文楽の「大名跡」が57年ぶりに復活、4月大阪、5月東京で開催される十一代豊竹若太夫の襲名披露の愉しみ方

2024年4月24日(水)12時0分 JBpress

梨園に比べちょっと地味、と思われがちな文楽。確かに文楽の技芸員さんは歌舞伎俳優のようにテレビドラマに出演することもないし、週刊誌の見出しに登場することもない。ストイックに芸をきわめ、粛々と舞台に立つ日々を送っています。そんななかで最も華やかなイベントが襲名披露。この4・5月はまさにその襲名披露公演が行われるタイミングなのです。

文=福持名保美 


太夫の双璧、竹本と豊竹。語りの妙を体感したい

 豊竹呂太夫(とよたけろだゆう)改め十一代目豊竹若太夫(わかたゆう)。この春、57年ぶりに文楽の大名跡が復活した。

 豊竹若太夫とは、どれだけ大きな名跡なのだろうか。初代は人形浄瑠璃の歴史にその名を刻む。義太夫節をつくりあげた竹本義太夫の高弟で、独立して元禄16年(1703)に豊竹座を開き、竹本座と競い合って人形浄瑠璃を最盛期に導いた、文楽隆盛の立役者なのである。

 1703年といえば近松門左衛門による『曾根崎心中』初演の年。人形浄瑠璃におけるふたつのエポックが同時に起こったこととなる。現在、文楽の太夫の芸名には竹本姓か豊竹姓しかないが、この竹本義太夫と豊竹若太夫がそれぞれの元祖。その偉大さを実感していただけただろうか。

 ちなみに初代若太夫は幅広い音域の美声で、特に見事な高音を生かした歌うような芸風だったとされる。対して竹本座は重厚な芸風。道頓堀の西側にあった竹本座は「西風(にしふう)」、東側にあった豊竹座の芸風は「東風(ひがしふう)」と呼ばれた。このふたつが義太夫節の基調となり、現在に至る。よく「西風は地味、東風は派手」と言われるのがこれだ。


祖父は人間国宝。だが、太夫になる気はなかった

 文楽=実力主義の世界。大名跡の息子に生まれても、その跡を継げることが約束されているわけではない。文楽の三業——太夫・三味線・人形いずれも、修業の長さ、厳しさは、人間国宝の息子も一般の家庭から飛び込んできた者も変わらない。初舞台からテレビカメラに追われ、若くして大役を任される歌舞伎の御曹司のようなことはないのだ。

 当代(十一代目)の祖父、十代若太夫は人間国宝。50代で視力を失いながらも、熱気溢れる豪放な語りで「いのちがけの浄瑠璃」と称えられた大名人だ。その孫ということは代々若太夫?と思われるかもしれないが、十代は息子(十一代目の父)を文楽の道には進ませなかった。十代当人も徳島に生まれ、二代呂太夫に入門して研鑽を積んだ人である。若太夫の家柄に生まれたわけではない。

 このたび襲名した十一代目も高校のころは弁護士を目指し、のちに作家を志すなど、太夫になる気はなかったそうだ。20歳で文楽の道に入るときには、もう祖父は亡くなっていた。

 祖父の通夜の席で、五代呂太夫に太夫への道を進められたのがきっかけで、三代竹本春子太夫(はるこだゆう)に入門、内弟子に入り師匠の家に住みこむ。

 師匠の没後は四代竹本越路大夫(こしじだゆう)のもとで、合わせて6年間の内弟子生活を送る。豊竹英太夫(はなふさだゆう)から六代豊竹呂太夫を、2017年70歳のときに襲名し、今回77歳で十一代目若太夫となった。


現在3名しかいない、太夫を志す者の憧れ「切語り」

 襲名披露で語る『和田合戦女舞鶴(わだかっせんおんなまいづる)』は豊竹座で初代若太夫が初演。『鎌倉殿の13人』の愛されキャラ和田義盛(わだよしもり)とその一族が北条氏によって滅ぼされた「和田合戦」を背景にした時代物。なかでも「市若初陣(いちわかういじん)の段」は祖父である十代目若太夫が襲名披露で語り、得意とした曲。人形つきではなかなか上演されることはなく、東京では35年ぶり、大阪ではなんと59年ぶりになるという。当代は英太夫時代の2009年に早稲田大学で初めて語り、その後も何度も素浄瑠璃(すじょうるり)の会で語っており、満を持して襲名披露公演に臨む。

 今でこそ文楽を「観に行く」と言うが、昔は浄瑠璃を「聴きに行く」と言ったそうだ。現在でも人形なしで太夫と三味線だけの素浄瑠璃の会があちこちで開かれている。

 現在は1段を複数の太夫で語り継いでいくことが多い。3場に分かれるときはそれぞれを「口(くち)」「中(なか)」「切(きり)」といい、山場中の山場である「切」を語ることができる太夫が「切語り」(切場語りとも)。プログラムの配役表にも名前の上に「切」と表示されている。太夫を志す者いつかは、と仰ぎ見る憧れの存在だ。

 今年1月31日、人間国宝の豊竹咲太夫(さきたゆう)が亡くなったため、現在の切語りは、今回襲名披露の豊竹若太夫、竹本錣太夫(しころだゆう)、竹本千歳太夫(ちとせだゆう)の3人。

 今回の襲名披露に際し、大阪・国立文楽劇場公演開幕前日の4月5日には前夜祭のトークイベントを実施。東京でも開幕前日の5月8日にシアター1010にて前夜祭トークが行われるほか、ゴールデンウィーク最終日の5月6日には足立区・西新井大師でのお練りと成功祈願法要、『二人三番叟(ににんさんばそう)』の奉納も行われ、待望の若太夫復活を祝するムードに満ちている。

