【小湊鐵道】トロッコ列車の代役「キハ40形」観光急行列車で、菜の花満開の車窓を楽しむ旅

2024年3月26日(火)20時15分 All About

千葉県内を走る小湊鐵道。観光用のトロッコ列車が走っているが、今は車両故障のため、レトロなキハ40形観光急行列車が代役を務めている。キハ40形は鉄道ファンに大人気のため、多数の人が訪れている。その人気の秘密を探るべく早春の沿線を訪れてみた。

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千葉県内を走る小湊鐵道。春先から秋まで房総里山トロッコ列車が走っているが、今はトロッコ列車の機関車が故障中のため、レトロなキハ40形ディーゼルカーによる観光急行列車が代役を務めている。トロッコ列車運休は残念だが、キハ40形は鉄道ファンに大人気のため、この車両目当てで多数の人が訪れている。今回は、その人気の秘密を探るべく早春の沿線を訪れてみた。

レトロな小湊鐵道によく似合うレトロなキハ40形


小湊鐵道の始発駅はJR内房線に隣接する五井駅。この駅には総武線から直通する快速電車が停車するのでアクセスは良好。東京駅から乗り換えなしで67分と日帰りで訪れるには手頃な距離である。
五井駅の内房線ホームから改札階に上がると、小湊鐵道への乗り換え口があり、簡易Suica改札機にSuicaをタッチして小湊鐵道専用の改札口に向かう。なお、小湊鐵道ではICカードは一切使えないので、紙のきっぷを購入する。今回は、終点の上総中野駅まで往復するので、おトクな1日フリー乗車券(大人1人2000円)を買い求めた。なお、キハ40形観光急行列車は全席指定なので、あらかじめ席を予約(1人600円)、データはスマートフォンに入っていて車内でアテンダントに予約画面を提示するだけ。発券は不要だ。
有人改札でフリー乗車券に入鋏(にゅうきょう)印を押してもらいホームへ。エレベータもエスカレータもないので階段を降りていく。ホーム脇には車両基地(五井機関区)が広がっているが、小湊鐵道は非電化で架線が張られていないので、見上げると遮るものがなく空が広々としている。
車両基地では、かつて只見線(JR東日本)で活躍していた時の塗装(窓下が緑系ツートン)のままのキハ40形がアイドリングしていた。予約した時点ではガラガラだったので、この日は単行(1両のみ)での運転なのかな? と思っていたら、その陰から朱色一色(通称タラコ色)に塗られたキハ40形2両編成が「さと山」のヘッドマークをりりしく掲げて姿を現した。いったん、北の方に延びている引き上げ線に進み、まもなく方向転換してホームに横付けとなった。
車内は、国鉄からJRにかけて働いていた時のままの姿だ。ドア付近が窓を背にしたロングシートになっている以外は、4人向かい合わせのクロスシートで、旅気分が味わえる。従来、小湊鐵道で走っている車両(キハ200形)はオールロングシートで旅情を味わうには不向きだっただけに、これはうれしい。
もっとも、トイレは閉鎖されている。小湊鐵道の車両基地には汚物処理装置が完備されていないためだ。トイレに関しては、駅施設をご利用くださいとの注意書きがある。
あらかじめ、予約しておいた席につく。予約サイトでは、窓側、通路側のみならず、進行方向、進行方向とは逆向きなど細かく指定できるようシートマップが図示され、間違えることのないよう列車の進行方向まで明示されているのは親切だ。早々と予約した人が少なかったせいか、余裕で進行方向窓側を指定できた。発車時刻が近づいてきたものの、2人連れ以外は、ボックス席が相席になることはなく、私のボックスも独占状態だった。学校が春休みに入る前の平日だったせいだろう。ちなみに、4月に入ると、平日でもすでに満席の日があるようだ。

キハ40形観光急行列車の旅


定時に発車。旧国鉄時代のディーゼルカーではおなじみだった「アルプスの牧場」のメロディーが流れる。JR内房線と分かれ、大きく左にカーブし、住宅街を抜けるとあっという間に車窓には田園風景が広がる。東京駅から1時間ほどで、このようなのどかな風景に出会えるとは奇跡のようだ。
車内では各駅の駅名の由来や沿線の見どころなど丁寧な放送による案内があるものの、エンジン音がことのほか大きく聴きづらい。とはいえ、五井駅まで乗ってきたJR内房線とは打って変わってがたんごとんという昔懐かしい走行音や程よい揺れがノスタルジックな昭和の「汽車旅」の雰囲気を醸し出し心地よい。
急行列車とはいうものの、通過駅ではドアは開かないけれどいったん停車し、ゆっくりと動き出す。信号システムや踏切などの保安装置によるものだろうが、特に急ぐ旅ではないので気になることはない。
6つの駅を通過して最初の停車駅・上総牛久に到着。列車ダイヤを見ると、各駅停車の所要時間とほぼ同じだった。ここで30分停車。時間がたっぷりあるので、ほとんどの乗客はホームに降りて列車の外観を撮影したり、駅前を散策したりと思い思いの自由時間を過ごす。車内のトイレが使えないので、駅のトイレで用を足す人も少なからずいる。

