伝説のスラム街「九龍城砦」、かつて2.7haに5万人も住んでいた“魔窟”がカオス化した理由
2025年4月22日(火)6時0分 JBpress
(みかめゆきよみ:ライター・漫画家)
香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』の勢いが止まらない。キャストが登壇した新宿バルト9では連日朝から夜までフル回転で上映しており、平日夜にほぼ席が埋まっている。その客層を見ると幅広い世代が来場しており、特に女性の姿が目立つ。アクション映画としては異例の光景だ。九龍城が解体された後に生まれた若い世代も多い。今回はそんな「九龍城砦」の歴史を紹介したい。
今、九龍城砦が熱い
九龍城といえば1993年から1994年に解体され、今となっては伝説のスラムである。日本では一般的に九龍城、または九龍城砦と言われているが、城九龍寨城が正しい名称とされている(ここではアヘン戦争以前は時代に合わせた呼び名を、以後は九龍城砦とする)。
混沌、魔窟、無法地帯…九龍城砦を形容する言葉は決して華やかなものではない。しかし20代〜30代の若者たちがそこに魅力を感じ、スクリーンで繰り広げられる人間ドラマに胸を躍らせている。
『トワイライト・ウォリアーズ』は九龍城砦という特殊な環境に生きる人々の物語だ。どんな環境にあっても人の営みは変わらない。迫力のあるアクションこそが肝ではあるが、それを支えるのは「生活」の描写で、多くの観客がそこに魅力を感じているのではないかと思う。
筆者もその一人だ。映画からその断片を汲み取って、あれこれと妄想を膨らませる。深く入り組んだ道の先にある日常はどんなものなのか。そうなってくると気になるのがその成り立ちである。先ほど混沌、魔窟、無法地帯などと形容したが、なぜ九龍城砦がそのようなイメージで語られるようになったのか。その歴史を追ってみようと思う。
九龍城砦の歴史を体現するマンション群
九龍城砦の歴史の前に軽く九龍城砦について触れておこう。一般的にイメージする九龍城砦といえば1960〜1970年に造られた高層マンションが連なった姿だ。九龍城砦は香港の九龍地区に位置し、今は閉鎖された香港の表玄関、啓徳(カイタック)国際空港の近くにあった。2.7ヘクタールの大きいとは言えない長方形の土地に市民権を持たないものも含めて最高時5万人もの人が住んでいたという。それらの人々を受け入れてきたのが無数の高層マンションである。
マンション同士の隣棟間隔は極めて狭く、細く複雑に入り組んだ路地は日中も日差しが入らない。窓を開ければすぐそこが隣のビルなんてことはザラ、隣のビルの外壁を使って自分のビルの壁にしてしまうなんてこともまかり通っていたようだ。違法に引いた水道管と電気の配線がある種の芸術のように絡み合っていた。住めば都とはよく言うが、決して良いとは言えない環境の中で住民たちは秩序を保ち、生活していたという。
九龍城砦がこれほどまでカオスな様相になってしまったのには理由がある。九龍城砦区域は香港政庁の行政機関に登記されていなく、建築条例が適応されなかった。だから城砦内で建築計画を立て、無秩序に建築することができた。
「どこの管轄にも属さない土地」を意味する「三不菅」と呼ばれたこの地は、歴史的に見てもイギリス、中国、香港政庁の干渉を拒み、独自の歴史を辿ってきた。
「城砦」としての起源
香港及び九龍地区は宋時代は農民や漁民が中心に生活する地域だった。明の時代(1368〜1644)に広東省と福建省から開拓者が移住し、香港全域に広く分布していったという。九龍地区は倭寇の防備にも当たっていたとされており、古くから国内外問わず海賊からの防衛拠点として機能していたようだ。清の文献には明代の防備について触れており、そこに「九龍村」という名称が記録されている。
九龍城砦が「城砦」として機能するようになったのは清の時代、1660年代頃で、1661年から1664年にかけて、遷界令(※)が実施された。九龍村の住民たちは強制移住をさせられ、村があった場所には兵が駐留し、のろし台が設置された。これが九龍城砦の原型となった。
※ 遷界令…清が取った鄭成功(ていせいこう)勢力を封じるための政策。沿海住民を強制的に内陸に移住させ、鄭の勢力を孤立させた。九龍村もこの地区に該当する。
九龍城砦は九龍湾を一望できる位置にあることから、重要な軍事拠点として機能していった。19世紀初めには張保仔(チョンボウジャイ)という海賊が猛威を振るった。張保仔は最盛期には配下数千人を抱えた当代きっての大海賊だ。ちなみに現在も長洲島に張保仔の隠れ家と伝わる「張保仔洞」が、南丫(ラマ)島には張保仔道が残されている。
張保仔が香港周辺の海域で活動し始めたのをきっかけに九龍地区の軍備が進められることとなった。この対策に当たったのが百齢(ひゃくれい)という両総督(広東省・広西省の総督)だ。百齢は張保仔問題を解決したのち、九龍村に砲台を造り、城砦として整備していった。このように軍事施設として整備されていく中で、やがて九龍砲台は歴史的な大敗を喫する「アヘン戦争」の渦中へと巻き込まれていくのである。
参考文献
九龍城寨の歴史 魯金著 倉田明子訳 みすず書房
香港の歴史 ジョン・M・キャロル著 倉田明子、倉田徹訳 明石書店
最期の九龍城砦 中村晋太郎 新風舎
大図解九龍城 九龍城探検隊 岩波書店
日本占領下の香港 関 礼雄著 林 道生訳 御茶の水書房
香港追憶 長野重一 蒼穹舎
筆者:みかめ ゆきよみ