とんかつもワインも! 『アヒルストア』店主が案内する東京・目黒の「はしご酒」スポット
2020年3月19日(木)10時50分 食楽web
食楽web
みなさんは「はしご酒」の流儀をお持ちでしょうか? しっかりごはんを食べながら、あるいはひたすらお酒を堪能する、人によっては地元をユルく回遊するのが楽しみ…という向きもあるかと思います。めぐり方やお店のチョイスは十人十色。はしご酒には人それぞれの生き方が反映されるものです。
案内人・齊藤 輝彦さん/奥渋谷のなかでも、立ち寄りたいスポットNo.1といっても過言ではないナチュラルワインバー『アヒルストア』を営む。ごくフツーの日常を独特の目線で切り取ったインスタ投稿も人気の、永遠のガラスの少年風42歳
今回は人気ワインバー『アヒルストア』店主、齊藤輝彦さんのはしご酒に密着しました。家の近所の目黒界隈で呑むのが最近のお気に入りと言う齊藤さん。しかし地元だからと言ってただ“ダラ呑み”するのではなく、そこになにか刺さるものを感じるからこそ、つい自然と足が向くのだとか。そんな、齊藤さんから見たはしご酒の楽しみ方を本人の文章でご紹介します。
まずは名店『とんかつ とんき』で“とんかつ呑み”
開店口開けの『とんき』カウンターで、まずは深呼吸する齊藤さん
「感動のない料理というのは僕から言わせるとただの味付けですね」
これは『てんぷら近藤』店主・近藤文夫さんの著書にある、宝石のような一文である。そしてこの言葉は店そのものにも当てはまると、僕は思っている。飲食物を提供することを越えた価値を与えてくれる「感動する店」。そこには必ず店主の狂気のようなものが見え隠れする。つい通ってしまうのはそういう店だ。今宵のハシゴ酒にも、そんな想いを込めて。
『とんかつ とんき』目黒本店は、入り口の暖簾からして襟を正したくなる佇まい
まずは16時開店の『とんき』から。1軒目にふさわしい威風堂々の佇まい。口開けから満席になることもしばしばなので、少し早く行って列に並ぶ。無事に着席できると、目の前に広がるのは美しすぎる厨房のパノラマ。まだ揚げ物をしていない店内は処女性に満ちている。わざわざ並んでまで酒場の口開けを狙う理由は、この清らかな空気を吸い込みたいからだ。
ここでは決まって「串かつ」900円(単品)を注文。それと燗酒で、「とんかつ呑み」を満喫するとか
さて、いわゆるトンカツ屋という視点だけで捉えていると、『とんき』の魅力を取りこぼすことになる。ここは飲食店芸術のひとつの到達点、トンカツ・インスタレーションの場なのだ。従業員全員の白衣にバリッと糊が効いていること、天井から釣り下がるペンダントライトのミニマルな美、カウンターに並ぶソースの向き、ピン札で揃えられた重厚なレジ台、もはや名人芸の域にある客さばき。
そういう『とんき』独自の美意識を探し、そして愛でることが、ここでの最大の楽しみ。なので、僕は極力ひとりで行く。そして飲食店というフォーマットが持つ無限の可能性について、考えるのだ。ドラゴンボールで悟空が修行した「精神と時の部屋」。そこは重力や時の流れが外界とは異なる空間なのだが、『とんき』で時間を過ごしていると、ふとそのことを思い出す。
齊藤さんマストアイテムの「お新香盛合せ」400円。お酒のつきだしの昆布の佃煮も絶品
こちらでは、串カツとお新香を頼んで、燗酒をいただくことにしている。キャベツを何度もお代わりしては、カツと一緒に口に運ぶ。
僕がトンカツ屋で酒を飲むことを知ったのは、小津安二郎監督の映画「秋刀魚の味」の中のワンシーンがキッカケだ。トンカツ屋の二階の座敷で、佐田啓二が後輩に妹との結婚を持ちかける場面。ふたりはただただトンカツをつまみにビールを何本か酌み交わし、しまいにはトンカツをお代わりする。それがもう何とも旨そうで、たまらなく酒が飲みたくなってしまう。僕はそれまでトンカツを定食でしか食べたことがなく、つまりご飯のおかずという感覚しかなかっただけに、これは大変に衝撃だった。
三代目の吉原出日(いづひ)さん。身振りも自然体ながら、品の良さがうかがえるのはさすが
最近思うのは、トンカツは「肉パン」だということ(衣がパン)。なのでご飯は食べず、代わりに米の酒を飲む。何本かいただいて「とんき時間」を堪能したら、とん汁で〆て次へと向かおう。外にはたくさんのお客が待っている。
とんかつ呑みの後は『スイッチコーヒー』で極上の一杯を
住宅街にある『スイッチコーヒー』は、店先に置かれたベンチが特等席