ちょっと退屈しかけた頃に、構内にある踏切の警報音がなる。五井行きの上り列車が到着。向こうもキハ40形の2両編成だった。同じ車両に急行料金なしで乗れると知るとちょっと悔しいが、かなり混んでいて窮屈そうだし、長い停車時間もないので、単なる移動手段になっている。ゆったりと列車旅が楽しめるので、まあいいかなと思う。同じキハ40形でも塗装が異なるのが興味深い。

30分もの停車時間が終わり運転再開。発車に先立ち、駅員がタブレットキャリアを運転士に渡す。この先は運転本数も少なくなるほどの過疎地域でもあり、運転方式も自動閉塞ではなく、昔ながらのシステムが生きている。それに反比例するかのように車窓は鄙(ひな)びて見ごたえがある。

菜の花に彩られた沿線を進む


上総牛久駅から5分で上総鶴舞駅に到着。駅周辺は菜の花が咲き乱れている。古びて味わいのある駅舎や駅裏にある旧発電所などの建物が国の登録有形文化財になっている。ここで11分停車し、駅周辺の情景をじっくり眺められるのは観光列車ならではの計らいだ。
次の上総久保駅は片面ホームの反対側にあたる右手が菜の花畑になっている。車内放送での案内があったので、窓を少し開けて撮影してみた。ドアは開かないけれど30秒ほどの停車は、ビュースポット見物のためでもあるようだ。

高滝湖を中心とした観光エリアの最寄り駅・高滝に停車(すぐに発車するのでホームには降りられない)すると、続いて里見駅に停車。ここでは列車行き違いもあるので17分停車する(土休日は10分ほどの停車時間)。土休日限定でお弁当の販売もあるけれど、乗ったのは平日だったので、駅前の売店スペースは人気(ひとけ)もなく商品もまったく置いておらず閑散としていて寂しい。

里見駅の先は山深くなり、トンネルもある。列車はエンジン音を響かせながらゆっくりと進む。飯給(いたぶ)駅脇には「世界一大きなトイレ」Toilet in Natureがあるが、車内からは黒い壁が見えるばかりだ(中がよく見えたら困るだろう)。
養老渓谷駅が近づくと、左右に菜の花畑が広がる。石神の菜の花畑として有名なスポットで、平日にもかかわらず大勢の撮影者が列車に向けてシャッターを切っていた。
ホーム脇に足湯がある養老渓谷駅は観光地の駅らしくにぎわっていて、かなりの人が降りて行った。列車の終点は次の上総中野駅だが、この先は列車本数が激減するので、養老渓谷駅と上総中野駅の一駅間の乗車に限って、指定料金は不要になる。列車はラストスパートどころか一段とスピードダウンし、のろのろと山間部を進む。

終点・上総中野駅ではいすみ鉄道に接続


やっとのことで上総中野駅に到着すると、別のホームではいすみ鉄道の列車が観光急行列車の到着を待っていた。乗り継げば、大原まで行け、列車による房総半島横断が可能になる。何人かは、いすみ鉄道に乗り継いで旅を続けるし、いすみ鉄道でやってきて、折り返しの観光急行列車に乗る人もいる。ふだんは閑散としている駅も2つの鉄道の列車が発着する時だけはにぎわう。
13分の停車時間の後、キハ40形観光急行列車は五井に戻る。帰りは上総牛久駅での23分停車以外の長時間停車はなく淡々と走っていく。往路で充分満足したので、停車時間が短くせわしないのも気にならない。
ともあれ、黄色いじゅうたんのような菜の花畑は鮮やかで見ごたえたっぷり。これから4月にかけては桜も咲き、沿線は訪問客でにぎわうことだろう。トロッコ列車は走らないけれど、その代役を務めるレトロなキハ40形も充分に魅力的な列車である。

乗車記念にいただいた硬券は、五井発、安房小湊行きとなっていた。小湊鐵道と名乗ってはいるが、上総中野駅が終点となって、列車は小湊にたどり着くことはない。果たせなかった夢を、せめてきっぷの上だけでも実現したいとの思いが伝わってくるようだ。
この記事の筆者:野田隆
名古屋市生まれ。生家の近くを走っていた中央西線のSL「D51」を見て育ったことから、鉄道ファン歴が始まる。早稲田大学大学院修了後、高校で語学を教える傍ら、ヨーロッパの鉄道旅行を楽しみ、『ヨーロッパ鉄道と音楽の旅』(近代文芸社)を出版。その後、守備範囲を国内にも広げ、2010年3月で教員を退職。旅行作家として活躍中。近著に『シニア鉄道旅の魅力』『にっぽんの鉄道150年』(共に平凡社新書)がある。
(文:野田 隆)

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