 もちろんゆかりの技芸員が揃いの裃(かみしも)で並ぶ「口上」もある。歌舞伎の口上と比べて、文楽はだいぶあっさりめ。幹部俳優が口を滑らせちょっと危ないエピソードをばらされることもなく、ほっこりエピソードが披露される程度。そして襲名の本人が口上を述べないところが決定的に違う。文楽はやっぱり真面目だなあ、とこんなところでも思わされる。


太夫の息遣いを体感したいなら、「床」近くの席を

 大阪、東京の文楽チケットを入手するには、国立劇場チケットセンターが便利。会員登録は無料で、WEBで24時間、好きな席を選んで買うことができ、チケットはコンビニ発券も選べる。当日券は会場で購入可能。また、大阪・国立文楽劇場には、1幕だけの「幕見席」もあり、ちょっと時間が空いたときに観に行くこともできる。お値段も1幕1,000円から2,500円程度とトライしやすい。

 歌舞伎ではとちり(7〜9列目)の正面、やや下手(客席から見て左側)寄りの、花道に近い席が良席といわれる。文楽は前方の席が人気だが、なかでも上手(客席から見て右側)席から埋まっていく。できるだけ太夫と三味線が座る「床(ゆか)」の近くで、その息遣いと響きを体感したいファンが狙うからである。

 人形を間近で観るなら正面の5列目くらいまでをおすすめしたいが、国立文楽劇場はスロープ状で、一部を除き席の段差がない。座席は千鳥配列になっているものの、小柄な方だと前の人の頭で舞台が見えない可能性もあるので、真ん中より左右どちらかに少し寄った席を選んだほうが無難。最前列は人形の細かい仕草や表情の変化がよく見えて感動するが、初めてなら、やや引いて観られる席のほうが、舞台全体が目に入るうえ、字幕を見るのに苦労しなくてよいだろう。


字幕とプログラムで、ビギナーにも優しい

 そう、東京と大阪の公演では、字幕が出るのである。これについては賛否両論あるが(字幕に気を取られて舞台そのものを観ることがお留守になる、とか…)、ビギナーにとってありがたいことは確か。浄瑠璃のベースは江戸時代の大坂弁なので、明治以降につくられた標準語とはかなり違う。頻出する仏教用語も、音だけでなく漢字で見れば意味が取りやすい。一瞬字幕に目をやるだけで、ストーリーがすっと頭に入ってくるのだ。

 それでも前知識がないと、字幕をひたすら見つめることになりかねないので、開演前にはプログラムにさっと目を通しておくといい。配役とあらすじなど鑑賞ポイントなどに加え、太夫が語る「床本(ゆかほん)」という詞章まで載っている。また、歌舞伎のようにイヤホンガイドもあり、時代背景や当時の風俗などもタイミングよく教えてくれる。開演前からストーリー解説が始まっているので、ちょっと早めに席につき聞いておくのがおすすめ。

 字幕もあり、プログラムには台本も載っているなんて…と安心した人もいるだろう。文楽はビギナーに優しいのである。この春、ぜひ文楽デビューを!

【公演情報】

●令和6年4月文楽公演 国立文楽劇場(大阪・日本橋)
4月6日〜29日(17日は休演)

https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2024/6414.html

・第1部
『絵本太功記(えほんたいこうき)』二条城配膳の段、千本通光秀館の段、夕顔棚の段、尼ヶ崎の段
・第2部
『団子売(だんごうり)』
豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫  襲名披露口上
襲名披露狂言
『和田合戦女舞鶴(わだかっせんおんなまいづる)』市若初陣の段
『釣女(つりおんな)』
・第3部
『御所桜堀川夜討(ごしょざくらほりかわようち)』弁慶上使の段
『増補大江山(ぞうほおおえやま)』戻り橋の段

●令和6年5月文楽公演 シアター1010(東京・北千住)
5月9日〜27日(15日は休演)

https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2024/6511.html?lan=j

・Aプロ
『寿柱立万歳 (ことぶきはしらだてまんざい)』
豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫襲名披露口上
襲名披露狂言
『和田合戦女舞鶴 (わだかっせんおんなまいづる)』市若初陣の段
『近頃河原の達引 (ちかごろかわらのたてひき)』堀川猿廻しの段、道行涙の編笠

・Bプロ
『ひらかな盛衰記 (ひらがなせいすいき)』義仲館の段、楊枝屋の段、大津宿屋の段、笹引の段、松右衛門内の段、逆櫓の段
※19日(日)よりAプロとBプロの上演順が入れ替わり、開演時間も変更。

【そのほかの公演情報を知るには】

●文楽協会

https://www.bunraku.or.jp/

【チケットを手に入れるには】

●大阪・東京公演
国立劇場チケットセンター(会員登録無料)

https://ticket.ntj.jac.go.jp

 チケットぴあ、イープラス、カンフェティなどでも取り扱いあり。地方公演はそれぞれの劇場に問い合わせを。

【参考文献・参考サイト】

倉田喜弘『文楽の歴史』岩波現代文庫
ドナルド・キーン『能・文楽・歌舞伎』講談社学術文庫
中本千晶『熱烈文楽』三一書房
藤田洋『文楽ハンドブック』三省堂
山田庄一『文楽入門』文研出版
六代豊竹呂太夫/片山剛『文楽・六代豊竹呂太夫 五感のかなたへ』創元社
渡辺保『文楽ナビ』マガジンハウス ほか
公益財団法人 文楽協会
文化デジタルライブラリー

※情報は記事公開時点(2024年4月24日現在)。

筆者:福持 名保美

JBpress

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