世界で最も苦い天然物質を食品科学者が発見、森に潜むキノコだった

2025年4月20日(日)19時0分 カラパイア


 最も苦い天然の物質と言えば何を連想するだろう。ゴーヤ?青汁?確かに苦いね。だが最近の研究で、史上最も苦い物質が発見されたという。


 ドイツの研究者たちはイギリスやアイルランドに自生するキノコから極めて苦い新化合物を特定したのだ。


 なぜ人間は苦味を感じるのか?その進化の謎を解く鍵になるかもしれない研究成果を詳しく見てみよう。


 この研究は、アメリカ化学会の学術誌『Journal of Agricultural and Food Chemistry[https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.4c12651]』に掲載された。


森の中で見つかった史上最強の苦みを持つキノコ


 世界で最も苦い天然の物質が、ひっそりと森の中に生息するキノコから発見された。研究を行ったのは、ドイツ・バイエルン州のミュンヘン工科大学付属のライプニッツ食品システム生物学研究所と、ザクセン=アンハルト州にあるライプニッツ植物生化学研究所のチームだ。


 彼らが注目したのはサルノコシカケ科に属する「ビターブラケット(学名:Amaropostia stiptica[https://eu.wikipedia.org/wiki/Amaropostia_stiptica])」という、ヨーロッパ、アジア、北アメリカなど広範囲に分布するキノコである。


 このキノコは木に張りつくように生えるが、あまり目立たないため見過ごされがちだった。


 また食用には適さないキノコだ。ビター(苦い)という英名の名前の通り非常に苦く、地元の市場にもまず出回らない。


 このキノコから、研究チームはこれまで知られていなかった3つの苦味成分を抽出し、その化学構造を特定した。



James Lindsey[http://popgen.unimaas.nl/~jlindsey/commanster.html] / WIKI commons[https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Postia.stiptica.-.lindsey.jpg]


たった1gを1万6000リットルの水に溶かしても苦い!


 抽出された成分の中で特に注目されたのが「オリゴポリンD(Oligoporin D)」という化合物だった。この物質は、なんと人間が持つ苦味受容体のひとつである「TAS2R46」を、ほんのわずかな量で強く刺激することがわかった。


 TAS2R46は、人間の体内にある25種類の苦味受容体のうちのひとつで、特定の苦味成分に反応して「これは苦い」と感じさせる役割を持っている。苦味受容体は遺伝子によって決まり、人によって感度が異なることもある。


 今回の実験では、オリゴポリンDが、1gで1万6000リットルの水に溶かしても苦味を感じるほど強力だと判明した。


 わかりやすくざっくり例えると、小学校の50mプール約94杯分の水に溶かしても、苦味を感じるほどだという。


 これは、既知の苦味成分の中でも群を抜いており、「世界で最も苦い物質」の候補とされている。



Credit:Journal of Agricultural and Food Chemistry(2025). DOI: 10.1021/acs.jafc.4c12651


人はなぜ苦みを感じるのか?毒性との関連性は?


 人間がなぜ苦味を感じるのかについては、これまで「毒を避けるための警報装置」としての役割があると考えられてきた。実際、多くの毒性物質には苦味がある。


 しかし、ビターブラケットに含まれる苦味成分は極めて苦いが、毒性は確認されていない。一方で、猛毒を持つキノコとして知られるタマゴテングタケ[https://karapaia.com/archives/52320444.html]は、苦味を持たない。むしろおいしいとも言われている。


 タマゴテングダケはドクツルタケと並び世界的に有名な猛毒キノコで、肝臓・腎臓を破壊する致命的な猛毒種として知られる。全世界のキノコ中毒による死者の9割が本種によるものといわれるほどだ。


 このことから、苦味と毒性は必ずしも一致しないことがわかる。



おいしいけど食べると危険な猛毒のタマゴテングタケ Photo by:iStock


苦みを感じる味覚受容体は舌だけではない


 実は人間が苦味を感じる受容体は舌だけでなく、腸や胃、皮膚にまで存在する[https://karapaia.com/archives/492423.html]。これらの受容体は、食べ物以外の物質にも反応し、消化や免疫反応にも関わっているとされている。


 今回の研究を率いた、ライプニッツ食品システム生物学研究所の食品システム生物学者、マイク・ベーレンス博士は、「さまざまな苦味成分と受容体の関係が明らかになれば、将来的には健康や食欲調整に役立つ食品の開発にもつながる」と話している。


 例えば苦味を利用して満腹感を促す食品や、消化を助ける飲料が作られる可能性もある。



激苦キノコ、ビターブラケット(Amaropostia stiptica)は日本にも生息しているという  image credit:martinbishop/iNaturalist[https://www.inaturalist.org/observations/261820697]


「苦味」研究の今後


 これまでの苦味成分の研究は、主に植物由来のものや人工化合物が中心だった。しかし、今回のように菌類由来の成分を分析することで、苦味受容体の本来の役割に迫ることができるようになるという。


 なぜなら、苦味受容体が進化したのは今から約5億年前であり、それに対して花をつける植物(被子植物)は2億年前、化学物質を作る人間の技術は数百年の歴史しかないからだ。


 ビターブラケットのような存在は、「苦味のデータベース」に足りなかったピースを埋めてくれる貴重な存在といえる。


 今後も菌類、細菌、動物など、さまざまな生物由来の成分を取り入れた研究が進めば、苦味の意味と私たちの身体とのつながりが、より深く理解されていくだろう。


References: Pubs.acs.org[https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.4c12651] / Leibniz-lsb[https://www.leibniz-lsb.de/en/press-public-relations/translate-to-englisch-pm-20250407-pressemitteilung-pilzstudie-natuerliche-bitterstoffe]

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