夕日に向かって権之助坂を下っていく。目黒界隈は、江戸以来の歴史を感じさせる風情がある。向かう先は『スイッチコーヒー』。コーヒー休憩はとても大事。大西君のコーヒーは、上等なワインの味がする。例えるならばジュラのプールサール。色は淡いけど味の濃度は深く、やや好戦的な、夜の味がする。だから彼には悪いけど、朝はあまり飲まない。しかし酒を飲んでいる流れには最高にハマる一杯だ。僕はコーヒーのスペック的なことはまるでわからないが、彼とご飯を食べながら会話をしていて感じるのは、とにかく味覚が鋭敏だということ。きっと自分の中に絶対音感みたいな味のマトリックスを持っていて、淡々と精度高いローストをしているのだと思う。
「大西君のコーヒーは夜の味だよね」と、齊藤さん。それを受けて大西さんは、「朝も飲んでください」と懇願(笑)。コーヒー1杯370円〜
そしてなんとこちらでは、ワインを飲むこともできる。もちろん彼の趣味全開な、キレキレのナチュールばかり。もしふたり以上いたら、ボトルでオーダーしてみるのもいい。古い住宅街に面した外のベンチに座り、風を感じながら飲むワインは本当に美味しい。ワイン好きの店主にも一杯注ごう。
実はワインやジンも置いている。メニューに価格は「ASK」とあるが、「だいたいどれでも1000円」と、店主の大西さん
すっかり日も暮れた。山手通りを渡り、さらに目黒通りの坂を登っていく。寄生虫博物館の角を左折してしばらく進み、不動公園の奥にある目黒不動尊の小さな裏門を入る。本堂で手を合わせ、ほろ酔いの身体を清める。コーヒー、寺社、銭湯は、ハシゴ酒の三大寄り道と覚えたい。参拝を終え急な石段を下ると、正門前の商店街へとはき出される。目的地の『グリフォン』はすぐそこ。寺本来の正道を逆から進むこの感じも、背徳感があって気に入っている。
お次はワインバー『グリフォン』で乾杯!
8人も立てば満員という小体なスタンディングバーならではの、知らぬ同士の乾杯ムード
3軒目のこちらはワインバー。家の近所で、散歩の途中に偶然見つけた。こういう小さな酒場は開くのは簡単だが、成立させるのは実に難しいと思う。狭いが故に、お客との距離を取りづらいからだ。しかしながら、店主の内記さんは絶妙にそれをこなす。彼は寡黙だが、内に秘めた強さが穏やかな横顔に滲み出ていて、それがこの店に一本の結界を張っているようなところがある。お客のいじりを、柳のようなしなやかさでいなして空間をコントロールしている。いじらせている、と言ったほうが的確かも。
グラスワインは500円〜、黒板メニューのおつまみは各種日替わり。「かみさんの岩中ポークリエット+パン」は350円
ここではチーズをつまんでワインを飲むという愉しみがある。料理屋に行くとチーズまでたどり着けないことが多いのだ。この日は5年も寝かせたルイ・ジュリアン*を飲ませてもらった。店主、なかなかの変態とみた。初めまして同士の会話が飛び交うカウンターに身を沈めていると、言い表せない旅情に浸れる。
とっておきの〆の店は、家族経営のラーメン店『銀嶺』
なんとも“カッコいい”出で立ちの「ハムカツ」は300円。シャキーンと音が聞こえてくるよう
最後に、とっておきの〆の店『銀嶺』を記しておく。安価な小皿料理が充実した家族経営のラーメン屋さん。その一皿一皿は創意工夫と愛に満ちている。「キャベ玉」とかマジ最高、やや色あせた赤デコラのテーブルに実に映える。
日替わりの小皿料理にもセンスが光る。「ナス生姜」は200円と泣かせる価格
ふと子供の頃に通った駄菓子屋のことを思い出す。あの手の場所は、何度行っても胸トキめいたものだ。大らかだった古き良き昭和という時代。あの頃のノスタルジックな息遣いが、この店にはまだ残っている。ラーメンで〆るつもりだったのに、ついついまたレモンサワーでやり直してしまう……。狂気を探す幸せな旅の、終わりの始まり。
●SHOP INFO
1軒目
店名:とんかつ とんき 目黒本店
住:東京都目黒区下目黒1-1-2
TEL:03-3491-9928
営:16:00〜22:45LO
休:火、第3月
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2軒目
店名:SWITCH COFFEE TOKYO 目黒店
住:東京都目黒区目黒1-17-23
TEL:03-6420-3633
営:10:00〜19:00
休:水
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3軒目
店名:GRIFFON
住:東京都目黒区下目黒3-16-5
TEL:なし
営:19:00〜24:00、土・日は15:00〜
休:月(※祝日の際は営業15:00〜、翌日振替休あり)
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4軒目
店名:九州ラーメン 銀嶺
住:東京都品川区小山2-6-10
TEL:非公開
営:11:30〜13:30 LO、18:30〜翌1:00
休:火
(文◎齊藤輝彦 撮影◎赤澤昂宥)
※当記事は『食楽』2019年冬号の記事を再構成したものです