“医師の妻”の座を捨てて熟年離婚した62歳の元専業主婦が語る「手放して得たもの」と「失ったもの」

2025年4月20日(日)8時0分 週刊女性PRIME

ハナ子さん 撮影/吉岡竜紀



「専業主婦しかやったことないのに、どう生きていくんだ?」夫から投げつけられた言葉に足がすくむも52歳で離婚したハナ子さん。地元・北海道から東京に住まいを移してのひとり暮らしに「平穏で幸せな毎日です」と笑みをもらす。熟年離婚が年々増加し続ける現代。「踏み出せない一歩に悩んでいる人の一例に」と自分の過去を語ってくれた。

離婚は自分から切り出した

 一昨年、東京でのひとり暮らしを始めたハナ子さん。10年前、52歳で離婚を経験している。当時は札幌市内の一戸建てに住み、医師の妻であり2人の娘にも恵まれ、はたから見れば「幸せそのもの」な生活のようだが─。

「娘たちが中学に入学したころから、言いようのない寂しさと焦燥感に襲われるようになったんです。“やるべきことを、やっていない”という感覚があって。それに“いつも私だけが”という思いもありました。

 『今日は家で映画を見ながらごはんを食べよう』というときも、食事のしたく、後片づけ、お風呂の用意、ずっと立ち働いているのはいつも私。家事は完璧で当たり前。完璧でなければ文句を言われる。そんな思い込みまでありました」

 以前から、数年にわたって奇妙な夢を見続けていたという。

「当初、夢は何か病気の暗示なのかも、と思っていました。夫と2人、脳の検査や内視鏡を使っての精密検査まで受けたんですが……」

 身体に異常はなかった。それは離婚を案じる予知夢だったのかもしれない。夫婦の会話はほとんどなくなっていて、LINEを通して連絡するのみになっていた。ハナ子さんは何年もの時間をかけて、自問自答して結論を出した。

「子どもたちがいない時間を探して、静かに“離婚しませんか?”と私のほうから切り出したんです」



 唐突に思える「離婚」という言葉に、夫は驚いたかもしれない。

「夫は“おまえって恐ろしい女だな”と。“どうやって生きていくんだ?”とも言いました。結婚以来ずっと専業主婦でしたから、どんなことがあっても出ていかないと思っていたのでしょう。私も“資格も持たず離婚して本当にやっていけるだろうか?”と、不安は当然ありました」



「人は持てる量が決まっていて、抱え込んでいるものを手放せば、そこに空間ができて新しいものが入ってくると私は信じています」

実家で暮らすことは考えられなかった

 結婚生活を手放し、引き換えに得るものもあるはずだと、前向きなハナ子さん。

「法テラスに相談すると、一緒に暮らす次女の養育費が請求できるというんです。まずは娘と暮らす、当面の生活費は得られることがわかりました」

 ハナ子さんは離婚間際、部屋探しを始めた。

「物件はどれも暗い雰囲気でした。仕事の達成感と幸福感に包まれた日に内覧をした部屋だけが、良い部屋でした」



 ただ、離婚をするときは次から次へと問題が出てくるので、やはり離婚前に当座の生活費は算段しておいたほうがいいと話す。

「私は養育費でどうにかなりましたが、それまで使っていたクレジットカードは、夫が本会員になっている家族カードでした。でも、離婚して家族会員から外れれば、当然、使えなくなってしまいます。私の手元に残ったのは、たった1枚の私名義の百貨店のクレジットカードだけでした」

 ハナ子さんが手放したものは結婚生活だけではない。「実家の売却」も経験している。

「離婚して2年ほどたったころ、私は認知症の母を見守るために実家に戻りました。父と母には心から笑えるようになってほしいと思っていました。しかし母はその数年後亡くなり、父も長期入院から高齢者施設へ移り、昨年見送りました。ひとりになったとき、ずっと実家で暮らすことは考えられなかったんです」

 家の中は不要なものであふれていたという。建物も築30年以上、冬には雪下ろしも欠かせない家で、自分が高齢になったときを考えると住みづらかった。

「売却も引っ越しも、なかなかスムーズにはいきませんでした。移住先である東京での働き口は決まっていなかったので不動産会社に頼んでも『無職?うーん』という感じで、貸してもらえる物件がなかなか見つからず……」

 なんとか実家は売却。それで得たお金のおかげで、URから希望どおりの物件を見つけることができた。



 2023年11月末、ハナ子さんは人生の大部分を過ごした北海道の生活を手放し、新たな東京生活がスタートする。

インスタでの発信を始めたきっかけ

 引っ越しする前から、SNSについて改めて学び直そうとスクールに入ったハナ子さん。

「入会相談の際、カウンセラーに“60代だけど東京に引っ越してひとり暮らしをしようと思っている”と言うと、“そんな冒険考えている人なんてひとりもいない。だからこそインスタではそれを発信したらいい”とすすめられました」



 ところが投稿してもフォローしてくれたのは、“おすすめに出てきたから”というわずか数人。それでも「私に興味を持ってくれてのフォローですから本当にうれしかった」と話す。そして転機は一昨年末、突如としてきた。

「引っ越してからちょうど1か月がたったころです。編集しなくちゃと思いつつも、思い出すとつらくて編集するのに時間がかかりました。実家の掃除の様子や飛行機から眺めた札幌の夜景まで、撮りためていた映像を『バイバイ北海道』と文字を入れてインスタグラムにアップしたんです」

 すると思いがけないことが起こった。

「朝起きたら、フォローして応援してくれる方が前日の15人から3000人に。更新するたびに数千人ずつ増えていったんです」

 ちなみに現時点で動画は766万再生を記録している。さまざまなことを手放した後にやってきた、まさに奇跡のような出来事だったと話す。今では東京で共にランチを楽しむ仲間もでき、娘さんとのおだやかな毎日が続いている。

「新しい暮らしを始めて1年以上たちました。全部を手放して再出発した私は、どうやら多くの素晴らしいものを得ることができたようです」

 と微笑む。まずは恐れず、思い切って一歩前に踏み出すことが、大切なのかもしれない。

取材・文/千羽ひとみ

週刊女性PRIME

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