をモットーにライターとして活動をしている。第85回は「『嫌なら辞めればいい』に思うこと」です。

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「嫌なら辞めればいい」


東京で珍しく大粒の雪が降り続き、凍えるような寒さが襲った時があった。用事があり、街を歩いていると、若い女性たちが、超ミニ丈のスカートの制服を着て、路上でビラ配りをしていた。風もあり、雪が吹き付ける悪天候の中、そんな薄着で外に立たないといけないなんて。風邪を引きそうだし、中には体調が万全ではない人もいるだろう。感染症も流行る中、体調を崩したらどうするのか。

用事を終えて外に出てもまだ彼女たちは立っていて、こんな天気の中立ち続けないといけないことが本当に心配になり、なぜ防寒着の着用をしないのか、できないのか、許されていないのか、とても疑問に思った。

その出来事を友人に何気なく話すと、友人はこう言った。

「え? 別に嫌なら辞めればいいじゃん。バイトなんていくらでもあるんだし」

ものすごく既視感のある発言だな、と思った。

この社会では、例えば非正規雇用の人たちが待遇改善を求めて声をあげると、「嫌なら正社員になればいい。今どき選ばなければ仕事はいくらでもある」という批判が起きる。日本社会に対して意見する人がいれば、「嫌なら日本を出ていけばいいじゃん」という声もあがる。

「嫌なら辞めろ。それができないなら文句を言うな」これを相手を一発で黙らせる正論だと思っている人がいる。

でも、私はこういう考え方にいつも強い違和感を覚える。その場にとどまる人があげる声を、「嫌なら辞めろ」で封じて、果たして社会が発展するのだろうか?

理不尽には声をあげていい


冒頭の話に戻ると、雪の日だけでなく、昨年の死人が出そうな酷暑の日でも、住宅展示場の案内で従業員が帽子も被らず一日中日陰もない場所に立ちっぱなしで働いているのを見たことがある。そういった、体調や下手をすれば人命に関わることは人権問題なのだ。

その仕事を選んだのだから、そこで起きるすべての理不尽、さらには人権が蔑ろにされることを受け入れろというのはどう考えてもおかしい。誰にだって最低限の権利がある。


『死ねない理由』(著:ヒオカ/中央公論新社)

例えば、好きで選んだ仕事だとしても、実際にはじめてみて酷い待遇やハラスメントにあったとしたら、そういった理不尽には声をあげていい。好きで選んだのだからすべてを受け入れろということにはならない。

また、非正規の人で言うと、今ある仕事は必要だから存在しているのであり、その人が辞めたところでまた誰か新しい人が入り、その人がまた同じ不利益を被ることになる。今いる人たちの声を聞いて、待遇を改善し、誰もが働きやすい環境を作ることに繋げた方が、「嫌なら辞めろ」と切り捨てるよりよほど建設的で、社会全体のためではないだろうか。

「嫌なら辞めろ」は万能薬でも正論でもない


嫌なら辞めろ、他にも選択肢がある、というのなら今悩みがある人や困っている人は、みな他に選択肢があるのに踏み出していない、自分の責任だ、ということになってしまわないだろうか。人間、誰しもあらゆる選択肢はあれど、今の環境に悩むものではないだろうか。夫や妻に不満があるなら離婚すればいい、会社が嫌なら転職すればいい、環境に不満があるなら引っ越せばいい……それを突き詰めていくと、この国が嫌なら外国にいけ、人生が嫌なら死ねばいい、ということになる。それができないなら文句を言うな。そんな社会はなんと息苦しいことだろう。

もちろん環境を変える行動力は大事だが、その労力は人によって違うし、そう簡単にはいかないからみな悩むのではないか。それに、環境を変えて他の選択肢を取ったところで、うまくいくとも限らない。

不満や怒りを持つ人を極端に忌み嫌う人がいるけれど、不満や怒りは、状況を改善していくためには言わないといけないこともある。理不尽を受け入れることが美徳とされている風潮があるけど、そんなことはない。時には言って、一緒に改善していくことも必要だ。文句があるなら去れ、ではなく、今いるところから見える問題点をクリアにし、改善していけばいい。


イメージ(写真提供:Photo AC)

「嫌なら辞めればいい」という言葉や考え方は万能薬でも正論でもない。それで片づけるのは思考停止だし、建設的な議論を生まない。自己責任論で片付ける前に、今いる環境をどう変えていけるのか、考えてみてほしいと思う。

前回「元不登校YouTuberゆたぼんさんが学校に行かなかった理由と行き始めた理由。勉強は本当に無駄なのか?」はこちら

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